奴隷から冒険者へ
朝、久々に冒険者然とした服を着た。
コートに袖を通し、プラスチックフレームの拳銃と薬の入った注射器一本を内ポケットに仕舞い込み、革のブーツを履くと俺はホームの外に出た。
「やー、遅いですよバッキーさん」
「大丈夫だよバッキー、ゆっくり行こうね」
今日は待ちに待ったスキュラの冒険者生活の第一歩となる日だ。
本当はもっと早くに行く予定だったのに俺が回復するのを態々待ってくれてこの日となった。
俺も無理な動きは出来そうにないが歩くぐらいは無理なく出来るまで復調してきた。
ドクターには紹介状を出してもらったが念の為アシュが同行してくれた。話によると、あまり人を信用しない男らしい。少し不安だが行かないとスキュラの冒険者生活は始まらない。
俺は待ってくれてた少女二人に謝罪の意を込めて手を振り、二人の元に歩み寄った。
「悪い悪い。さぁ行こうぜ」
俺とアシュでスキュラを挟むように並ぶと、スキュラは真っ先に俺の腕に身を寄せてきた。
すっかり懐かれてしまった。少し歩きにくいが悪い気はしない。傍目でスキュラを見やると俺の視線に引き寄せられるように彼女は俺と目線を合わせてくる。
「どうかしたバッキー?」
おどけた顔で彼女は俺を見て首を傾げる。
大した勘を持っていると思う。ほんの少しの所作も彼女は見逃さない。それに魔術が使える。それが他の冒険者と比べて優位に立てる何よりの武器だ。
彼女との付き合いの中で実際にお目に掛かれたのは『生命力分与』と『物体浮遊』の二つだ。物体浮遊とは言ってもカップ程度のものを運ぶぐらいのものであったが鍛えれば強力な武器となるだろう。
将来は有望。それだけにこんなパーティにいさせて良いのか疑念を抱いてしまう。彼女が望んだことはなるべく叶えてやりたい。だがそれが必ずしも彼女のためになるのかは俺にも分からない。
「いや、何でもない」
ちらっと合わせた目を逸らして俺は遠方に見える街に目線をやった。特に理由はない。話題に困っていただけだ。
「ところでバッキーさん、スキュラちゃんのクラスは何にするんですか?」
唐突にアシュが俺に尋ねてきた。
「スキュラに聞けよ。決めたのはこの子だ」
俺は街を見たまま答える。
結局、スキュラはウェポンズマンを選んだ。最初はアサルターがいいと言ってた彼女だったが、クラスに関する本を読ませてみたところ、「アサルターって面白味に欠けるね」と一言言って考えを改め、スパイ、メディック、ウェポンズマンの三つに選択肢を絞り込んだ。
そして、パーティにウェポンズマンがいないということを理由に彼女はそれを選んだ。
俺もそれには少し安堵した。ウェポンズマンというのは基本自ら戦地に赴くようなことはせず、後方支援や装備作製など戦闘に一切関わらない生産系が殆どを占めている。
戦いに出ても大抵は劣化アサルターで終わるから積極的に戦うならアサルターがいいだろう。
例外二つある。一つはパワードスーツやらの外装を着込んで戦うタイプだ。低いステータスをアーマーで補い、多彩な武器で敵を制圧する正に人間武器庫と呼べる戦闘型ウェポンズマンの完成形だ。あらゆる武器に精通しているという特徴だからこそ出来得る芸当だがそんな奴は滅多にいない。
二つ目は陣地を形成し敵が侵入したところを叩くトラップ型だ。スキュラはこっちに向いているかもしれない。魔術を組み合わせればそれこそ恐るべき武器となるだろう。
「スキュラちゃん、スパイは良いですよ」
「すみません興味ないです」
隣でアシュが下手な勧誘をしているがそれでは無理がある。
「バッキーさんはどう思います?スパイってどのクラスよりもスマートでヒロイックでかっこいいと思うんですよね」
「別に。アサルターの方が断然かっこいいさ」
「ですがスパイならこんなことだって出来るんですよ?」
