マンドレイク狩り2
丁度二時間ほど経ったか、そろそろ限界か偏頭痛が酷くなってきた。
「頑張った。へっへへへへ……頑張ったぜ俺」
やはり筋力が足りない。いくら頑張っても一撃で殺すことは出来ないで何度かマンドレイクの悲鳴が耳に届いてしまった。その所為かさっきから変な映像が浮かび上がったり心無いことが口に出たりしている。
「絶壁のアシュ。初心者狩りなんて掘ってやれ。マンドレイクをケツにぶちこんでやるぜぇいっひひひひひひ」
スイカの頭が爆発してる。中から脳味噌が飛び散ってる。鳶が舌なめずり。子供が泣いている。コーヒーの大洪水。アメンボが大喜び。
あぁ駄目だ。正気が失せてしまいそうだ。一度引き返してアシュと合流した方がよさそうだ。それまでもつかなこれ。
ぐりんぐりんと首を左右に動かしアシュを探す。
目の前で星が散っている。電解質が必要なようだ。アシュが見つからない。死んだか?
「あぁやべえってこれ……死んじまう、死んじまうって」
ガンガンと頭を叩くと脳の中でカラカラと何かが転がっていく。頭のネジが緩んでる。外れたらきっと理性が吹っ飛ぶ。もしくはもう吹っ飛んでいるか。
とにかくアシュを探さないと。しかし、探したとしてどうする?彼女が何か処置が出来るのだろうか?メディックでもないレベル1のスパイに何が出来るというのだろうか。そんなのはどうでもいい。自分がどうかなったときに助けてくれる人が近くにいてくれた方がいいに決まってる。
「アシュ……アシュリーどこだ!?」
喉から絞り出すような声で辺り一面に喚き散らすと、何処からともなく返事は返ってきた。
「そんなに大声出さなくても目の前にいますよバッキーさん」
地面から生えてきた少女に安心感を覚える。視界がぐにゃりと歪む。近辺の木々がニヤニヤと笑っている。
「あぁ良かった。よく来てくれたよ」
「バッキーさんの方から来たんですが大丈夫ですか?」
「ああそうだったか。いやいいんだ、何でもないんだ。それでアシュの方はどれぐらいマンドレイクを採れた?」
「やー、順調ですよ。ここら一帯狩り尽くす勢いでやったんで自分としては十分なくらいです。それでバッキーさんは?」
見れば山のように積み上げられたマンドレイクがあった。その全てが綺麗に両断されている。筋力の差というものか。哀しいものだ。
トンボの宙返り。金の目玉。煮え繰り返った喉仏。眉毛模様の毛虫。蟻の大群が足下に這い回る。思考がフリーズする。
「バッキーさん?バッキーさん大丈夫です?」
「……ああ平気さ。何だったか、そうだ俺の成果か。凄いぞアレは金の山だあれは」
山のように積み上げられた半端に斬られたマンドレイクを見てアシュは初めて驚いた顔を見せた。
「アレ、全部バッキーさんが?」
「もちろんだとも」
「もしかしてマンドレイクの悲鳴を聴きましたか?」
「ほんの少しさ。体に変化はないさ〜」
嘘だ。今にもぶっ倒れそうな状態なのに、それなのに正直に言えない。頭のネジなんて当に飛んでたんだ。今の俺はきっと俺でありながら俺でないんだ。
そうだ。俺はバッキーなんかじゃない。俺は椿葵、普通の高校生だ。受験勉強に追われる最中にWSで息抜きしてたんだ。
「少し尋ねますがこれは何本ですか?」
指を何本か立てて見せるアシュ。何本だろうか1、2、はて?2の次の数字は何だったか。視界がぼやけて最早まともに見えたもんじゃない。
「1……いや、アシュの手が3本あるから3だ」
「やっぱり聴いたんですね。本来マンドレイクの悲鳴はほんの少し聴いただけでも後遺症が残るレベルです。それに加えあの数のマンドレイクの悲鳴を聴いてたら普通なら死んでますよ?」
「死んでまた蘇るさ。そういう人生もあるよきっと。死んで生き返って死んで生き返って死んで生き返って死んで生き返って……そういうもんだろ?初心者はそうやって覚えていくんだよ。それがゲームだ。ウォーリアーズ・シックスの世界さ」
「すみません。手当をしますので少し失礼します」
アシュの呆れたような表情が実にいい。手をピンと張らせて手刀の形を取る。
そう。そうしてくれ。一度楽にしておくれ。俺イかれてるんだ。いややめろ。痛いのはやだ。でもやっぱりそうすべきだろ。手当してくれるって言ってんじゃん。んなわけあるか。上手く言いくるめてマンドレイクを盗むんだよ。んなわけあるか。アシュがそんなことするか。アシュなんて会って時間も経ってねえ。どうせ尻軽ビッチさ。口が汚いぞ。
お前誰だよ?俺は誰だよ?
よくわかんなくなってきた。一度リセットした方がいい。ああ首の後ろに大きな衝撃。足下から蟻の大群が這い上がってくる。俺の意識を掻っ攫っていく。それでいいんだ。一回拠点に戻ってやり直そう。初心者狩りがいる。きっと俺は狩られて死ぬんだ。
意識が堕ちる。マンドレイクなんてもう見なくていい。