小さな贈り物
『光栄に思え。お主は今日から冒険者だ』
俺をこの世界に呼び出してくれた少女の言葉が久しく頭の中を過ぎっていた。この世界に転生する人間というのは皆、そういう目的で呼び出されるものばかりと思っていた。
俺の方も大概適当な理由ふっかけてきてると思ってたがこっちはもっと酷い。
アンリは嫌な思い出を吐き捨てるように話しだした。
「私の人格なんてどうでもよかった。私の能力なんて必要ともしていなかった。私を呼び出したスカーレット家の人間が欲しかったのは、私がゲームで使ってたアバターの外見だけさ」
そういうことになるだろう。何とも言えない気持ちでいる俺に向けてアンリは言葉を続ける。
「彼等は私にこう言った。『君をこの世界に呼んだのは他でもない。世界を救って欲しい』 すぐに嘘だとわかった。生憎、この眼を引き継いでたものでね。真相はさっき言った通り。王子を力任せに脅してみればすぐに吐いてくれたさ。受け入れられるものか。どうして受け入れられる。そんな理由で私の生活はぶち壊しにされた。家族にも友達にも、もう会えない。こんな世界で何を成すというんだ」
アンリの悲しみと怒りが言葉から伝わってくる。なおも彼女は俺に言葉をぶつけてくる。
「一度は冒険者として真っ当に生きようとした。無理矢理にでも気持ちを変えたかった。私はすぐに王家を出て行った。こんな城クソくらえだ、誰が花嫁なんかになるかって言ってな。でも待ってたのはブラックリストの烙印だけだった。奴等は私から冒険者としての道すら奪っていった。王族の特権を使って私をブラックリストに登録したんだ。私を連れ戻す為にな。その時生まれて初めて思ったんだ。殺してやるってな」
また、俺はリオンの言葉を思い出していた。
『スカーレット家は自らが呼び出した転生者によって滅ぼされている』
まさかとは思っていた。だが彼女の話を聞けばその動機自体は納得出来る。何より彼女にはそれを実行出来るスキルがあった。
「それでやったのか? 全員ぶっ殺したのか?」
「いや、残念ながら私がやる前より先に誰かに先を越されたよ。前々から同じような事を繰り返してたようでね。因果応報、私に代わって報いを受けさせてくれたよ。こうして私に残ったのは無駄に高い能力とこの眼とブラックリストの称号だけだ。知人なんて一人もいない。お金もない。自分が立ってる場所がどこかも分からない。一つの決断をするには条件が揃い過ぎてたよ」
アンリと俺の考えが一致したように思えた。俺だってそんな状況に置かれたらきっとそうするだろうから、すぐに分かった。
「自殺しようとしたんだな?」
「あぁ、吹っ切れてたよ。顔も知らない他人から拳銃を盗んで誰もいない路地裏でひっそりと死のうと思った。こめかみに銃口を当て、引き鉄を引いて終わりにしたかった。此処で死んだらきっとまた元の世界に戻れるとすら考えたよ。死ぬ事しか頭になかった。あの人に会うまではな」
すると、アンリの声から悲しみや怒りといった感情が失せ、浮き上がるような明るさが戻っていた。
「その人こそが私達のパーティのリーダーだった。路地裏で私に会い、私をこのパーティに迎え入れてくれた。そうして私は今ここにいる。あの人が私を導いてくれたんだ」
アンリの声から、彼女が落ち着き払っていることは見なくてもわかった。
今ならもしかしたら止めてくれるかもしれない。
「うん、良い話だ。俺もリーダーに早く会いたいよ。お前の事情はわかったからさ、こんなことやめにしないか? 俺逹仲間だろ? 俺まだリーダーにも会ったことねぇのにさ、こんなとこで死にたくねぇって」
だが返答は至ってドライなものだった。凍るように冷たい言葉が返ってくる。
「あぁすまない。それとこれとは話が別だ。これは私の為の殺しだ。君の事は私からよく伝えとくよ」
