そして弾丸は放たれる
数分前の事だ。俺とスキュラは部屋に訪れた少女を温かく歓迎していた。
真っ赤な癖がかった髪と幾何学的な模様の入った目隠しが異様に目立つ少女、アンリエッタ・スカーレット。
その風貌から無機的な空気が漂っていてスキュラは緊張しているようだったが、アンリは結構気さくな質だ。少しお堅い部分もあるがそれは確かだ。
「よぉアンリ、早起きだな」
少しでも空気が和めば、と思い笑顔を作って朝の挨拶を交わそうとするがアンリはそれを無視してスキュラに顔を向ける。
「スキュラ、朝食が出来ている。先に食べに行くといい。私は少しバッキーと話をしてから行く」
アンリから張り詰めた空気が漂ってる気がした。要するにスキュラの前では出来ないような話をするということだ。
スキュラも子供ながらそのことを理解していた。戸惑いの表情で俺を見るから俺は薄い笑みを浮かべて応えた。
「あぁ先に食ってこいよ。なに、ちょっとお話するだけさ。何の心配もない」
心配そうな顔のままスキュラは頷いてベッドを降りた。アンリの隣を横切る際もどこか彼女を敬遠するように避けて通り、部屋を出るときもジッと彼女の背中を見つめていた。
ドアが閉まり、スキュラが出て行くとようやくアンリは俺に顔を向けた。
「朝食なんて出来てない。彼女に出て行ってもらう口実だ」
「そんなことして何話そうってんだよ?」
「そうだな。誰かが狂わせてくれた作戦の話でもするか?」
奇妙な雰囲気を肌で感じた。アンリは一つ冷たい息を吐き、言葉を続ける。
「昨晩、結構な数の人間が命を落とした。バッキー、君が作戦の変更を頼んだからだ」
「そうさアンリ、そのつもりで頼んだ。俺の気持ちわからないか?」
「わかりたくもないな」
吐き捨てるようにアンリは言って大きく一歩前に踏み出し顔を近付けてくる。
「多くの人間を殺しておいてお前は何も感じないのか?」
「少なくとも今回の件では、俺に罪悪感はない。パーティに迷惑かけた事を除いてな」
力の入らない体が今にも動き出しそうだった。アンリの言いたいことを理解した上で俺は彼女に尋ねた。
「アンリ、お前腹刺された事はあるか?」
「ないな」
「鞭で打たれたことは?」
「ない」
「人が死ぬ瞬間を強制的に見させられたことはあるか?」
「ない」
そこまで言うと俺は着ていたシャツを捲り自分の腹部をアンリに見せた。
三十三回ナイフで刺されては治療を繰り返され、俺の身体は一晩で傷痕だらけになっていた。背中の方はもっと酷い。鞭で肉が弾け飛んでそれを治したから色濃い痕が残っていた。
「わかるかアンリ?あそこでどれだけの奴隷がこんな目に遭っては死んでいったと思う?人を刺して、ペットに食わせ、殺し合わせて、それを見てケラケラ笑ってるような連中があそこにはたくさんいた。放っておけば人を殺し続けるような連中がだ」
シャツを手放し俺は精一杯力を込めてアンリを指差し最後の質問をする。
「アンリ、お前奴隷になったことあるか?」
「ないね」
アンリは首を振り、半ば苛立ったような口調で答えた。俺は御構いなしに彼女に言葉を浴びせる。
「わかんないだろうな。二日だぜ?たった二日で死にたくなるような環境があそこだった。それを変える機会が正にあの時だったんだ。依頼がどうとか作戦がどうとかじゃねぇ。俺がそうするべきだと思ったからそうしたんだ。あのままだったらこれから先、もっと多くの人が死んでた。それを止めるために悪人を殺して何が悪いってんだよ!?」
俺とアンリの間に大きな亀裂が走ったような気がした。それでも構わなかった。俺は間違ったことをしたとは思っていない。ただ自分の正義に従って動いただけだ。
