和解
ドクターから移動式の椅子を拝借すると、俺はドクターの部屋を出てホームの廊下をゆっくりと進んでいく。
造形的には俺の元いた世界で言う車椅子と何ら変わりはないが、材質はほぼ木製と古めかしいものとなっている。
多少自由になった手を動かし、俺はある部屋へ向かう。正直気乗りしなかった。ただ、ドクターの言葉を思い出すとこうするのが正解なのだろう。
「仲直りするなら早めがいい。当たり前さドクター」
一人呟きながら目先のアンリの部屋にゆっくりと近づいていく。
何から話すべきか。取り敢えず謝っておくべきか。でも俺って謝る程悪いことしたか。少しした価値観の違いだ。それに最初に撃ってきたのはあちら側だ。
どの道、まずはあちらの出方を伺うべきだろう。
そうしている内に部屋の目の前まで来ていた。結局何を言うかも考えてないまま来てしまった。
ドアをノックする間も無く、部屋のドアは開かれた。
「何か用か?」
ドア越しでも彼女の目なら俺が来たことも手に取るように分かるようだ。
ドアの前に目隠しを着けたアンリが色のない顔で立っていた。
「やぁアンリ。ドクターにやられた傷はもういいのか?」
「私は耐久寄りのステータスだからな。アレぐらいならどうということはない」
「あぁそうか。ならいいんだ。うんほんと良かったよ」
「……それだけ?」
中身まで見透かされてるような心地悪さがした。
目を泳がせる俺をアンリは呆れた顔で見る。
「私の目は誰にも誤魔化せはしない。たとえこの国の王だろうとな」
車椅子の肘置きに手を着きアンリは俺に顔を寄せてくる。威圧感が凄まじく、思わず仰け反ってしまう。
「和解が望みか?私もわだかまりを残したままにしておくのは心地悪いものだ。それに先程の件は謝っておきたかった」
アンリは俺から顔を離すと一歩引いて俺を部屋に招き入れる。一つ安堵の息を吐き、俺はアンリの部屋に車椅子を押し進めた。
アンリの部屋は一言で言うなら地味そのものだ。
不要なものは一切置いていない最低限の必需品が部屋の隅にぴしゃりと納められている。普通と違うのは机の上に分解した銃のパーツが散乱しているぐらいだろうか。どちらにしても普通の少女の部屋ではない。
アンリは椅子に腰掛け、俺と同じ目線になると話を切り出した。
「さっきは済まなかった。私が悪いんだ。こんなパーティに属していながら人を殺めるのが苦手なんて笑い話もいいとこさ」
自嘲するように言ってアンリはフッと息を漏らした。そして、少し言い辛そうに間を置いてからアンリは俺に話を切り出した。
「バッキー、私は君が羨ましいよ。私と違って君は自分の判断で単純明快な行動を起こすことが出来る。正直羨ましいよ」
「そんなの簡単だっての。自分の思うように動けばいいだけさ。俺は今回の件はそうすべきだと思ってやった。俺に後悔はないし、この先も間違ったとは思わない。なんつーか……うまく言えないけどさ」
「直感か?」
「そう!それだよそれ!」
俺は閃き立ったように目を見開きアンリの言葉に指を立てるが、当のアンリは額に手を当て参った様子で溜め息をついていた。
「バッキー、君もか」
アンリの言葉の意図が掴めない。俺が眉を顰めるとアンリはそれを見て言葉を返す。
「君の言葉はうちのリーダーとよく似ている。ひたすら前向きで底抜けに明るく怖いもの知らずだ。そんなリーダーに憧れて私はこのパーティに入った。だがリーダーの言葉は時に私にとってあまりに眩しい。その言葉の意味を理解しても当の私は未だ変わることが出来ない。それが私は辛いんだ」
なんか地雷的なものを踏んだらしい。だが、彼女がこんなパーティにいる理由もなんとなくわかった。そして、彼女を慰める言葉も既に浮かんでいた。
「なら話が別だ。アンリはアンリのままでいればいい」
