おいでませ地下迷宮
「バッキー、そろそろ起きたらどうだ?」
眠気なんて全くなかったというのに、いつの間にか眠っていたようだ。
「あぁ悪い悪い。少し昼寝してたわ。それで、もう着いたのか?」
「地下迷宮の目の前まで着いてるぞ」
頭の中で雷が一つ落ちて、俺は飛び起き、馬車から顔を出した。
「これが……地下迷宮?」
それは、野原の真ん中にぽっかりと空いた小さな穴だった。
それ以外に特筆すべき点のない、ただの縦穴だ。
「イメージと全然違うな」
「そう露骨にがっかりするな。ほら降りた降りた。ここからがお楽しみさ」
アンリに腕を引っ張られて馬車を降りると、馬主に迎えの時間を告げ、正真正銘俺達は二人きりとなった。
目の前には人が二、三人まとめて入れるサイズの縦穴が一つ、奥を覗き込んでみても底の見えない無窮の闇が続いている。
この先に迷宮があるとは今一つ納得出来ないが果たしてどうなるか。
「さて、迷宮に入る前に一つ伝えておくことがある。既に敵が潜んでいるということだ」
「敵って……そんなもんどこにいるんだよ?」
俺が尋ねるとアンリは二時の方向を指差して
「二キロ先にキャンプを張ってる輩が見える。数は八人、装備からして対人を想定したもの。そうなると目的は君でも分かるだろう?」
「俺達を殺す為ってことか?」
「そう考えるのが妥当だろうな。まっ、地下迷宮で手に入れたものを横取りしようって魂胆だろうが。今は気にする必要はない」
どこまで敵を理解したかは知らないがアンリは嘲るように鼻で笑って、地下迷宮の入口に向けて足を進めた。
「先に私が入ろう。五つ数えてから君も飛び込め」
「あー、わかったけどアンリこれ深さはどれぐらいか教えてくれる?」
「飛び込んでみればわかる」
そう言ってアンリはぴょんと跳び、そのまま穴の中に飛び込んでいった。
「アンリおい!待てって!」
アンリの姿はもちろんのこと、着地の音も確認できず、俺は慌てて穴の中を覗き込んだ。
一人置き去りにされては話にならない。深呼吸を二回して五秒数えると俺は意を決して穴の中に飛び込んだ。
「ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!!!」
重力に従って落ちていくに連れ尋常じゃない風圧が全身にぶち当たる。眼も口も全開にしてどこまでも落ちていく。終わりが見えない穴の中、一つだけ確かな思いがある。
この速度で着地したら間違いなく死ぬということだ。
「ヤバいって!ヤバいっての!!」
こんな時だけ神様を信じても良いと思う。
穴を抜けた先に待っていたのは視界全てを覆う闇だった。
なおも勢いを増して落ちていく。自由の利かない空中で体をじたばたさせても何も起きはしない。
終わりの見えない空間を落ち続けるのだ。
このまま永遠に落ち続けるんじゃないかと思った矢先、前触れもなくブレーキが掛かった。空中で何かに吊るされたように不安定な浮遊感を感じさせられる。
「ひゅー……ぜひゅー……何なのよこれぇ……」
平衡感覚の乱れからか吐き気がしてくる。
だが吐く暇も与えられず、今度は凄まじい浮力に突き上げられ、落ちてきた道をぐんぐんと昇っていく。
「何なんだよこれえええええええぇぇぇぇぇぇーーーーー」
俺の絶叫が途切れると同時に光が俺を覆った。
外に戻ってきたんだと安堵した。そして、俺を迎える声が聞こえてきた。
「ようこそ地下迷宮へ」
ハッとして俺は顔を上げる。
そこはさっきまでの野原なんかじゃなかった。
岩肌の壁が左右を囲い、薄暗い色をした葉の生い茂る地面が見渡す限りに続いている。
周囲にはぼんやりと灯りがあるが、見上げる先は天井も見えないぐらい高々とした空間が広がっている。
「此処が……地下迷宮?」
「そっ、此処が地下迷宮だ」
隣を見やるとアンリが得意げな顔をして立っていた。
「又の名を冒険者の狩場、いつ来てもわくわくするな」
「待て、ちょっと待て。本当にあの穴の中にこんなもんがあるってのかよ?」
「厳密には少し違う。あの穴のある地点に大きな魔術が施されているんだ。人では決して作り出せないレベルの転位魔術だ」
「つまりここは穴の中じゃなくて、全く別の場所ってことか?」
「そういうことだ」
「でも魔術て言ったってそんなもん誰が作ったんだよ?」
「さぁな。色々な説が出回ってるが最も有力なのが魔王が戯れに作ったというものだ」
「魔王ねぇ……こんな銃火器だらけの世界に魔王なんて本当にいるもんなのかねぇ?」
「そんなこと、今はどうだっていい。なんにせよ君の目的を達成するには打ってつけの場所だろう?」
確かに此処に雑魚モンスターがうようよいるのならそれは最高の条件だし、細かい理由なんて気にすることでもない。
「それもそうだな。考えたって何もわかんねぇんだしな。行こうぜアンリ、案内してくれよ」
「その意気だ。行こう。獲物は近い」
口元を緩ませアンリは先導して地下迷宮を進んでいく。
楽しくなりそうだな、と心の中で呟いて俺はアンリの背中を追いかける。
不安はない。アンリがいるから。
先を行く彼女の後姿は今の俺には何よりも頼もしく見えていた。




