闇商人
激しい頭痛で俺は目を覚ました。頭痛も酷ければ傷口から込み上げてくる痛みはもっと酷い。
半覚醒の意識で事の顛末を辿ってみると明らかに何かが可笑しいような気がしてならない。本来俺はスキュラを冒険者にする為にこの地下を訪れたんだ。
それなのに来て早々、出自不明のワーウルフに襲われ、撃退したかと思えば謎の男に撃たれる始末だ。
何だと言うんだ?そんなに俺を殺したいのか?
ともあれ、こうして生きているのは不幸中の幸いではあった。重たい瞼を開くと、目の前に少女の顔がぼんやりと映り込んだ。
灰を被ったような髪と、目元の隈が特徴的で俺が目覚めるなりにこっと笑顔を見せてくる。
「おはようバッキー!」
「あぁ、おはようスキュラ」
屈託のない笑みに俺も思わず安堵感を覚えた。彼女が今こうして俺の元にいてくれているということが何より心落ち着くことだった。
身体に力は入るがスキュラが顔を退かしてくれないから起き上がることも出来ない。今になって気付いた。俺の頭の下にある柔らかい感触がスキュラの脚のものだということに。
これが俗に言う膝枕というものなのか。実に素晴らしい感触である。だが俺にそっちの気はない。スキュラの額に手を当て彼女の頭を押し退けながら俺は身を起こした。
撃たれた身とは思えないぐらいに調子が良い。至って快調だ。
首だけスキュラの方に向け俺はスキュラに尋ねた。
「アレから何があった?」
そう言うとスキュラは口を噤ませて困った顔をしてしまった。そして、おずおずと口を開いた。
「バッキーが撃たれたの」
「知ってる。それからの事だ」
「あの人がまたバッキーを撃とうとしたから私とアシュリーさんで止めたの。バッキー意識無かったから私の魔術でどうにか治したんだ。具合はどう?」
「お陰様でこの通りだよ」
ひょいと立ち上がり軽く肩を回す。特に異常なしだ。
「ありがとよスキュラ。危うく死ぬとこだった。お前もあんま無茶すんなよ。生命力付与って相当負担掛かるだろ?」
「大丈夫だよ。バッキーの為だもん」
そういう問題ではないと言うべきところだったがスキュラの善意を素直に受け止めてやりたい気持ちが強かった。
もう一度スキュラに礼を言って今俺のいる部屋を見渡した。
「此処は?」
「まだあの人のお店。ここはお客様のお部屋なんだって」
その割にはあまりに飾り気のない部屋だ。木製の机と長椅子があるぐらいで後は剥き出しの電球が吊ってあるだけの何もない部屋。歓迎する気はないように思える。
「成る程、まだ店の中か。ならちょうどいいや。ちょっと挨拶をしてくる。スキュラはここで待ってろ」
立ち上がって来ようとするスキュラを制し、俺はそのまま一つしかないドアの方に向かう。
身体の方は無事だったが服の方は形を為してない。酷いもんだ。そう思いながらドアに手を掛けようとした時、先駆けてドアが開かれ、一人男が顔を覗かせた。
「何だもう起きてたか。よぉ兄弟、改めて挨拶だな」
何となくだが直感した。こんな感じの声だったとか薄っすら顔を見たとか、そんなんじゃなくて。雰囲気というか風貌というか。うまく言えないが百パーセントの確信を持って言える。
俺を撃ったのはこいつだ。
条件反射で俺は気さくに手を挙げる男の顔面を殴り飛ばしていた。この場で言う俺の挨拶だった。
筋力D−渾身の右ストレートを食らい男は鼻血のアーチを描きながら壁に激突する。ひん曲がった鼻を元に戻しながら男は目を剥いて叫んできた。
「何しやがるてめぇ!?」
「こっちの台詞だボケ!俺の腹に風穴空けやがって!」
互いに噛み付きそうな剣幕だった。俺もあと一発ぐらいは殴っておかないと気が晴れない。
膝ぐらいの高さにある顔に蹴りでも打ち込んでやろうと一歩踏み出したとき、俺と男の間に一人の少女が割って入った。
「やー、お二人さん。喧嘩も良いですが本題から脱線しすぎではないですか?」
アシュリーだ。無理矢理押し通ってもいいが返り討ちに遭うのは目に見えている。
涼しい顔してアシュは俺に顔を向けると薄い笑みを浮かべてぺこりと頭を下げてくる。
「やー、ごめんなさいねバッキーさん。この人いつもこうなんですよ。苛立つと他人を撃ちたくなる性分でして。だから地下に隔離されたのに相変わらず懲りないんですから」
男の問題性は置いておいて仲裁に入ってくれているアシュを蔑ろには出来ない。
「わかったよアシュ。少し頭冷やす」
先程のアシュの言葉にも一理ある事だし、一先ず自分を落ち着けて男の方に目を向ける。
歳は五十手前ぐらいか。地下で暮らしてる割には色黒で、筋骨隆々とした身体や側頭部を刈り上げた今風の髪型、そして首筋に入った不気味な刺青が男の事を只者ではないと表している。
