前夜
リオンの家を出て、街を出る頃にはほぼ全力疾走で帰路を辿っていた。
何か吹っ切れた気分だった。何をどうすればアンリと分かり合えるかなんて知ったこっちゃない。それでも行動しなければ何も変わらない。
郊外に出て見えてきた薄気味悪い教会こそ、俺の帰る場所、皆がいるホームだ。
穴だらけの薄汚れた壁、折れ曲がった十字架、廃屋に見られてもおかしくないその教会には俺の知る限り最高の人間が揃っていると言っていい。
ドアの前まで来て初めて俺は足を止めた。乱れた呼吸を整え、額の汗を拭う。
先ずアンリに会ったら何て言おうか。何だって良かった。言いたいことを片っ端から言おう。
「よし!」
意を決して俺はホームのドアを押し開いた。
「ただいま!帰ったぜ!」
目に映るエントランスの景色、そして白衣の褐色肌の男。今は用はない男だ。
「なんだドクターかよ」
「んだよそのハズレ引いたみたいな顔は」
怪しく蠢く箱を抱えてドクターは眉間に皺を寄せて俺を見据える。
「アシュとスキュラは早々に帰ってきたってのに随分遅かったじゃねぇかよ。どうでもいいがな。飯食うか?今からこいつ料理するが」
そう言って箱の中身を見せびらかしてくる。蛸とイソギンチャクをそのまま足したような生物が箱の中いっぱいに蠢いている。
本気でリオンの家で飯食ってきて良かったと痛感しているところだ。
「頼まれても食わねぇわ」
「あ?こいつの内臓が卵の代用品にもなってんだ。お前が今まで食ってきた飯にも大量に入ってんだぞ?」
「本気で吐くぞドクター。てか普通に卵使えや」
「それの何処が面白いっていうんだ?」
相変わらずドクターには頭を抱えさせられる。だが、今はそんなのは些細な事だ。
「その話はまた今度にしておこうドクター。それよりアンリはいるか?」
「いや、昼過ぎから出て行って帰ってきてねぇよ。確か地下迷宮の視察だったか。お前のレベリングだとか言ってたが」
「アンリが? 確かかそれ?」
「嘘吐く意味もねぇだろ」
それもそうだが、あれだけ俺を避けていたアンリが俺との約束を律儀に守ってくれているというのか。
可能性としてはなくはないが今一つ合点がいかない。
「それならいいんだ。帰ってきてからまた話すよ」
「この時間に帰らねぇなら今日は帰らねぇかもな」
「げっ……マジかよ」
せっかくやる気だったというのに鼻っ柱折られた気分だ。一先ず部屋に戻ろうとするが、ドクターに呼び止められてまた足を止める。
「まぁ待てよ。せっかくのレベリングに担いでいくのが散弾銃と豆鉄砲だけじゃ足りねえだろ。良いもん貸してやるから来いよ」
そう言われたなら着いていくしかない。怪しげに手招きするドクターに着いていき彼の部屋へと足を踏み入れる。
相変わらずだだっ広くて、薬品の臭いがプンプン漂っている。
ドクターは部屋の隅で何かを探すように物を掻き分けながら俺に話しかけてくる。
「あの糞爺……ジャスパーの店でワーウルフに襲われたんだって? よく一人で片付けたもんだな」
「またドクターの薬使ったからな。アレぐらいどうってことなかったさ」
正直に言うと本気で死ぬかと思ったが思わず見栄を張ってしまった。
ドクターは当然と言わんばかりの得意げな表情を浮かべる。
「まっ、俺の作った薬だからな。でもアレに頼ってばっかでも仕方ねえだろ。おぉあったあった。ほらこいつだ」
そう言ってドクターが取り出したのはやや大きめの突撃銃だった。
軽々とそれを持ち上げ、俺に向けて放り投げてくる。腕にズンと重い感触が伝わってくる。
「クラッシャー専用アサルトライフル、『リトル・フレンド』だ。昔、ザグールが駆け出しの時に使ってたが、あいつには随分と不似合いなもんだったよ」
