準備万端
朝、目が覚める。
久々のベッドでの目覚めということで寝覚めは悪くないが喉がカラカラとしている。
感覚が戻ってくるとまず感じたのは腕への猛烈な痺れだった。
ぼやけた視界で腕の方を見ると俺の腕を枕代わりにしてぐっすりと眠るスキュラがいた。一晩で色々と体勢が変わってこうなったのだろうが当のスキュラは一向に起きる気配はない。
仕方なくスキュラを起こさないようゆっくりと腕を引っ張り出してからゆっくりとベッドを出る。
「んー……んにゃべし……しぇきめそん……」
魔法でも飛び出しそうな寝言を呟きながらスキュラはごろごろと寝返りを打つ。彼女の寝言を観察するのも悪くはないが、はだけた布団を被せてあげた後、俺はこっそりと部屋を出た。浴室前の洗面台で顔を洗って朝飯貰いにドクターの部屋に向かうことにする。最近の朝食は大抵ドクターに賄ってもらっているが昨晩、彼の作る卵焼きの正体を知ってしまっただけにどうも足取りが重かった。
すると、ドクターの部屋の前で一人の少女がこっちを向いて立っていた。
「やぁバッキー、よく眠れたか?」
「アンリ!帰ってたのかよ?」
「昨日の晩にな。ドクターの部屋で朝ご飯か?」
「うん、まぁな。多分卵料理だろうけど」
「あぁ、そうだったよ。ところでちょうど君に話があったんだ。今良いか?」
「全然大丈夫だぜ?」
そう返事をするとアンリは柄にもなく明るい声で俺に告げた。
「昨日地下迷宮の視察に行ってきた。そしたら五階層付近にゴブリンの群を見つけたんだ。それで君が良ければだが、今日私と一緒に地下迷宮に行ってみないか?もちろん目的は君のレベリングだから君が無理であればやめておくが」
考える時間なんて一秒たりとも必要なかった。すぐにでも強くなりたい。薬の力に頼らずともやっていける冒険者に少しでも早くなりたかった。
「そんな耳寄りな話、断るわけねぇだろ? 行こうぜゴブリン狩り!」
「君ならそう言うと思っていたよ。じゃあ馬車を呼んでおく。それまでに準備しててくれ」
そう言い残してアンリは俺の脇をすり抜けて自分の部屋に戻っていく。
何だか気分が良さそうではあった。あれだけ俺を避けていたアンリが自ら俺を誘いに来てくれるなんて全く思っていなかった。
知らぬ内に俺も嬉しい思いで頬がつり上がっていた。
心踊る気持ちでドクターから気持ち悪がられながら朝食を貰うとぺろりと平らげて俺は自分の部屋に戻っていく。
その途中、今度はアンリとは別の少女に出会った。
「やーやー、朝から元気なようで何よりです」
「アシュ!お前もドクターのところで朝飯か?」
「いえいえ、今はバッキーさんに用件で」
アシュはにこっと笑みを浮かべると懐を漁りながら俺の前まで歩み寄ってくる。
「とても興味深い話を耳にしましてね。昨日、ワーウルフに襲われたばかりというのに、もう次のモンスターを狩りに?」
「おうよ。身体の方はとっくに万全だからよ。それに今回はアンリもいる」
「だから不安なんですよ……」
ぼそっと俺の聞こえない声で何か呟いてアシュは懐から一本の筒状の物体を取り出すと俺に差し出してきた。
「これって確か……」
「ワイヤーフックですよ。昨日はいらないと言われましたが、あって損はないはずですよ」
「でもこれってアシュのじゃ……」
「ちょっとした贈り物ですよ。そんなに遠慮しなくていいんですからね?」
否応無しに手の平に置かれたワイヤーフックとアシュの笑顔を交互に見やると、俺はそれを握りしめ、アシュの肩に手を置いた。
「気ィ使ってくれてありがとよ。機会があれば使わせてもらうぜ」
「きっと役に立ちますよ。きっとね」
いつもより優しいのがなんだか不気味ではあるが、せっかくのアシュからの気遣いだ。ありがたく受け取っておこう。
「やー、これで何があっても困らないですね?次に会うときはレベル2になっててくださいよ?貴方が強くならないと私も張り合いがありませんから」