ぼたぼたとこぼれ落ちる鼻血を拭いながら男はじっと俺を見ていた。俺はそれに応えるように男に近寄り手を差し伸べた
「今ので俺を撃った分はチャラにしようや。全部忘れて一から始めよう。バッキーだ」
「ジャスパーだ」
俺の手をしっかりと握り、ジャスパーと名乗る男は立ち上がって俺と相対した。
「いきなり殴って悪かった。寝起きで機嫌が悪かったんだ」
「あぁ分かるさ。そういう気分の時は俺にもある。こっちも撃って悪かったな。Dr.マルクの連れと知ってたならこんな事はなかったんだろうが。気が立っててな。何でも良いから撃ち殺したかったのさ」
「分かるよその気持ち」
取り敢えず適当に話を合わせて和解は済ませ、こうして四人が揃ったことだし、本題に入った。
「話はドクターから聞いた?」
「もちろんさ。そこの嬢ちゃんを一人前にしてやるんだろう?取り敢えず掛けな。商談といこう」
掴みどころのない笑みを浮かべてジャスパーは部屋に入り、椅子に座るよう促してきた。
後から部屋に入ってきたアシュに俺はそっと耳打ちした。
「信用していいのか?」
「絶対にしてはいけません」
それだけ言葉を交わすと三人揃って俺は客間の椅子に腰掛けた。
ジャスパーは一頻り俺達を見回すとまた何を考えてるのか分からない笑みを貼りつけてわきわきと指をくねらせる。
「Dr.マルクの優等生達。日に日に面子が若くなっていきやがる。遂にはハーフモンスターの女の子とはまた。へへへ、将来有望だな」
愉快そうにジャスパーは笑い、話を続ける。
「新入りの二人は初めてだな。改めて挨拶だ。俺はジャスパー・ブラウン。この店の店長で唯一の住人だ。モノに困った時は訪ねてくるといい。特に違法と付くものは大方揃えてあるからな」
「じゃあ、あのワーウルフは売り物だったのか?」
俺の問いにジャスパーは初めて表情を曇らせた。
「いや、まるで違う。俺個人の研究さ。不老不死のな」
なんか話が胡散臭い方向に向かってだったがそのまま話を聞く。
「銀色の体毛をしたワーウルフの血液が欲しかったのさ。それでギルドに狩猟を依頼したんだが、あろうことかそいつの息の根は止まってなくてな。届いたケージを開けた時、生きたあいつが飛び出して来やがった。大した生命力さ。俺はお前達が来るまでの四時間、ずっと戸棚の中で息を潜めてたんだ。実に恐ろしい体験だった」
「やー、此方からしたら迷惑極まりない話ですね」
全くだ、と口には出さずにアシュに賛同しつつ俺は話を戻すことにした。
「それで、そっちの用意は出来てるのか?」
「勿論だとも。本業と副業は全く別の事だからな」
そう言ってジャスパーはポケットを弄り、一つの小瓶を机の上に置いてこっちに滑らせてきた。
「それが冒険者の核だ。冒険者になる為のありとあらゆる成分がそれに詰まっている」
瓶を手に取って中の液体を注視する。少し濁った紅色の液体が入っていた。血のように濃く、少しドロッとしている。
「フェアリーとマシンパラサイト、それにハンターエイプの魔石を溶かし、数種の薬品と調合することで出来る代物だ。正にこの世の奇跡さ」
隣のスキュラに小瓶を手渡すと不思議そうに瓶の中身を覗き見る。
「これで冒険者になれるの……?ちょっと綺麗」
「それが嬢ちゃんの中に入るんだぜ。へっへへへ」
薄気味悪く笑うジャスパーを見て俺もアシュも眉間に皺を寄せて嫌悪感を表に出した。
「それじゃあ早速始めよう。お嬢ちゃんはこっちに。残りの二人は店の中を適当に歩いときな」
ぴょんと椅子から立ち上がりスキュラは傍から見ても分かるぐらい上機嫌にジャスパーに駆け寄っていく。
「行ってくるねバッキー!」
「おう、行ってこい」
ジャスパーに寄り添ってスキュラは部屋を出ていった。残された俺とアシュは横目でアイコンタクトを取ってこれからの互いの方針について語りだす。
「さて、どうすっかな?」
「やー、ここは一つショッピングなんてどうですか?」
「ショッピング?」
「バッキーさん、ここは武具屋ですよ。それに、バッキーさんの服もボロボロですし丁度いい機会では?」
「……そうかもな」
「バッキーさんには色々頑張ってもらわないと困りますからねぇ」
椅子から立ち上がると一度アシュと顔を見合わせた。相変わらず人を食ったような笑顔をしていて最早安心感すらしてくる。
「行きましょうか?」
「おう、いい装備教えてくれよ」
何だかんだあったが無事に目的は達成しつつある。
装備の店に来るのも初めてだし純粋に楽しんでみようと思った。




