災難の二重奏
暗闇の中落ちていくと間も無く斜面に着地しそのまま滑り台のように滑り落ちていく。
先に仄かな明かりが見えてきた。あそこが終着点のようだ。
身構えてみたが放り出された先は親切にもクッションが敷かれていた。衝撃を吸収し無事、目的地に辿り着いた。
「アシュの野郎、知ってて教えなかったな……」
今更怒るようなことではないが正直驚いた。
辺りを見渡してみると、そこはまるで秘密の工房とでも表すべきか。ここはまだ玄関に過ぎないのだろうが狭い空間の天井には裸の電球が一つだけぶら下がっていて赤褐色の壁を照らしている。
「あー、腰打ったクソッタレ」
後で文句の一つでも言ってやろう。
それにしてもこの地下の空間には驚いたものだ。
あんな狭い所に店を構えられるわけがないと踏んでいたがまさか地下とは。地主が知ったらさぞ怒るだろう。
俺には関係ない話だ。本題に移ろう。
先ずはここの店主に挨拶だ。
目の前に扉が見える。この先に目的の人物がいる。
扉に手を掛け押し開こうとしたとき、妙な違和感に気付いた。
「……獣臭?」
それに気付いたとき、それは既に俺に気付いていた。
忙しない足音が猛然と迫ってくる。慌てて扉から離れるとほぼ同時に扉が吹き飛んだ。まるで爆発が起きたかのように金属製の扉が板切れみたいに壁に叩きつけられ、暗闇の先から二つの妖しく光る双眸が此方を覗いていた。
「おいおい嘘だろ嘘だろ冗談よせ!」
人ではない。雰囲気だけでそれがモンスターであると確信した。
咄嗟に内ポケットに入れた拳銃を抜こうとしたとき、そいつは暗闇の中から飛び出て牙を剥いた。
反射的に身を捻って回避に移ったがモンスターの牙は俺の腕を掠め、拳銃は部屋の隅に飛ばされてしまった。
モンスターの全貌を目の当たりにした時、全身が凍りつくような感覚が身を襲った。
普通の人間より二回りぐらい大きい。骨格は完全な人型。異様なまでに発達した筋肉と四肢の先端から伸びた鋭利すぎる爪。何より目を引くのがそこにある顔が人のものではなく狼のそれである点だ。
ワーウルフだ。危険度最高。高レベル冒険者ですらその凶暴性と身体能力で地に沈められたという。
本で覚えた知識だ。
「うん、確かに変な人だ。えぇっと、あんたがここの店主だったり?」
「グゥッ!ギルァアアァアァァアアアア!!!」
間違いなく違う。
鼓膜の飛びそうな咆哮に身体が反応した。
此処にいたら死ぬ。直感から行動へ。前転し回避すると、今まさに俺のいた場所が粉々に砕け散っていた。壁を深く抉った先でワーウルフは身を震わせギラギラとした眼差しをまた俺に向ける。
「俺が何した!?何なのよこれ!?」
どういうわけか俺が街に来ると一度は死ぬ思いをする。それにしても今回は洒落にならない。
何でワーウルフが街のど真ん中の地下で、あろうことか俺を襲っているというんだ?
