ある一つの決着
魔力の爆発は周囲一帯を消し飛ばし存分にその効果を発揮したところで破壊のエネルギーを失い、徐々に収縮していった。
爆発の余波による硝煙と砂煙が周囲を覆う。
当の俺はといえば、不思議なことに、どうにか生きていた。
「ぶはァ!死ぬかと思ったわ!」
煙を掻き分けながらベヒーモスから距離を取る。奴が動けば煙が揺れ動くからそれで察知可能だ。
今の自分がどうなっているかよくわからないが、コートは丸ごと焼け落ち、肌まですっかり焼け焦げてしまっている。空気に触れるだけで身体全体にビリビリとした痛みが走る。ただ、身体を動かす分には問題になることはなかった。
自分が未だに人の形を保っていることが奇跡に思える。あれだけの一撃、俺に耐えられるかは正直怪しいとこだったが流石はドクターの薬と言うべきか、おかげでまだ戦える。
冴え渡った感覚がベヒーモスの微かな殺気を感じ取る。向こうも俺の生存をはっきりと認識しているだろう。もちろん見逃してくれはしない。戦闘続行だ。煙を巻き上げ一直線に突進を仕掛けてくる。
やはりさっきまでとは桁違いに速い。受けるのはまずい。だからと言って避けるのもコンディションから言って難しい。
「だったらこいつでどうよ!」
腰から愛銃フォース・オブ・アウトローを引っ張り出し、弾を手早く装填し撃鉄を起こす。
さっきの爆発で壊れてないだろうかなんて考えてる暇はない。撃たなければどの道やられる。
ギリギリまで引きつけて、狙いはベヒーモスの眉間、俺を噛み殺さんとばかりに牙を向いて突進してくるベヒーモスに向けて、俺は引き金を引き絞った。
雷鳴にも似た轟音が鳴り響き、発射された散弾がベヒーモスの眉間に直撃、同時に両者の間に凄まじい衝撃が起こった。
身体が張り裂けそうな衝撃が腕を通して突き抜ける。
それでもベヒーモスを吹き飛ばすには至らず、その場で身体を仰け反らせる程度に抑えられる。
魔力を纏った皮膚に散弾程度が貫通する筈もなく、結果として動きを少し止めただけだ。それで十分だ。ベヒーモスの動きを止めることが出来ただけでも儲け物、続く二発目を発砲し、俺はノックバックスキルの反動で反対方向へと吹き飛んでいった。
「やってらんね!」
地面に足を着けるや俺は脱兎の如く走り出した。今の俺にはまず殺しきれないだろうし、態々付き合ってやる義理もない。
アンリが走っていった方に足を向け、ベヒーモスを振り切るべく走る。ひたすら走る。一度だけ振り返ると、ベヒーモスの方は悪鬼の如し形相で俺を追いかけてきている。俺の攻撃なんて屁でもないようだ。
どう切り抜けるか考えながら歯を食い縛って走っていると、過ぎていく地面に点々と付着している蛍光色の液体が自然と目に映る。
どこぞの地球外生命体の体液じゃあるまいし、この嫌でも目立つ塗料は恐らくはアンリが垂らしていった俺への目印だろう。
先を見ればずっと先の方まで俺が走る道を照らしてくれていた。ご親切なこった。
次の罠に俺を誘導するつもりだろう。だが俺にはその罠に突っ込む以外の選択肢はない。走ってるのは右も左もわからない地下迷宮、後方には殺人モンスター、ならばたとえ罠だろうとアンリが待ち構えているだろう場所へ向かった方が打開策の一つでも出てくるのではないか。
ならば誘いに乗ってやろうじゃないか。一つ一つ彼女の仕掛けた罠を潰した上でアンリを捻じ伏せよう。そして笑ってやろう。お前に俺は殺せやしねぇんだって。
そうと決まれば一手を打たなければ、このままではアンリにたどり着くまでにベヒーモスに殺されちまう。
走りながら頭を巡らせ何かないかとポケットを弄ってみると、今はクソの役にも立たないワイヤーフックが一つ、あとは散弾銃の弾丸が数発だけ。
危機でありながら溜息が出てくる。
一層足に力を込めて地を蹴ると、更に速度は増していき、それにつられてベヒーモスも速度を上げる。
アンリが落としていった道標こそ俺の生命線なのかもしれない。これのおかげでアンリに近付いてると実感出来る。これが途切れるということはアンリにたどり着く可能性が限りなくゼロになることと言っても過言ではない。
そう思った矢先、先の道で道標の光が途切れていることに気がついた。いや、道標どころではなく、道そのものがなかった。先にあるのは崖だ。
向こう岸はまるで見えない。底がどうなっているかなんて見当もつかない。まるでそこが終点とでも言わんばかりに先には無窮の闇が広がっていた。
一瞬、足が止まりかけたものの直ぐに意を決し速度を上げた。止まれば殺される。この速度で曲がるのは困難となればやることは一つしかないだろう。
「飛ぶっきゃないだろ!」
