エンカウント
歩いて十分ぐらい経ったか。一向にモンスターの気配はない。
それにさっきから一本道で景色も変わらない。
一言アンリに確認しようとすると、それを彼女は察知したのか足を止めて俺に向き直る。
「言い忘れてたが一階層でモンスターは出ないぞ」
「それを先に言えよ!」
「いや、君が大事そうに銃を握り締めてる様が愉快でな。つい黙ってしまったよ」
「だがここからは別だ」
アンリが顎をしゃくって後方に視線を向けるよう促す。その先にあったのは下層へと続く階段だった。
「モンスターとは言ってもスライムやゴブリン程度の下級モンスターしかいないだろうがな。普段からもっと危ない奴らを相手にしてた君なら恐れることはないだろう。だが気を付けろ。此処は私達の狩場であると同時にモンスター達の縄張りでもある。下手に刺激すれば奴等は群れで私達を駆除しに掛かるだろう」
「その時は俺とアンリで殲滅してやろう。そしたら俺のレベリングもスムーズだ」
「呑気なことだ。そういうのならお手並み拝見といこう」
折り畳み式の弓を手に取り展開すると、アンリは先立って階段を降りていく。
俺も突撃銃『リトルフレンド』を握り締めると階段を降りていった。
階段をゆっくりと降りていった先には少し広がった薄暗い迷宮の景色と微かな生物の気配があった。
先に立つアンリもその気配を感じてるのかそれとも既に眼で捉えているのか、少なからず驚いてるようだ。
「今日は当たりだな。二階層の時点でこんなにモンスターがいることはそうそうないことだ。行くぞバッキー二時の方向五百メートル先にモンスターだ」
「おう!」
流石真眼のスキルを持つだけあって索敵能力がずば抜けている。
駆けていくアンリを追っていくと、次第にアンリは足音を消していった。獲物が近いという事だ。俺もできるだけ足音を消してアンリの後ろに付く。
行く先に小さなフロアが見えてくると、アンリは壁に身を寄せると俺に手で合図を送る。
それが『この先にいる。まだ気付かれてない』という意味なのは何となくわかった。
俺もアンリに倣って壁に背を当てるとアンリの前を横切ってフロアの方を見やる。
五十メートル程先に一体のモンスターが立っていた。
犬のような顔をした二足歩行の小型モンスターだ。地面から何かを拾いながらせっせと動いている。
「コボルトか」
「そうだ。ゴブリンに近しい種族だがゴブリンに比べて機敏さに長けている」
そんなことは知ってるしどうだっていい。遠目から観察してて分かるが、その仕草は小動物のそれであり、正直見ていて楽しいし癒される。
「君の考えてることはなんとなく分かるが、どうする?見逃してやるか?」
「まさか!冗談でも面白くねぇぜアンリ。可愛ければ生き残れるなんて都合のいい話なんてねぇさ」
絶好の餌だ。目の前にそれがいるなら俺は喜んでそれを狩ろうじゃないか。
リトルフレンドのセーフティを解除、グリップをしっかりと握り込む。
アンリも小さく首を振り、背の矢筒から矢を一本抜き、矢に装填する。
「この距離、君の銃の腕で当てられるのか?」
「出来るさ。まぁ見てろって」
幸いまだコボルトはこちらに気付いていない。動きこそ機敏だが止まった隙を狙えば確実に弾は当たる筈だ。
ゲームの中で何度もしてきたように銃を構え照準器を覗き込む。狙いをコボルトの頭部に定め、ゆっくりと引き金を引き絞る。
そこまでは良かった。狙いは良かったし撃つまで気配も完璧に消せてたと思う。
問題はもっと根本的なものだった。
引き金を引いた瞬間、腕から体全体へと衝撃が走る。
火薬の炸裂音が鼓膜をつん裂き、目の前いっぱいにマズルフラッシュが散り、視界を眩ませる。
反動を制御出来ずに弾道は弧を描いて天井目掛けて弾丸が飛ぶ。
「いってェッ!」
腕の骨が弾け飛ぶような錯覚を覚えながらリトルフレンドを放り投げ、成果を確認する。