「おうよ!任せとけって。なんなら一緒に行くか?俺がレベル2になる瞬間見届けてくれても良いんだぜ?」
「やー、お言葉ですが今日はドクターと一緒に奴隷の買い取りに行く予定なので」
「あぁもうそんなに経ってたか。それじゃあそっちも首尾よくやってくれや」
そうなると今日で目標を二つ達成できるというわけだ。
一つは俺のレベル上げ、そして本当の意味での奴隷解放が実現する。
「感動的だな」
「うーん、まぁそうですね」
今一つな顔でアシュは首を捻る。それもアシュらしいかと一人納得し、俺達は互いの健闘を祈って解散した。
そうなると早速準備に取り掛かる必要がある。
腰のホルスターにピースメーカーを、背にはフォース・オブ・アウトローを、肩からスリングでリトル・フレンドを提げて、後は胸のポケットにアシュからもらったワイヤーフックを収納したら過剰なまでの装備を担いだら準備は完了だ。ポーチに適当に食料と弾倉詰め込んだらもう怖いものはない。
一人で戦争でも始められそうな気分だった。ゴブリンを狩るだけにしては大袈裟すぎるだろうが、素の上体でモンスターを狩るのは今回が初めてと言っていい。マンドレイクなんて狩ったの内に入ってるのかも疑わしい。
とにかく、準備は完了した。あとはアンリが手配してくれた馬車を待つだけだ。
部屋のベッドでスキュラはぐっすりと眠っている。昨晩、俺のピースメーカーを整備してくれてたのは彼女だ。その銃を使って、俺は今日地下迷宮に潜る。
「帰ってくる頃にはレベル2だぜ」
冒険者として、スキュラは俺の後輩に位置する。と言っても才能では大きく差がある。少しでも先に立ちたかった。だから、俺はスキュラを寝かせたまま、こっそりと部屋を出た。帰ってスキュラを驚かせてやりたかったからだ。
彼女の面倒は同じ留守番のザグールに任せるとして今日は自分の為の一日を過ごそう。
身支度を済ませる頃には時間も良い頃合いとなっていた。
ガチャガチャと重い装備を担いで外に出るとそこには既に準備を済ませたアンリがいた。
「おや?早いな。もう少しかかると思ってたよ」
「アンリ程じゃないさ」
アンリの装備は折り畳み式の弓と矢筒に入った数十本の矢のみと驚くぐらいに軽装であった。
服装もいつもの狙撃手のようなコート装備ではなくノースリーブの動きやすさに特化したような格好だった。冒険者あるいは狩人とでも言うべきか。凄くさまになっている。
「装備はそれだけ?」
「今日の主役は君だろう?私はあくまで影だ」
「ありがたいね」
「君は逆に大した装備だな。魔王でも狩りに行くのか?」
俺は苦笑いで誤魔化して適当に言葉を濁すとアンリの傍らに腰掛ける。
いつもの目隠しで表情は読めないが感じとれる雰囲気はどこか楽しそうだった。
待つ時間、アンリと元居た世界の話をしたかった。でもそうしたらきっと彼女のアンリは機嫌を悪くするだろう。この雰囲気を壊したくなかったから、その話題は頭の隅に追いやって、アンリの方を見やった。
いつもはコートを着てるからか今まであまり見えてなかったがピッタリとした服を着てる今ならよくわかる。
身体の線がとても綺麗だ。やましい意味ではない。俺も同じだからよくわかる。完璧な肉体になるよう作られたんだ。同時に服の隙間から見えた幾多の傷跡は彼女の壮絶な人生を物語っているようだった。
ジッとその身体を眺めているとコホンとアンリが咳払いをして口を開く。
「なぁバッキー、私の眼の能力を忘れてないか?」
「え?あー、いやまぁな」
「君に悪気がないのは分かっているが何と言うか……照れ臭い」
「悪い。そんな気はなかったんだけど」
「別にいい。これから先長い付き合いになるし」
そうこうしている内に馬車が到着し、俺達は一先ず話を切り、装備を持って馬車に乗り込む。
やっと始まるんだという実感が今になって沸き起こってきた。依頼でもない俺の為の、冒険者らしい初めての体験が今から始まるんだ。