アンリは暫く考えるように黙ると、ゆっくりと腰に下げたホルスターに手を掛けた。思わず唾を飲み込んだ。
「成る程、それがお前の言い分か。悪くはない。だがとても危険な考えだ」
そして、腰の拳銃を抜くとその銃口をゆっくりと俺に向けてきた。
「次から言葉選びは慎重に考えた方がいい。場合によっては引き金を引かなくてはならなくなる」
本気というのはアンリの重たい口調から良く伝わってきた。
それを理解した上で俺は肩を竦めて答えた。
「その銃がほんの脅しであると願うよアンリ。お前が引き金を引けば俺は死ぬ。ガキでもわかる。眉間撃たれれば誰だって死ぬ」
「どうだか。先のお前の言葉にもよる」
今の俺はまさに無防備な状況だ。薬もない。銃もない。体も動かない。一度弾丸が発射されれば俺にはどうすることも出来ない。
アンリは俺の顔を真っ直ぐに見つめ、口の端を少し吊り上げた。今日俺と会って初めての笑みだった。
「銃を突き付けられて、尚も減らず口が叩けるんだな。今回の一件で随分と精神汚染のレベルが上がったんじゃないか?」
「……そうかもな。けど今はそんなに重要なことじゃない。そうだろう?」
「そうだな」
確かに不思議と恐怖の類の感情は抱いていない。アンリの言う通りか、それとももしかしたら直感的にアンリが撃たないのだということを感じていたのかもしれない。
「一つ聞きたい。お前は人を殺すときに何を思う?銃で撃って、或は自らの拳で人を殺す瞬間に何を感じるんだ?」
「何をか。あぁそうだな。正直に言っちゃうとだな……すごく言い辛いんだけど、めっちゃ気持ちよかった」
そして、銃弾は放たれた。
身を揺るがす衝撃が肩から突き抜け、俺の身体はベッドの柵に倒れこんだ。弾は肩から貫通し、壁にめり込んだ。
パッと血の飛沫が上がり瞬く間にシャツが赤く染まった。
「オォウ!シット!!マジで撃ちやがった!?どうしてくれんだよ!?すげえ血ぃ出てるじゃねぇか!」
激痛で気が飛びそうになる。
アンリはただ冷たく、俺が叫ぶのを見下ろし、また銃を向ける。
「大した男だよ。見下げた奴だ。あれだけ殺っといて出てくる言葉が気持ちよかったか。面白いな。面白いよバッキー」
「ファッキュー!ファック!ユー!面白くねぇよ馬鹿野郎!!マジ痛えよ!?」
血が抜けて視界が霞み、呼吸も浅くなってくる。
視界に薄らと映るアンリの顔に俺は必死に手を伸ばす。
「アンリ、俺逹仲間だろ?今回も窮地で助けてくれた。お前が俺を撃つ理由なんてないだろう?」
「いや、あるね。何事にも理由がある。そうだろうバッキー?」
目隠しの下からでもアンリの冷酷な視線が伝わってきた。それだけで直感した。二発目が来ると。
けたたましい破砕音が耳朶を打つ。しかし、俺に衝撃はこなかった。弾丸は放たれず、逆に目の前のアンリが何か大きな斥力に攫われていくように部屋の壁を突き抜けて屋外へと吹き飛ばされた。
頭が理解に追いつかない俺は必死に首を横に向ける。人ではない生物の気配を感じたからだ。
漆黒のふさふさとした体毛、くりくりと丸い目玉、そしてストローのように細い嘴、一度だけ会ったことある鳥だった。いや、正確には鳥のような蚊だ。
クロウ・モスキートのフィッチ。ドクターの旧い助手だ。
フィッチがアンリを吹き飛ばしたのか?頭に浮かんだ疑問はすぐに答えを教えてくれる者が現れてくれた。
「バッキー、教訓を思い出す時だぜ」
ドアを悠然と通り抜け白衣を纏ったドクターは両手を広げる。それに寄り添うようにフィッチは彼の肩に飛び乗る。
「殺される前に殺せ。常識だろ?」
そう言ってドクターは俺の目の前まで来て静かに笑った。
外のアンリはぴくりとも動かない。形はどうあれ助かった。
俺はドクターに釣られるように引き攣った笑みを浮かべた。