「当たったか!?」
「一発も。思っていたより酷い腕だな」
泡食った顔でコボルトはこっちを見ると、一目散に逃げだしていった。
「銃を借りる相手を間違えたな。クラッシャー用の装備をアサルターが使えば当然のことだ。とはいってもうちのパーティに機関銃を使う奴はザグールぐらいしかいないからな」
ご丁寧に捕捉しながらアンリは弓を引く。
「弓の利点は知ってるだろう?」
「持ち運びが便利?」
「それに狙撃銃と違って二次効果を付与させやすい。そして何より――――」
まるで息を吐くように、アンリは矢を放った。必死に逃げるコボルトを嘲笑うように矢は風を切ってコボルトの片脚を射抜き、コボルトは甲高い悲鳴を上げながら地面に倒れ込み無残に地面を這いまわる。
「銃と違って発砲音がない。自分の居場所を特定されにくくなる」
「あー、お見事。流石二年間生きてるだけあるな。それで、とどめは?」
「ラストアタックは君にくれてやる。その為について来たんだからな」
ゲームと同じでラストアタックたるものはあるらしい。要はとどめを刺した者が少し多めに経験値を貰えるというものだ。だから、安易にパーティを組むとこれで揉める。
WSのマルチがギスギスしてた理由の一つだ。
今回はそういったことはなくて助かる。
俺は腰から回転拳銃『ピースメーカー』を抜き、地面に倒れているコボルトにゆっくりと近づいていく。
地面に血の跡を残しながら体を這いずらせる姿は同情を誘う。だからといって見逃しはしないが。
コボルトの肩を掴んで仰向けにひっくり返す。
『ぴぎゃぁ!』
甲高い鳴き声と共にコボルトから思わぬ反撃に遭った。
鋭利な爪をがむしゃらに振り回してきたのだ。腕に鋭い痛みが走る。
深く食い込んだ爪が肉を切り裂き、三本線の傷から血が溢れ出てきた。
「いってぇなこの野郎」
切られた方の手でコボルトの顔面を殴りつける。頬の骨を砕いた感触が伝わってくる。尚も暴れ狂うコボルトに馬乗りになると、更に一発、もう一発とコボルトが動かなくなるまで、何度も殴り続けた。
そして、ぐったりと動かなくなったコボルトの様子を確認して、俺は銃の撃鉄を起こしコボルトの眉間に銃口を当て、引き金を引いた。
外すことのない弾丸がコボルトの眉間を貫き、彼の命を確実に絶った。
手に残る衝撃と硝煙の臭いが余韻に浸らせてくれた。
「君、バカだろ?」
後ろで観察してたアンリから有難いお言葉があった。
彼女の言いたいことはよく分かった。何の為にアンリがお膳立てしてくれたのかこれではわからない。
「でもただ撃つだけじゃつまんないだろ?初の狩りが撃って終わりじゃ味気ないしさ」
「そういうことはもっと慣れてからやるんだな。ほら腕を出して。止血と消毒しないと後で面倒だ」
アンリに言われた通り俺は腕を出すと、彼女は手際よく応急処置をしていく。
そんなアンリには申し訳なかったが、今度はモンスターと殴り合ってみるのも悪くないかな、などと思ってしまっていた。
「これでよし、と。あまり無茶するものじゃないぞ。たかがコボルト一匹だ。レベルアップには程遠い」
「分かってるって。それにアンリがいるから俺も無茶出来るわけだしな」
そう笑って答えるとアンリも引き笑いで応える。
「周囲にモンスターはいない。一度発砲すると弱いモンスターは逃げる習性があるからな」
「強いモンスターだと集まってくるのか?」
「そうだ。モンスターだって狩りを行う。その対象に人間が含まれてるだけのことさ」
「それならさ、ガンガン撃ちまくって強いモンスター集めたら効率良くならないか?」
「……君、やっぱりバカだろ?」
「まぁな!」
コボルトの死体を後にし、俺達は迷宮の奥へと進んでいく。
アンリが一緒だから無茶が出来、アンリが一緒だからここまで心踊るのだと、気恥ずかしくて口に出せなかったが確かにそう感じていた。