「ふざけんな!殺すぞてめぇ!!」
全力で逃げながら俺は叫ぶ。一つしかない扉をくぐり抜け、暗闇の部屋の中、適当な物影に身を潜める。
「アシュリーアシュリー早く来い。スキュラは来るな」
息を潜めても臭いでバレる。暗闇で不利なのは俺の方だ。
中の様子が一切見えない。一瞬外の明かりがワーウルフの影に遮られ、奴が部屋に入ってきたことを報せてくれた。
目一杯息を潜める。呼吸も物音も一切の音を立てないよう俺はそっと内ポケットに手を忍ばせた。
そっと、手先を動かし、俺は緊急時のためと渡されていた薬を手に取った。
「ギルアアアアアアアァァァァッ!」
「あああああああああぁぁぁァァァッ!!」
刹那、物音一つ立てずワーウルフは俺の目前まで来ていた。目と鼻の先で吠えられ、俺は半ベソかいて泣き叫んでた。
肩口からざっくり逝った。爪が骨を抉って背から突き抜けている。
痛いどころじゃない。何も感じない。血が濁流のように流れ落ちてる。
つまりどういう事かというと、完全にキレたわけだ。
「ふざけんな!!俺はホラーが何より嫌いなんだよ!!」
ただ呆然と待ってたわけではない。拳銃なんかより断然役立つ俺の武器、スーパーなお薬だ。咄嗟に首にぶっ刺してた注射器から薬剤が流れ込んでくる。
カチン、と歯車が噛み合ったように脳内で超速で演算が開始される。どうすれば助かるか。どうすれば目の前のワーウルフが死んでくれるか。
単純だ。殴れば良い。結局俺にはそれしかない。粉々になるまで殴って蹴ってすり潰してやれば死なない奴なんていない。
「もう一度言う。殺すぞてめえ!!」
暗闇の中でも目の前のワーウルフぐらいはっきりと視認できる。本気で拳を固め、お返しとばかりにワーウルフの鼻っ面に全力でフックを打ちかます。
爆裂音に似た音が鳴り響き、ワーウルフの顔の半分が跡形も無く消し飛び、部屋の壁に打ち付けられた。
「あー、せっかく塞がった肩にまた穴空けやがって、どうしてくれんだよこれ?」
肩から流れ落ちる血の勢いは薬によって抑えられてきている。
注射器の中身はもちろんSUMだ。俺の身体の為に濃度は薄いが効果は十分に発揮している。
「せっかくコートも新調したってのに、てめぇこれどうしてくれんだよ!」
だが身体の方は万全じゃない上、精神汚染も発動していない。倦怠感を嫌という程感じる。長くは保たないだろう。
ワーウルフが起き上がってくる。鼻先をひん曲げ、顔の半分が無くなっているがその傷もすぐに回復していっている。
便利な再生能力をお持ちのようだ。あっちは長期戦には持ってこいの能力を有している。分が悪いのはこっちの方だ。
「早く来いっつってんだろアシュリー!」
両脚のバネを最大限に稼働し地を蹴る。俺自身が弾丸のような勢いでワーウルフに突っ込んでいく。胴体にタックルを決め、更に壁にめり込ませる。ワーウルフが怯んだところにダメ押しのボディブローを打ち込む。硬い筋肉を抉り俺の拳がワーウルフの体内に押し込められた。
「ガルァ!ガアアァァァァッ!!」
血液の混じった唾液を飛び散らせワーウルフは目下の俺の背中に爪を立ててくる。肉に何本ものナイフを突き刺されたみたいだ。激痛に顔が歪む。
拳を引き抜き、再度突き入れる。再生が既に始まっている。圧倒的不利な状況。打開しなければ死ぬのは俺の方だ。
拳を引き抜き、その場で勢い良く身体を縦に旋転。爪が引き抜かれ、上下逆様になった体勢から、渾身の踵落としをワーウルフの顔面に叩き込んだ。
ワーウルフの頭部だけが壁に陥没し、力の篭っていた腕がだらりと吊り下がる。ぴくぴくと身体を痙攣させているが起き上がってくる様子はない。
「そこで一生死んどけ糞野郎」
赤い唾を吐き捨て、俺はふらつく足をどうにか動かして暗闇の部屋の中を彷徨う。
目眩に伴い立ち眩みがした。薬が切れたようだ。持続性もない。ドクターの言う通り、そろそろ俺自身を鍛えなければいけないようだ。俺も次の段階に進むときがきたんだ。
「疲れた……それにしてもアシュは何してんだよ」
そこらへんに横たわり、ぼんやりと独り言を呟く。そろそろ彼女達も到着していい頃なのに、未だ姿を見せないでいる。
すると、部屋の奥から何かが動く物音が聞こえてきた。
緩みかけた緊張の糸を張り直し、警戒態勢に入る。身を起こし、屈んだまま、向こうの出方を伺う。他のモンスターの可能性を考慮して俺は静かに息を潜めて待った。
暗闇の奥から聞こえる音が近づいてくる。
カチリと撃鉄が起きる音がして、男の声が暗闇の中を木霊した。
「嗚呼、人生最悪の日だ。全てが悪い方へ働く。正しく人生最悪の日に相応しい一日だ。こういう日には、こうするに限る」
男の声が途切れると共に体に途方もない衝撃が走る。
撃たれたんだ。理解したときには俺の意識は途絶える寸前の状態だった。