今日一番の力で地を蹴り俺は崖に身を投げ出した。目の前を暗闇が覆い、目も開けていられないような猛風が崖の底から吹き上がる。
一寸先も見えない闇だからこそそれは俺の目にはっきりと映った。暗闇の中、存在感を増して光る壁に付着した蛍光グリーンの目印が。
遅れてベヒーモスが崖に飛び込んでくる。既に魔力を口先に集中させており、もう一発さっきの砲撃を撃ちこんでくるつもりだ。
二発目が放たれれば耐えられる自信はない。撃たれる前に処理するしかない。
ワイヤーフックを取ると、身を旋転し上方に向けて照準する。
空中で安定しない体勢、それでも岩の壁に命中させるぐらいわけないだろう。よく狙って、俺はボタンを押した。
圧縮ガスによりアンカーが発射されると、ワイヤーが蛇のようにうねり、ベヒーモスの横を通り過ぎて岩の壁に突き刺さる。
すかさずボタンを再度押すと、ワイヤーがピンと張り、自由落下していく俺にブレーキが掛かる。
ワイヤーフックを持つ腕が千切れてしまいそうだ。筋肉が軋み、ワイヤーも千切れないか不安でもあった。
ただそんなこと気にしてはいられない。ベヒーモスが凄まじい勢いで落下してきているのだから。
俺が止まってもベヒーモスはそのまま落ちてきてる。無論、すれ違いざまにあの魔力の塊を叩き込んでくるだろう。
特に意味もなく俺は笑った。その方がそれらしく見える。結局は策なんてない。突っ込んでどうにかするしだけしか能がない。
指先を岩の壁にめり込ませ、ぶら下がった状態から腕に力を込め目一杯引っ張った。
グンと身体が引っ張られるような感触と共に今度は崖を猛烈な速度で上昇していく。
馬鹿みたいな手段だ。端的に言えば、俺が弾丸になって射出されるんだ。
本来なら落ちていく筈の崖を逆行し、岩壁の微かな突起を蹴って更に加速。
目前に迫ってくる魔力を纏ったベヒーモス目掛けて、拳を突き出したその瞬間、俺は正に人間砲弾となったのだ。
距離が瞬く間に縮まり、ベヒーモスの口先に集っている魔力の塊に拳が触れた瞬間、思い浮かべたのは大波の如く押し寄せる濃硫酸の濁流だった。
拳の触れた先から皮膚を削ぎ飛ばし、骨肉を焼くように俺の体内を蝕んでくる。
凄く痛くて、頭の中が焼き切れてしまいそうだった。腕が魔力の塊にめり込み、腕一本丸ごと溶け落ちるような感覚に見舞われる。
ただ、沸き起こってくる感情は、ひたすら前向きで勝つ以外の想いを一切排斥した脳がただ一つの目的を遂行するために更に腕を捻じ込む。
そして、全身が濃密な魔力に包み込まれた。常人なら一瞬の内に骨まで塵と化してしまうだろう。俺自身も薬の効果がなければそうなってるに違いない。
気付けば俺は心の底からこの状況を楽しんでいた。今まさに全身を焼かれているというのに痛みに先立って心地よさのようなおかしな感覚が頭の中を満たしている。
変ではあるが、悪くはない。そのまま腕が弾け飛んでも構わないとばかりに拳を捻じ込む。
腕の一本ぐらいくれてやっていい。そんな勢いで拳を捻じ込んだ次の瞬間、俺を包んでいた魔力の塊が風船のように弾け、空気中に霧散して消えていった。
魔力に覆われた視界が開けた時、目と鼻の先にベヒーモスの禍々しい顔が現れた。
お互いに顔を合わせたのも束の間、推力を保った俺と重力に沿って落ちてくるベヒーモスが正面から激突する。
額同士が正面からぶつかり、ひどく鈍い音が鳴り響いた。
暫し、ベヒーモスと視線が交わる。
『噛み殺してやる』『我が子の仇』『今すぐ殺してやる』
そんなことを言ってる風に微かな鳴き声が聞こえた。
勝手に巻き込んでしまったのは悪いと思っている。それでも殺されるわけにはいかない。俺は生きるために此処に来てるのだから。
「悪いが、諦めてくれや」
俺の言葉に呼応するようにベヒーモスの額がバキンと割れ、噴水のように毒々しい色の血が噴き出す。
最後まで俺を睨め付けていたが最後には意識を飛ばし、ぐるんと白目を剥いて、そのまま脱力して崖の底へと落ちていく。
岩壁に腕を突き立て、その場に留まると落ちていくベヒーモスを静かに見送る。
この崖がどこまで続いてるかなんて知る術はない。それでも死にはしないんだろうな。むしろそうであって欲しかった。
それが死力を尽くして戦った相手に送る些細な敬意でもあった。何より、またいつか戦ってみたいと思ったからだ。
今度はこんな形ではなく、一人の冒険者とモンスターとして。
少し疲れた。ゆっくりと岩壁を降りながら、アンリの残した目印の蛍光塗料の前にくる。
ちょうど人が一人通れそうな横穴がそこにあった。
まーた何か仕掛けて待ってるんだろう。どの道、俺に選択肢は一つしかないのだが。
「いいぜアンリ。何でもお前の思い通りにいかねぇってこと教えてやるよ」




