生まれた意味
「ねぇ知ってる? 熟練したスナイパーの矢は曲がるんだよ」
「待て! ちょっと待てアンリ! 時間は腐る程ある。何でも話せよ。動機があるだろ? こんな手間暇かけて俺を殺そうとするのに何の理由もないわけないだろう? 聞かせてみろよアンリ。何で俺を殺したい?」
ここにきてストレートに殺しにくるのは少し予想していなかった。
どうしたものか。アンリに素のままで勝てる筈もない。何を仕掛けようにも彼女の真眼がある以上、先手を取る事は不可能だろう。
「動機……か。別に、君に恨みはないんだバッキー。これは私自身の問題さ」
「答えになってねぇんだよ!」
核心には触れないアンリに苛立ちを感じた。
「お前は俺を助けてくれた。地下迷宮に入った時でもベヒーモスに襲われた時でも俺を殺せた筈だろ? 何で今になって、来るかもわかんねぇ俺を態々待って殺しにかかってんだよてめぇはよ!」
殺ろうと思えばいつでも出来た筈だ。でも彼女はそうしなかった。彼女のその一言で納得しろと言うのであればそれはあまりに無理な話だ。
岩山の向こうからアンリの落ち着き払った声が聞こえてくる。
「前々から君を殺したいと思っていた。君が別の世界の人間だったと知ったその日からな。先ずはジャスパーの店にワーウルフを送り込んでみた」
「それもお前かよ!」
アレは単なる事故かと思っていたがそれも彼女の仕業とは。そこまで回りくどい方法を取るあたり、何か狙いがあるのだろう。
「ジャスパーには悪い事をしたと思ってる。だが失敗すると思ってたよ。あの時にはアシュリーがいたからね。どうにも彼女は君を痛く気に入ってるようでね。だが、ここに彼女はいない。誰も助けてはくれないぞバッキー」
「アシュが俺を?」
「そうだ。彼女が近くにいては君を殺ろうにも阻止されてしまう。だから彼女が奴隷を引取りに行く今日、君を地下迷宮に誘った。うまくいったよ。ベヒーモスに会って君と別れるまではね」
「やっぱりベヒーモスもアンリが誘き寄せたんだな? ゴブリンの銃も?」
「あぁそうさ。全て私だ。事前にゴブリンの住処に大量の銃をばら撒いたのも、ベヒーモスの子供を攫って親を誘き寄せたのも、私の仕業だ。上手くいってたよ。ゴブリンは自分より弱い相手を群れで狩る性質があるから、君は格好の獲物だからきっと襲われるって踏んでた。実際にそうなっただろう。君の身なりを見ればすぐにわかるよ」
「お前の思ってる通りだよ。銃持ったゴブリンに殺されかけたさ。いや、助けがなかったら間違いなく殺されてた。お前の思い通り死ぬとこだったさ。でも残念だったな。俺はこうして生きてるぜ。こうしてお前の前にいるぜ」
こうしている内にもこの状況をどうにかする算段を付けなければならないんだが、どうしようにも俺が彼女を倒す事も逃げ切ることも先ず不可能だろう。
なら、もう少し対話で時間を稼ぐしかない。もしかしたら何か起きてくれるかもしれない。
「お前さ、こんなに回りくどい手使ってるけど自分の手を汚したくないのか? そんなんで俺を殺せると思ってたのか?」
「君を殺したいのは確かだった。でも君が嫌いなわけでもないし、何より君に恨まれたくなかった。だから、君には私の見てないところで出来るだけ私に良い印象を持ったまま死んで欲しかった。結局、こんな風になってしまって残念極まりないよバッキー」
「さっきから核心には触れねえなアンリ。俺を殺したい理由がはっきりしてねぇぞ。何でそこまでして俺を殺そうとする? 何事にも理由がある。てめぇの言葉だぞアンリ」
俺がそう言うとアンリは一つ息を吸い込んだ。
覚悟を決めるように息を吐き、彼女は全てを打ち明けてきた。
