静かな地下迷宮
「弓の弱点は?」
「連射が利かない。貫通力が狙撃銃に劣る。伏せ撃ちが出来ない。筋力値により威力が変わる。そんなもんだろ?」
コボルトを狩ってから二階層を降り三階層を歩いているが未だモンスターは姿を見せず、俺とアンリは冒険者トークで退屈を紛らわせていた。
「それにしても景色も変わらねぇしモンスターも出ねぇな」
「五階層辺りからモンスターとの遭遇率も上がってくるんだ。あまり急かすな」
「そろそろ大量にどぱーって出てきてくれても構わねえんだがなぁ」
「そんなこと言って、後で後悔するなよ?」
そうこうしてる内にもう四階層に続く階段が目の前にあった。
「今日は当たりじゃなかったのか?」
「君が盛大に発砲したからな。みんな逃げてしまったようだ。なに、心配しなくても直に会えるさ。そろそろ話す余裕もなくなるだろうさ」
「そうなるといいんだけどなぁ」
呟きながらとぼとぼと階段を降りていく。
ここまで俺の期待していた迷宮要素ゼロだ。この先本当に俺が思うような地下迷宮はあるのだろうか。
すると先を行くアンリから合図があった。
「階段の先、何かいる」
「何かって何だよ?」
「そこまでは分からない。私の眼も万能ではないんでな」
「なら目隠し外したらどうだ?その方が良く見えるだろ?それに無い方が絶対可愛いって。アンリってさ、結構美形だろ?」
その言葉でアンリは足を止め、階段の下から俺を見上げる。
「この顔はな、人に作られたものだ。外見を褒められたところで私にとって嬉しくもなんともない。君はどうだ?随分男前だ。何か違和感はないか?」
「俺の体が作り物だから?」
「そうだ。自分は本物じゃない。元はただの一般人さ。能力も外観も全て与えられたもの。私で築いてきたものは何もない。そんな自分に虚しくなることはないか?」
「そう言われてもなぁ……俺は俺さ。もう椿葵じゃない。今はバッキーだ。せっかくイケメンに作ってもらったんだ。なら作ってくれた人に感謝して、俺は今の人生楽しむけどなぁ」
「…………そうか。悪かったな突然こんな話をして」
目隠しの裏で目を細めているのがよく分かった。
アンリに外観の話はNGらしい。今後は気をつけなければ。
「気を取り直していこう。先に何かいるんだ。油断は命取りだぞ」
咳払いを一つして、アンリは再び歩き出した。
何かとは何なのか。リトルフレンドを握り締め、先に見えてきた階層の入口に歩を進める。
四階層にあったのは、何かが通った跡だった。
そこにいたのは今回の標的のゴブリン達。一匹や二匹どころじゃない。一集団が惨殺された跡だ。
既に事切れている彼らは自らの体液や臓物をフロア一帯にぶち撒けて、凄惨な光景を作り出していた。
「おおっと、これは何だ?」
「何かがここにいた。ついさっきまでな。もう少し早かったら私達も巻き込まれていただろう」
「何かってなんだよ?そいつがこれやったってのか?そんなのが四階層に沢山いんのか?」
「落ち着け。それが何なのかは私にも分からない。だが間違いなくその何かがやったことだ。そして普通四階層にそんなモンスターはいない。他の冒険者が先に地下迷宮に入っていた可能性もあるが。アレを見るにそうではないらしい」
アンリが指差す先を見ると、そこには何か巨大な生物の足跡がゴブリン達の血でくっきりと残っていた。
アンリはその足跡を見つめて眉を顰める。
「鳥……いや鳥にしては大きすぎるな。小型の竜種か。だがおかしいな。竜種なんて地下迷宮では三十階層辺りまで下りなければ出会えないようなモンスターだ」
明らかにおかしな事態だということは俺でも分かった。さっきコボルトを殺したばっかりでその後に竜なんてどう考えたっておかしな話だ。
すると、アンリが俺に向き直り、俺に一つの提案を持ちかけてくる。
