セカンドライフ
アンリは俺の隣を通り過ぎていくと部屋のドアに鍵をかけ、窓のカーテンを閉め周囲からの干渉を遮断するとまた俺の前に座る。
そして、彼女の目を遮る目隠しに手を掛け、隠れてた目を露わにさせた。
能力の解放、真眼を俺に使うということだ。何をされるのか。俺が何をしたのかわかってもない。自然と体が緊張で強張る。
真紅の透き通るような瞳が俺に向けられる。ぱっちりと開いた眼は言葉にし難い魅力があり、今にも吸い込まれてしまいそうだ。
「質問を幾つかする。嘘偽りは無意味だ。私の眼は全てを見透かす」
少なくとも暴力はなしの方向のようだ。
それにしても何がアンリをこうさせたのか。俺にはわからなかった。
「この国の名前は何だ?」
「たしか……スワルダだったか?」
「その通りだ。次だ。隣の国の名前は?」
「……知らない」
「やはりな。最後だ。君の生まれた地はどこだ?」
心臓の鼓動が高鳴った。その質問にどういう意図があるのか。わからないだけに正直に答えていいのか迷ってしまった。
「ス、スワルダ」
「嘘をつくな。別に取って食いはしないんだ。正直に答えてくれ」
恐らく、アンリは俺の正体を見破っている。それが意味すること。つまり彼女は――――
「日本……アンリ、お前もそうなのか?」
メキリと何かが潰れる音がした。見ればアンリの腰掛ける椅子の肘置きが彼女の手によってぺしゃんこに握りつぶされていた。
思わず苦笑いが零れてしまう。俺、ここで死ぬんじゃないだろうか。
「やはりか……」
「マジ?」
「マジだ」
「マジかよ!」
彼女の瞳が内側で炎のように揺らめき仄かな輝きを放つ。
普通なら綺麗だとか美しいだとか思うのだろうが何されてもおかしくないこの状況では恐怖が勝ってしまう。
アンリは椅子から立ち上がると鼻先が掠めるぐらいまで距離を詰めて俺の顔を覗き込んでくる。
「日本とはまた、どうしてそんな懐かしい言葉が君の口から出てくるかな?答える必要はない。私もそうだ。君と同じ別世界から連れられた存在だ」
アンリは笑っていた。どこか悲観的な、哀れみを帯びたような笑みに見えた。
「楽にしていろ。私に敵意はない。ただ同胞に会うのは初めてでな。私も少し緊張している」
そう言って俺から視線を外すとアンリは窓際の前に立ち呼吸を整え始める。何を話したらいいか。俺も上手く纏められないでいた。
まさか同じパーティに俺と同じくこの世界に転生した人間がいようとは思ってもいなかった。
「俺も初めてさ。どうして俺がそうだと分かったんだ?」
俺の問いにアンリは動きを止め体を俺の方に向けると漸く口を開いてくれた。
「少しした違和感を感じたんだ。君が『こっちの世界』と言った時にな。この目がなくとも違和感を覚えただろう。『こっちの世界』なんて使う人間は普通いない。誰だっておかしく思うぞ?」
「確かに」
不用心だった。他愛のない会話の中で気付かれることもあるのだと今更になって理解した。
だが、ばれたからといって別段困ることはない。寧ろ会話の幅が広がって良いことの筈だ。
とにかく先ずは聞きたいことを聞いてみることにした。
「それで、アンリはこっちの世界に来てどれぐらい経つんだ?」
「2年、今年が3年目だ」
思ってた以上に先輩だった。
一ヶ月も経ってない俺とは天地の差だ。どうであれ、互いに聞きたいことは尽きなかった。
「その眼は転生前から付いてたのか?」
「そうだ。あのゲームをしている時に偶然付いたスキルだ。逆に聞くが君は転生前からそのステータスなのか?」
「いや、俺だって元はレベル5なんだぜ?転生させた王族のレベルが低かったからこのざまだよ。アンリはそのまま転生したのか?」
「……そうだ」
浮かない顔でアンリは答える。
俺としては羨ましい限りだ。俺もステータスさえ引き継いでいればここまで苦労もしなかっただろうに。
アンリは目隠しを着け直すと真剣みを帯びた声で問いかけてきた。
「なぁバッキー、同じ転生者として聞くが君はこの世界をどう思う?」
彼女がどういう意図を持っての問いかは知らないが、俺は少し考えて素直な気持ちを彼女に伝えた。
「まぁ大変なことばかりだけどさ。やりがいもあって楽しいと思ってるよ。前の世界じゃこんなこと絶対なかっただろうしさ。こんな世界に生まれたいって一度は考えたこともあるしさ。ステはリセットされたけど今の環境に特に不満はないかな」
俺の答えにアンリは暫く黙ったままだった。
室内に沈黙が訪れる。
息が詰まるような居心地の悪さを感じた。やはり目隠しをしたアンリはどうも何を考えてるのか分かりにくい。
暫くアンリは何か物思いに耽るように黙り込み、数分後、やっと俺の答えに対する反応を返してくれた。
「ならいいんだ。今度の君とのクエストが楽しみだよ」
「それでアンリ、他にも色々聞きたいんだけど――――」
俺が言葉を紡ぐより先にアンリは手を前に出してそれを制し、口を開いた。
「やめようバッキー。私はな、あっちの世界の話はもうしたくないんだ。わかってくれ」
そして、元日本人の転生者二人の会話は驚く程あっさり幕を閉じた。
俺はアンリに部屋を出ていくよう促されると、そのまま車椅子を押して部屋を出ていった。
最後の言葉を話す時のアンリの顔は、ただひたすら辛そうで悲しそうな顔だった。
「……わけわかんねぇ」
途方に暮れたように俺はアンリの部屋を背にして自分の部屋に帰っていく。
それから、数日が経った。俺とアンリはそれ以来会っても会話を交わさず、ただ距離を置かれているのを確かに感じた。
せっかく仲直りしたのにまた別の事で仲違いしつつある。このままでは良くない。
体の方が回復し、車椅子もいらなくなった頃、俺はある人物の所を訪ねることにした。転生者について、唯一相談の出来る少女に俺は助言を求めに行くことにした。