「君が羨ましかったんだ。こんな世界を受け入れて、勇敢に戦いに臨む君が眩しかった。どうしようもなく君に嫉妬してるんだ。私と同じ日本人がどうしてモンスターと臆することなく戦える? 人を殺せる? わからない。わかりたくもない。私には出来ない。私は自分の意志で人を殺した事がない。仕事で人を撃った後はどうしようもない罪悪感に見舞われる。普通そうだろう? 君は違う。自分の意志で行動しそれが正しいと自分の物差しに従ってこの世界を生きてる。同じパーティにいて息苦しいんだよ。この先君と一緒の暮らしが続くなんて考えたくもない。自己嫌悪で死んでしまいそうになる。だから決めた。初めて自分の意志で君を殺すと決意したんだ。君を殺す。そしたら新しい一歩が踏み出せそうな気がするんだ」
「それが、俺を殺したい理由?」
「そうだ」
「ワーウルフをジャスパーの店に送り込んで、地下迷宮のゴブリンに銃を配って、ベヒーモスの子供を攫って親を此処まで誘き寄せて俺を殺させようとしたのも全部その為?」
「その通り」
頭の中で核爆発でも起きたような錯覚がした。この感情をどう表せばいいのか俺の語彙力で表せる言葉で言うなら、しょうもねぇぐらいしか思いつかない。
自然と口が緩む。喉元から込み上がってくる笑みを抑えられない。抑える必要もない。笑うしかなかった。そうさせてるのは彼女なんだ。我慢する必要はない。
「ぷっ! アッハッハッハ! マジかよ!! そんな理由!? 人一人殺す理由がそれ!? 嫉妬! はっははー、シット!! 何シリアスな顔して糞みたいな理由話してんだよお前。笑わせんな!」
「何がそんなにおかしい?」
怒り混じりの声で凄まれても笑いが止まらない。どうしてくれるんだ。思っていたよりも酷い。そんな理由で殺されようとしている自分が虚しくすら思えてくる。
漏れそうな笑い声を必死に抑えて俺はアンリに向けて声を張り上げた。
「そういう世界なんだよここは。お前もWSで遊んでたろ。銃だって撃つさ。時に人だって撃つ。受け入れるしかねぇんだよ。俺がこの世界に来て最初に撃ったのも人だったさ。それに俺らのパーティは普通じゃない。そういう仕事が沢山回ってくるさ。それにアンリ、お前には恵まれたステータスもある。順応するだけの力はあんだろ。何がそんなに不満なのさ?」
彼女と俺とではそこが大きな違いだ。俺と違って彼女には優れたステータスをこの世界に引き継いでいる。
なにを恐れる必要があるというんだ。
「アンリ、何か俺の事を買い被ってるだろ? 俺だって怖いさ。銃持った人と戦うときも、モンスターと戦うときも。俺もアンリが羨ましいんだよ。そんな大層な能力持って冒険者になったお前がどうしようもなく羨ましいさ。でも俺は嬉しかった。俺と同じ世界にいた奴がパーティにいて心強かったよ。だからこそわかんねぇ。何でそんなに後ろ向きなんだよお前? もっと貰った力誇っていいさ。前向きに行こうぜ? せっかくの新しい冒険者ライフなんだぜ?」
「そう、君は冒険者としてこの世に生まれてきた。だが私はそうではなかった。バッキー、皆が皆冒険者としてこの世界に呼び出されるわけではない」
「まずは聞かせてみろよ。聞いてからじゃないと何も言えない」
深い嘆息がこちらまで届いてくる。アンリの話したくないという後ろめたい感情が伝わってきた。
「赤髪の美少女の花嫁が欲しかった。それがアンリエッタ・スカーレットとしてこの世界に呼び寄せられた理由で、私のこの世界で唯一の存在意義だった」
その言葉が意味する事、それはあまりに大きな誰かのエゴと彼女の悲哀が見えた気がした。