そっと撫でるようにアシュの手が彼女の顔の前を通り過ぎると俺もスキュラも目を剥いた。
ほんの一瞬でアシュの顔は輪郭を変え、髪型を変え、華奢な少女から気の良さそうな顔した青年へと変化していた。というかまんま俺の顔だ。
俺とスキュラは言葉に詰まってただ驚いた顔で俺の顔をしたアシュを見つめるだけしか出来なかった。
得意げな顔してアシュはまた手で顔を撫でると元のアシュの顔に戻って鼻を鳴らす。
「やー、期待通りの間抜け面ですねぇ。面白いでしょう?他にもアンリさんやドクターにも化けれますよ。勿論二人の知らない方々にもね」
スパイに変装スキルがあるのは承知の筈だったが、いざ直面してみると何だろうか非常に胸の奥で気味の悪いものが渦巻いてるみたいだ。
スパイには初期スキルで変装の外に暗殺と隠密の二つが用意されている。その代わりにステータスは低いのだがアシュの戦いを見る感じだとそんな風ではない。
面白いとか羨ましいとかよりもある種の恐怖すら覚えてくる。もし彼女を敵に回したらそれこそ一巻の終わりだろうから。
「どうですスキュラちゃん?スパイになったら私が何だって教えてあげれますよ?」
「そんなにスパイ仲間が欲しいかよ?」
「もちろん!やー、どうも私の知り合いのスパイは性格に難のある人ばかりで一人でも良い人が欲しいんですよねぇ」
それはスパイを選ぶ人間がそういう人種に偏ってるからと言葉に出さずにただ思った。
どの道スキュラの決意は揺らぎはしない。少しだけ考えたがスキュラは首を横に振った。
「それは残念。結構楽しいのになスパイ」
心底残念そうにアシュは口を尖らせた。
それから街に入るまで色々と聞いておきたい事を尋ねてみた。
今最も気になるのはこれから訪ねる先の人物の事だ。
「なぁアシュ、今回スキュラを冒険者にしてくれる人ってどんな人なんだ?」
それを聞くとアシュは言葉に困ったように目を泳がせ、言い辛そうに小さく口を開く。
「変な人です」
「変な人って?」
「まぁ会えば分かります」
アシュがそう言うなら多分間違いないのだろうが何だか引っかかる物言いだ。それに付け足すように俺は続けて尋ねた。
「因みに何の仕事を?」
「基本は武具や弾薬を売ってますが他にも色々と。困った時は大抵彼に相談しますね。特に保安部さんが煩い物が必要な時なんかは特にですね」
それに加えて冒険者の核の移植に関しても腕が良いときた。益々どんな人物か気になるところだがそれも行ってみれば分かる話だ。
街に入ると人の数も増えてきて、スキュラとはぐれないよう繋いだ手を離さないようしっかりと握る。
すれ違う人は厳つい冒険者の集団だったり、稼ぎの悪そうな商人だったりと様々でその中を年齢的に子供三人で歩くのはどうにも目立つ。少し早足になって俺達は人混みを掻き分けて目的地に向かった。そして、目的地に辿り着いた時、その既視感に溜め息が出た。
隙間産業という言葉を体現したような凄まじく細い建物は人一人ぎりぎり入れるような幅をしている。
間違いない。以前、俺がアンリと一緒に銃を取りに行った店だ。
別にこの店に嫌な思い出はない。だがその直後に俺は死に目を見ているだけに変な溜め息を吐いてしまった。
「ここ?」
「ここです」
今回は中に入れるが、さて、内部がどうなっているのか気になるところだ。
見た目からして一人ずつしか入れないだろう。
「じゃあ俺から入るぞ」
僅かに上がった心拍を鎮めながらドアを開け、俺は店の中に入った。中はひたすら暗く、一寸先も見えない。
慎重に足を進めていくと突然、ドアが勝手に閉まり間髪入れずに床下から機械音が響いた。
「え?え?……」
足下から感覚が消える。床が抜けた。いや開いたんだ。そこまで理解して俺は店の底に落ちていった。




