激戦の前触れ
現在四階層を進行中。
アンリはその眼を使って周囲を警戒している。
あれほどの惨状を作った、モンスターが付近をうろついている恐れがある以上仕方ないことだが気を張りつめた状態が続くせいか落ち着かない。
とりあえず無言の場をどうにかしようと俺は適当に話を切り出した。
「なぁ、アンリは昨日もここ通ったんだよな?」
「……あぁそうだ」
「その時にあの死体はなかったんだよな?」
「その通りだ。アレを見たなら今日君を誘ったりしないさ。何か気に掛かることでもあるのか?」
「いや別に、ただなんか引っ掛かるんだよなあのゴブリン達の死体」
こう言ってしまうと可笑しな話だが何だかあの現場は小綺麗なものに見えた。
惨たらしさはあれど、モンスターがモンスターを殺した跡のような自然なものではない。誰かがその光景を印象付ける為に作ったかのような、何か不自然なものがあった気がする。
「アンリはどう思う?あの場に違和感はなかったか?」
「違和感か……?いや……何もなかったと思うが?」
口元に手を当てアンリも思い当たる節を探すも結局、彼女もかぶりを振る。
俺の考え過ぎか、さっきから本来の目的どころじゃなくなっているような気がする。
それもアレの所為だ。久々に血みどろの景色を目にした所為に違いない。
「そうかよ。なんか調子狂うなぁ」
「過ぎたことだ。いつまでも引きずると目先のことに足を掬われるぞ」
「ありがたいご忠告どうも。じゃあ話を変えよう。ゴブリンはこの階にいた。もちろんアレだけじゃねえだろう。アンリの目で探し出す事は出来ないか?」
ヤドカリ三匹殺してからまた、何もない地下迷宮を彷徨うように歩いている。
まるでモンスターに避けられてるような錯覚すら覚えてくる。そうなるとこっちから積極的に狩りにいくしかあるまい。
「私の目にも範囲はある。ここからだと……いや待て」
途中で言葉を区切り、アンリは俺達の行く先をジッと凝視し始める。
そして、何を見たのか形相を変えて弓を構えた。
「銃を取れバッキー!何か来る!」
柄にもなく声を張り上げ、矢を抜いて弓を引く。
俺も慌てて銃を取ると、それはすぐにやってきた。
何かが群れで押し寄せて来ているのはすぐにわかった。
銃の安全装置を外す。風を切るような羽音を巻き起こして俺達に猛然と襲い掛かってきたのはまだら模様のコウモリだった。
ただのコウモリならいい。ゲームの中でも見た事がある。
一匹一匹が微弱な毒を持ち、群れで獲物を狩る個体だ。名を『アシッドバット』という。
低級のモンスターでありながら単独で相手をするのは先ず避けるべき相手だ。
強大な群れが一つの個体のように唸りを上げて此方に向かってくる。
一度だけアンリと顔を見合わせる。その面構えから共に撤退の二文字はどこにもないと悟り、得物を構えアシッドバットに向ける。
今度は反動に負けないよう、腰を落として銃を構え、俺はリトルフレンドの引き金を引いた。
全身を揺るがす振動と手元で引き起こる爆音で目の前の状況がわからなくなりそうになる。
マズルフラッシュで視界も不良であるがアシッドバットの毒々しい色をした体液が飛び散り甲高い断末魔が微かに耳に届き、どうにか命中しているということだけは理解した。
「近寄らせるなバッキー!」
隣からアンリの声がする。引き金を引き絞りながら横目で彼女を見やると、その手には鏃に円錐形の物体を付けた矢があり、今まさにアシッドバットの群れの中に放たれようとする最中だった。
リトルフレンドの炸裂音にも、アシッドバットの群れを前にしても、彼女はその凛とした姿勢を崩すことなく弓を引き寸分狂わぬ正確さで群れの中央に位置する一匹目掛けて矢が放たれた。
『矢に二次効果を付与しやすい』
スナイパーでありながら弓矢を使う最大のメリットだ。
空を切り、一直線に飛来した矢は一匹のアシッドバットに被弾した刹那、鼓膜をつん裂くような破裂音と、思わず退いてしまう程の衝撃波が四階層の通路に走った。
引き金から指を離し、細目でアシッドバットの様子を見やると、一網打尽という言葉がよく似合う有様だった。
空中を覆い尽くしていたアシッドバット達は皆地面に落ちてピクピクと痙攣していたり、泡を吹いて気絶していたり、どちらにせよ完全に無力化された状態であった。
俺も知るその矢はスタンアローという、対人、対モンスターどちらにも有効打を与えることの出来る便利なしろものだ。
小型のモンスターならこの通り、一撃でダウンするし、大型のモンスターにも一時的に隙を生むことが出来る弓使いなら誰でも利用する逸品である。
「――――――――」
偶に仲間を巻き込むこともあるが。ああ、耳がイカれたみたいだ。
アンリが何か伝えようとしているがキーンと耳鳴りが鳴り響いて何も聞こえやしない。
「――――――」
俺も『耳がイカれた』と伝えるが上手く伝えられたかは微妙なところだ。
「――――――――――――」
ただ、アンリは何か伝えようと必死に語りかけてくる。その険しい表情からただ事ではないというのは何となく理解した。
アンリが俺の手を引き、近場にあった大きな岩の物陰に身を隠す。
「―――くる!」
額に大粒の汗を浮かべながらアンリは目隠しを捲し上げる。
真紅の瞳がぼんやりと光り、『真眼』を完全に開放したのだと俺に分からせると俺の肩を揺すり、声を張り上げる。
「敵がくる!飛びきり大きいやつがすぐそこに!」
転瞬、耳鳴りを吹き飛ばしたのは地下迷宮そのものを揺るがすような怒号にも近い鳴き声だった。
アシッドバットの群れが来た方角からだ。
アンリは俺に顔を見合わせ、今の状況を小声で話し始める。
「あのアシッドバットは私達を襲ったんじゃない。外敵から必死に逃げていたんだ」
ズズンと重厚な音を立て何かが近づいて来る。
「地下迷宮でも指折り、単独で狩ることは出来ないモンスターの一体」
薄暗がりの中、ギラリと光る相貌。きっと目を合わせたら身動きすら取れなくなるだろう威圧感を孕んでいる。
「絶対に戦ってはいけない。何があってもだ」
間も無く、俺の目の前に何かが現れる。
それは俺の地下迷宮での本当の戦いを告げる合図となった。