「それはさっきの言葉と矛盾するぞ」
「なし!さっきのはなし!俺とそのまだ会ったことのないリーダーの二人が直感的に行動を起こしてアシュも何しでかすかわかったもんじゃない。ストッパーが一人はいる。それはアンリ、きっとお前のことだ」
変なものを見るような顔でアンリは俺を見て、鼻で短く笑った。
「それは慰めのつもりか?随分上辺だけの言葉にも聞こえるが?」
束の間、彼女が何でも見透かす眼を持っていることを忘れてた。思わず苦笑してしまう。
また嫌味が飛んでくると覚悟したが予想を裏切ってアンリは柔らかな笑みを浮かべて、俺と向き合ってくれた。
「だが、そんな君の言葉が励みになったのもまた事実だ。感謝するよ、バッキー」
前にも思ったことだが、目隠しが異様な雰囲気を醸し出してるだけであって、アンリは女性としての魅力に溢れていると思う。
赤い髪とかとても綺麗だし、目こそ隠れているが顔全体で見るととてもお淑やかな雰囲気が漂っている。
しばらく呆気に取られたようにその顔を眺めていたがすぐに気付かれてアンリは表情を消す。
「それより、私に何か伝えたかったんじゃないか?」
アンリも気づいていたが今回俺が彼女の部屋を訪れたのはもっと別の件でだ。
「まぁ何だ。この際親交を深めたいってこともあるんだが、俺と一緒にクエストに行かないか?」
「あぁ、いいよ。手伝おうじゃないか」
即答でアンリは頷くと俺に手を差し出してきた。承諾の証なのだとすぐに理解し、俺はアンリの手を握った。
だがそこで一つ、問題があることにお互い気付いた。
「しまった。シット!せっかくの機会だってのにアンリはまともにクエスト受けれねえじゃねぇかよ!」
今まで頭になかったがアンリもドクターも、というか俺以外のパーティの人間は皆、ブラックリストに登録された者達だ。ギルドから回される依頼は一切受けることが出来ないのだ。
「いや、確かにクエストは受けられないが君と一緒にモンスターを狩りに行くことは出来るぞ」
アンリは宥めるような声色で俺を落ち着かせると、その方法を教えてくれた。
「地下迷宮を知っているだろう?」
もちろん知らない。俺は首を振った。
アンリは言葉を続ける。
「なら教えてやろう。地下迷宮と出入り自由の冒険者の為の狩り場のことだ。本当に知らないのか?」
無言のまま頷くとアンリは小首を傾げる。信じられない、といった風な顔だ。
「普通冒険者になったときに聞かされるものなんだがな。まぁこんなパーティにいるんだ。色々事情もある」
そう言って追求はしてこなかった。
「地下迷宮といってな。諸説によると魔王の戯れで作り出されたものらしい。だいぶ前の出来事だが今でも多くのモンスター達が住み着いている」
「入れるのか?」
「誰だってな。だが入口付近は大抵ならず者がうろついててな。普通の人なら入ろうともしない」
また色々な情報を得る事が出来た。
魔王、この世界に来て初めて聞くワードだ。
WSでも設定上魔王はいたが実装されていなかったし、設定では魔王はとうに衰退し、隠居している老人だという。
それは置いといて問題は解決した。アンリとは仲直りする機会を得て、且つレベルを上げる機会を得た。
「俺らなら何の心配もないさ。アンリ、今俺めちゃくちゃ楽しんでるぜ。こっちの世界にきてやっとまともにモンスターを狩れるんだ」
だが俺が笑顔な一方、アンリの顔は途端に表情を変えていた。
「今、何と言った?」
突然、アンリは声のトーンを低くして尋ねてきた。
おかしな点は無かったはずだ。
「何か可笑しかったか?」
アンリは小さく口を開いて驚いているようだった。何かを察したような、そんな顔だ。
「どうして……」
ぽつりと呟き、アンリは立ち上がる。
また、何だか嫌な予感がした。