「だろうな。ザグールにこれはちょっとな」
クラッシャー専用とはいえ俺の腕でも充分に収まるサイズだ。身長3メートル超えのザグールが持ってたらそれこそ豆鉄砲だ。
「お前の思ってることとは逆だよ」
「は?」
「そんなことより、どうだよ。駆け出しの冒険者でも扱えるよう設計されてるわけだが」
「あ、あぁ。しっくりくるよ」
謎のドクターの言葉があったが、改めて俺の手の中にある銃に意識を向ける。実際に撃ってみないと分からないが使えそうな気はする。
何せ俺がゲームの頃にメインで使用していた武器は何を隠そう突撃銃だ。ゲームに限った話、腕には相当自信があった。
「それにアタッチメントにグレランが付いてる。一発ぶっ放せばゴブリンだろうがオークだろうが木っ端微塵だぜ。まぁゴブリン狩るにはちと過ぎた玩具だな」
「いや、ちょうどいいや。マジで助かるよドクター」
気分が昂ってきた。初めてまともな冒険者になれたようだ。
玩具をもらった子供のように俺は突撃銃『リトル・フレンド』を大事に抱きかかえドクターに頭を下げた。
「いいんだ。俺は俺の為にやってるだけだからよ」
「お陰で俺が助かる。だろ?」
ドクターは鼻で笑うと機嫌の良さそうに目を伏し、丸椅子に腰を下ろす。そして、俺を見据え新たに話を切り出した。
「ところで、話は変わるがお前に早急に強くなってもらわねぇといけなくなった」
また突飛な話だった。そりゃ強くならなくてはならないのは承知のことだが、何故そんなに急ぐ必要があるのか。
「何でだよ?ドラゴンでも襲ってくんのか?」
「ドラゴンならまだいい。もうじき、うちのリーダーが帰ってくる。面倒なことになるぞ」
「おぉ、やっと顔合わせ出来るんだな」
このパーティにいて未だ顔も合わせていないのがここのリーダーだった。
アンリの話で聞いただけだが、何やら滅茶苦茶で、ドクターが言うには今すぐぶっ殺したい奴とのこと。
「随分と嬉しそうだな。会ってもろくな事にはならねぇぞ」
「いいんだよドクター。やっとパーティの人間全員と顔を合わせられると思うとやっぱ嬉しいんだよ」
「馬鹿みてぇなこと言う前にさっさとレベル上げてくるんだな。うちのリーダーは気性が粗いから弱いと話も出来ねぇぞ」
「ならいい。ちゃちゃっとレベル2にでも3にでも上げてくるさ」
ニッと笑みを浮かべ、『リトル・フレンド』を肩に担ぐとドクターに一つ敬礼し、彼の部屋を出て行く。
それにしてもリーダーと副リーダー揃って気性が粗いとなるとそれはもうパーティとしてやっていけるのか疑問だが、今更なことだった。
忘れがちだがこのパーティは俺以外皆ブラックリストに登録されてる者だ。一見リーダーと副リーダーが気性が粗いぐらい別に驚くことでもなかった。
皆何か深ーいわけがあるのだろうが今の俺には知ったこっちゃない。何故なら、俺は俺の事で手一杯だからだ。
おまけに一人の少女の世話までしなければならない。
リトル・フレンドを担いで、俺は自分の部屋に戻る。アンリがいない以上、そうするしかない。
すると、俺の部屋に向かっていくに連れ、妙な違和感を感じた。空気が揺れてるとでも言うべきか自室に近づくに連れて肌にビリビリと痺れが走ってくるような気さえした。
そんな奇妙な感覚を味わいながらも部屋の前まで来て、ボロいドアをそっと開け、中を覗く。
すると、眩い光が視界いっぱいに飛び込んできたのだ。俺は目の前の光景に唖然と口を開き、そして、うんざりと肩を落とし疲れた声で一つ問いを投げかけた。
「お前……何してんだよ?」