「どうする?想定外の事態だ。引き返すなら今だ。もしこの足跡のモンスターと鉢合わせたら君の安全は保障出来なくなる」
それ程の相手というわけだ。
確かにこの惨状を見る限りだとアンリでも苦戦する相手なのだろう。
でもどうしてかな。俺の中ではこいつを倒せばレベル上がるのでは、という私欲な考えしかなかった。
「アンリ、俺がここに来た目的は強くなる為だ。それこそこいつは絶好のチャンスなんじゃないか?」
「君が良いなら構わない。私はどうとでもなる。問題は君だ。私も装備は弓矢だけだ。いざという時に君を守り切る自信はないぞ?」
「いいんだいいんだ。俺も危険は承知で来てるわけだしさ」
「それならいいんだ。ただ後で恨み言はやめてくれよ?」
「まさか。俺がアンリを恨むならそれは俺が死んだ後のことさ」
「なら良いんだ。それともう一つ、死肉に群がる奴等のお出ましだ」
アンリの言葉に呼応するように周囲の地面が盛り上がり始める。
琥珀色の殻を被った甲殻類のようなモンスターが次々に地中から姿を出してきた。
人並のサイズをしたヤドカリとでも形容すべきか。ギチギチと気味の悪い鳴き声を上げて姿を出すや早速周囲に散らばった肉片に群がり出す。
「魔界のヤドカリか。防御力が高い以外に特筆すべきのない雑魚モンスターだ。たった三匹だ。君の腕慣らしには丁度良いかもな」
「捕捉どうも!防御力高い相手と来ればこいつの出番よ」
背中に仕舞いこんでた愛銃『フォース・オブ・アウトロー』を取り出すと手際良く弾を装填する。
一匹のヤドカリが此方に気がつくと、他の奴等も一緒になって大きくハサミを振り上げてキィキィと鳴き出し、一斉にこちらへと向かってくる。
余計な装備を放り、臨戦態勢に入った。
「援護は?」
「いらないね!」
撃鉄を起こすと同時に俺は五匹の内の一匹目掛けて猛然と駆け出した。
恐れなんてない。俺はもっと困難な道を乗り越えてきた。だからこそ、俺は躊躇なく、最短距離で突っこめるんだ。
笑みが零れる。間合いに入った瞬間、ヤドカリが攻撃に移るよりも遥かに速く引き金を引いていた。懐かしい感触が身体に響き渡る。
切り詰めた銃口から放たれた散弾は俺の目の前で拡散し、殆どの弾丸がヤドカリの甲殻に撃ちこまれた。
刹那、俺とヤドカリの間で大きな斥力が発生したかの如く、お互い凄まじい勢いで吹き飛んでいった。
吹き飛ばされたヤドカリは玉突きよろしく同胞へと突き当たり、勢いを維持したままフロアの遥か奥まで転がっていく。
俺も地面の上を転がっていた。どうにか姿勢を保って地に足を着け、ブレーキを掛ける。
スキル『ノックバック』を付与された俺の愛銃だからこその威力だ。素の俺では反動を制御しきれないのが玉に瑕だが。
「どうだアンリあいつらまだ生きてる?」
「一匹は絶命、残りの二匹は微かながら生命活動を継続中だ。どうする?また殴り合ってみるか?」
「馬鹿言うなって。こんな血みどろな場所、さっさとおさらばしようぜ」
フォース・オブ・アウトローを仕舞いながら、俺とアンリはヤドカリが吹き飛んだ方へと歩いていく。
「流石の威力だったろ?薬なくなってこれぐらいなら出来るんだぜ?」
「無茶しすぎだ。無限沸きモンスターに全力出してどうするんだ?」
「それぐらいが俺には丁度いいんだよ」
通り際に死にかけのヤドカリに拳銃で何発か弾を見舞ってやり、俺達は再びダンジョンの奥へと進んでいく。
血みどろの現場を去る間際、一度だけ遠目から見てみようと振り返ってみた。薄暗い地下迷宮華やかな赤色がパッと広がる光景は心奪われるほどに綺麗だった。
ただ、何か妙だ。それはまるで此処に来る俺達に『これ以上近寄るな』とでも警告するようにも見て取れれた。




