プロローグ
ーーどうしてこうなった。
抱え込んだ頭を高らかに笑う声だけが響く。
全ては、そう…この魔女の森から始まったのだ。
敵なしと言われる大国イシュカ。かつてこの国は、山々に囲まれた自然豊かで小さな国だった。王族が率先として田畑を耕し、開拓に携わる。他では聞かないような距離の近さ。まるで三件先の男の子を見るように、王太子の子守りを村人が引き受ける。兵士さえ村人と変わらぬ暮らしをしていたイシュカに、大した兵力はない。
イシュカがとにかく平和だったのには、訳がある。この国には、歩く【暴虐】と言われる魔女、セシリアがいたからだ。彼女は、初代国王と契約を交わし、王族の庇護をしていた。
魔女は希少だ。魔法を使う人間は、世界に五人といない。そんな彼女が何故大国を差し置き小さな国を庇護したのか、それは当時の記録にも残っていない。
魔女に手を出す事。それは国を滅ぼす。そんな迷信めいた言葉を人々は信じていた。
ただしその穏やかな治世は100年前と続かなかった。魔女が居なくなったのだ。沢山の財宝を残し、まるで煙のように消えた。
死んだのだと話す者。はたまた他国に逃げたのだと話す者。色んな説が飛び交ったが、真実を知る者はいない。
魔女の居ないこの国が生き残れたのは、奇跡に等しい。三代目国王が持てる技術を結集し兵力を整え、防壁を築き、他国と交渉した結果…数百年の時を経て、大国にまで発展したのだ。
かつては緑溢れる国が、今や鉄壁の壁に覆われる工業国。時代の流れとは誰も読めないのだ。
その第十七代目国王の子、ラピスは先月立王太子を決めたばかり。恋愛結婚だったパリスは側室をもたず、王妃は子供を一人しか産まなかった。王族が倒れる事は、国が倒れる事。
蝶よ花よと育てられたラピスは、世間知らずの…それはワガママな王子に育っていた…筈だった。
恋愛結婚を豪語する両親、のんびりとした王政、一人きりの次代…聡いラピスはいつしか空気を読む苦労性へと変貌を遂げていた。