朝、医者は歓喜する
同刻、ドクターことマルクは何度目かの取引先との連絡に苛立っていた。
『もっと穏便に出来た筈だぞ!?お前達という奴等はどうしてーーーー』
「あーあー、うるせぇよ。こっちのやり方に不満があるなら最初っから俺達に頼むんじゃねぇよ。あぁ、わかってるって。手前の元嫁さんは元気に送りつけてやるよ。だから黙って、手前は他所の国のご機嫌取りと足が着かねぇよう努力しときな」
専用の通信機の電源を切るとマルクはそれを徐に放り投げる。
カラカラと床に落ちた通信機がザグールの足下に転がると、ザグールはそれを摘み上げて机の上に戻す。
天井にも達しそうな巨体と無機質なマスクから彼が何を思っているのか測ることは容易ではない。ザグールは首を傾げ、その巨体に到底似合わない甲高い声色でマルクに語りかけた。
「良かったのマルク?」
「いいんだよ。あいつが他にチクろうとすればあいつの部屋に忍ばせた虫が一刺しさ」
「そうじゃなくて昨日の件だよマルク」
マルクは革製の椅子に背中を預け、頭の上で両腕を広げ、にやりと笑う。
「良いんだよ。最高さ。最高に楽しいぜ俺は」
「また風の噂が立つよ?」
「ザグール、お前は口を開けばいつも心配事ばかりだな。もっと楽しもうぜ?」
ザグールは肩を落とした。
ザグール自身も昨晩の襲撃にはあまり納得いってなかった。マスクの奥で目を細め、ザグールはマルクに問う。
「何でバッキーくんに暴れさせたの?」
「あいつがそうしたいっつったから」
ザグールは頭を抱えた。
「マルク、僕達は大人だ。彼がそうしたいからそうさせたなんて言い訳にならないよ」
「言い訳じゃねぇよザグール。お前も分かってる筈さ。過去どれだけの人間があそこで死んでるか。この先もそれが続くとなったら誰だってそうするさ」
「マルクは自分の薬の効果を試したかっただけでしょ?」
「まぁな」
ザグールは偶に本気でマルクにキレそうな時がある。今がその時かもしれない。
「ここでキレるなよザグール。お前がキレるとホームが消し飛ぶ」
もちろんマルクはそのことを知っている。上手くザグールを怒らせないよう言動には線引きをしている。
「確かに、結構危うい所はあったさ。人間も結構死んだし。バッキーがミスってたら依頼そのものがぶち壊しになるとこだった。だがあいつは上手いことやってくれたぜ。お陰でこの先死ぬだろう人間を大勢助けることが出来た。クライスの所持する奴隷のリストを見たか?過去一年に購入した奴隷はほんの二三人さ。あとはみんなペットの餌か焼却炉か土の下だな。お前はどう思うザグール?」
ザグールは黙って俯き、考え込むように頭を掻く。
マルクは困ったように苦笑し言葉を続けた。
「ザグール、お前はいつだって利口さ。賢くて強くて、怖いぐらい優しい。時折疑問に思うことがある。なんでこんなパーティにお前みたいな良い奴がいるのか。だがわかってくれ。これが俺達だ。どんなに正しいことをしようとしても根を辿れば金だ。結局ただの自己満足でしかねぇ。だから時にこういったことも起こる。金じゃねぇ。金よりも大切なことが見つかったとき、こういったことが起こる。だから俺はバッキーを肯定する。お前もわかるだろ?」
ザグールは緩く首を振る。マスク越しでも悲しげな様子が読み取れて、その声も弱々しかった。
「……僕には難しいよマルク。でもこれだけは言っとくよ。お願いだから次からはバッキー君に勝手なことやらせないでよね」
「わかってる。今回限りだ。俺もこんなことは何度もごめんだからよ」
言葉と裏腹にマルクは口元に笑みを浮かべていた。
その話は一度区切りを付け、二人は今後の予定を立てることにした。
「それでこれからはどうするの?」
「まぁ様子見だな。暫くは迂闊に手を出すと保安部の無能共でも嗅ぎつけてくる。ほとぼりが冷めた頃に奴隷商人にでも扮して残りを買い取りに行く。幸いクライスの親族は奴隷に関心はない。買い取るって言ったら喜んで売ってくれるさ」
デスクの上に足を乗せて、マルクは一つ大きな伸びをした。
依頼の一つに終わりが見えてきた。マルクだって疲れはする。
「腹が減った。ザグール、朝飯まだ?」
「今からやるよ。もう少し待ってて」
今からだってやることは山積みだ。第一にSUMの改良が優先事項だ。
余りに効果的すぎる。昨日一日でバッキーの寿命がどれだけ縮んだだろうか。凄まじい効果だった。体内に微量しか仕込めないだけに気持ち濃い目に薬を調合したが少々やりすぎであったらしい。
あれではほんの数回の依頼をこなしている内に廃人に早変わりだ。それではいけない。
マルクの中でバッキーは最上級の実験体だ。そうそう替えが利かない希少な肉体だ。早々と使い潰すのはあまりにもったいない。
その後はまたバッキーの指先にSUMを埋め込む作業がある。SUMの原料の植物系モンスターも調達しなくてはならない。
やらなくてはいけないことが山程ある。だがマルクは心からそれを楽しんでいた。
面倒事は多ければ多いほどやり遂げた時の達成感が大きくなる。その瞬間がマルクは大好きだ。
「先立って飯だな。ザグール、豪勢に頼む。背と腹がくっつきそうだ」
「任せてよマルク」
ザグールの料理はパーティの中でも群を抜いている。それだけにマルクも彼の朝食を楽しみにしている。
ザグールが小さなドアをくぐり抜けて部屋を出ようとする。
そのとき、一発の銃声がホームのどこかから鳴り響いた。
二人の動きがピタリと止み、数秒でその出何処を割り当てる。
「バッキーの部屋だ。行くぞザグール」
椅子に掛けてた白衣に袖を通すと内ポケットの注射器のキャップを外し、ザグールの後に続いてマルクは部屋を出た。