風を切り裂く音と共に矢が弧を描いて飛来し、俺の足元に突き刺さる。宣言通り矢を曲げてきた。岩場に隠れることはあまり意味がないがだからといって飛び出したらそれこそ格好の的か。
「最後に君と話せて良かったよ。名残惜しいがお別れの時間だ」
足元の矢に目がいく。鏃に何か筒状のものが巻き付いている。これはゲームでも見たことがある。爆弾矢だ。
「あぁマズい!」
咄嗟に岩陰から身を投げ出した。そうしてなければ木っ端微塵だ。
背後で中規模な爆発。回避し損ねて背に爆風を浴びる。
「そぉら走れ走れ」
爆風で砂煙が巻き起こる中、恐るべき精度を保ったまま次々に矢を放ってくる。身近な岩に隠れながら俺は懐からワイヤーフックを取り出した。
視界が悪い。かなり不利な状況だ。アンリの眼がある以上はこちらの動きは筒抜けとなっている。
そこでこのワイヤーフックだ。使ったことは未だにないが、こいつでこの煙の中から脱出するぐらい出来る筈だ。
アンリの状況は伺えないが動くなら早い方がいい。次に爆弾矢が飛んできたら避けるのは難しい。
意を決して俺は何処かしらにワイヤーフックを向け、筒側面のボタンを強く押した。
手元で爆発でも起きたかのような衝撃が走る。奇怪な音を立ててアンカーが射出し、そこいらの壁に突き刺さると猛烈な勢いでワイヤーが巻き上げられる。
釣り上げられた魚のように俺はワイヤーに引っ張られるままに地を引きずられ、どうにか煙の中から脱出し壁際に大きく聳える岩に身を隠す。
「どうだアンリ! そう簡単にやられるかっての」
ただ逃げてるだけで状況が一切好転してないという事実に目を向けてはいけない。
「うん、それがアシュが君に渡したとっておきというのなら、拍子抜けと言うしかないな。彼女は気付いていたよ。私が君を殺そうとしてる事にね。警戒して損したよ。そんなちゃちな武器で私をどうにか出来ると思っていたのなら甘いという他ないね」
確かに、こんなことになるのをわかってたとしてどうしてアシュはワイヤーフックしか渡してくれなかった。
一度頭を冷やして考えてみる。この状況、言葉での和解がほぼ不可能となった今、俺に何が必要かと言えば、それは一つしかない。
薬だ。それしかねぇ。
俺ならそうする。ならアシュもきっとそうする。
ならば、このワイヤーフックに彼女は何か隠している筈だ。こうなることを予期して、俺に託してくれている筈なんだ。
筒の表面に何か塗ってないか。アンカーに何か仕込んでないか。ワイヤーに何かないか。ガスを充填するシリンダーに何か、
「あった!」
シリンダーの表面に小さな袋が貼り付けてある。剥がして手に取るとそれは粉状の何かだった。
白くきめ細かい粉の中に薄黒い粗く引いたような粉が混ざっている。
自然と顔に笑顔が浮かんでくる。笑わなくてどうする。最高の贈り物じゃないか。
「はっははー! 愛してるぜぇアシュリー!」
袋を破り、中身の粉を全て手の上に乗せる。
何の薬かなんて考えてる暇はない。アンリも感づいのか曲射で立て続けに爆弾矢を三本立て続けに放ってくる。
矢が爆発するよりも先に俺は一息でそれを全て鼻から吸い込んだ。
地面に刺さった矢から爆炎が上がりに、俺の肌を容赦なく焼いてくる。
同時に俺の中で何かが爆発したような感覚が湧き上がってきた。脳味噌を内側から焼いてくるような体験したこのない劇的な感覚に意識が一瞬だけ暗転し、直後いつもの感覚がやってきた。
全てが上手くいってしまうように思える高揚感と、何でも思い通りにやり遂げてしまえるような全能感。それが一緒ににやってくる。
巻き起こる爆煙を胸一杯吸い込み、大きく吹き上げる。
こうでなくてはやっていけない。細かいことなんてどうだっていい。確かに言えることが一つだけある。
これで今日も生きられる。




