朝、少女は笑う
その事件は翌日の新聞で大々的に取り上げられた。
『大富豪クライス・ドン・マックロイ死亡!!アポロ・ストールを重要参考人として保安部が取り調べ!』
でかでかとした見出しを載せて新聞は街中に配られ、その噂は瞬く間に広がった。
「屋敷を見たかよ?あれは化物の仕業に違いねぇぜ」
街角の雑貨屋の店主は至って真面目な顔で常連の男に話すが男は笑って受け流す。
「屋敷の中にドラゴンでもいたってか?高レベルの冒険者が暴れればあれぐらいなるさ」
誰も、その事件が他者の関与があったものとは思いもしない。
因果応報とでも言うべきか。生前のクライスというのは傍若無人をそのまま体現したような男だった。それ故、恨みなんて誰からも買ってたし、たとえそれが彼の親友であったとしても誰も不思議にも思わなかった。
次々と客の手に渡っていく新聞の一部を少女は手に取った。新聞の見出しに目を落とし、暫くそれを眺め、少女は薄ら笑いを浮かべ、店主に話しかけた。
「やー、物騒なこともありますねぇ」
「全くだぜ。朝っぱらから市場は大騒ぎさ。マックロイの投資していた店はたまったもんじゃないさ。しばらくは熱も冷めないぞこれは」
「まったくもって傍迷惑な話ですよ。まぁ冒険者の人が困るようなことはないでしょう」
「それが違うんだよ。マックロイ子飼いの冒険者共がみんな死んじまって冒険者ギルドも依頼の担い手が減って大変だって話だぜ。嬢ちゃんも冒険者か? これからは忙しくなるぞ。冒険者にとっては稼ぎ時さ」
やはり自分には関係のない話だ。
そう思い、事件の犯人は小銭を置くと笑顔を消してホームへの帰路とは大きく外れた道を歩いていく。
朝の人出の少ない道を悠々と進みながら少女、アシュリーは新聞を読み始める。
『死者はクライス氏含め二十八人。クライス氏の背中に刺さったナイフはアポロの物で、クライス氏の体内から摘出された毒物がアポロが所有していたものと一致。アポロを重要参考人として拘束。事情聴取へ』
死んでも権力者といったところか奴隷というワードは一切出ていなかった。遠い親族がもみ消したってところだろう。家名に泥は塗りたくないものだ。
その方がアシュリー達にとっても何かと好都合であった。今回の事件、否が応でも奴隷の件が綿密に絡んでくる。それを隠蔽するということは自ら真犯人を遠ざけることと同義となる。
だからこそアシュリー達はアポロに一つ濡れ衣を着てもらったわけだ。
誰もそこらのブラックリストパーティが裏で糸を引いてるだなんて思いもしない。真犯人はアポロだ。そういうことになってこの事件は幕引きである。
正直なところアシュリーにとってそんなことは心底どうだっていい。二十八人という数を一晩で殺したのはアシュリーでもそうないことだった。
それでもアシュリーにとっても後悔はない。むしろ心のどこかでは楽しんでいたようだった。
バッキーはどうだっただろうか。ふとアシュリーは思う。
つい最近まで駆け出しの冒険者が現役の冒険者を大量に殺害。何かの悪い冗談にも聞こえる。
彼はどう思っているのか。アシュリーは考える。
酷い目にも遭っただろう。傷だらけになって血に塗れて、人を殺して、まだ後悔はないと言えるのか。正味な話、アシュリーは興味がある。
いつもと違う帰り道いつもと違う景色、やたら人だかりのある屋敷の前。そこでアシュリーは立ち止まった。
「犯人は現場に戻る。やー、あながち間違いではないようですねぇ」
人込みの喧噪で消え入ってしまいそうな程か細い声でアシュリーは呟いた。半壊した屋敷に集ってるのはただの野次馬が大半であるが、中には保安部の人間だったり、どこぞのパパラッチだったり様々だ。
人込みの手前で背伸びして屋敷の様子を覗いてみる。
噂に偽りなしといったところか。半壊の屋敷はまるで嵐が通り過ぎたような有り様だ。芝生は焼け焦げ、建物は所々、被害者の血で赤黒く塗られている。
一種の崩壊的芸術作品のようだとアシュリーは一人楽しげに笑い、くるりと踵を返し帰路に戻る。
予想外だった。ここまで刺激的な逸材だとは思ってもいなかった。
ほんの実験動物に過ぎなかった男がここまでやり抜けることにアシュリーは感動していた。
次第に歩調が速くなってアシュリーは胸躍るような気分で街を掛け抜ける。
自分達のやった業績に抑えきれない興奮が今になって沸き起こってきた。
そして、アシュリーは確信する。彼がパーティにいる限りは自分の退屈は解消され続けるだろう。
人がいなくなった郊外でアシュリーは笑う。何もかもが楽しく思えてくる。
マンドレイク狩りだの、初心者狩り退治なんていう億劫な依頼とは遥かに違う。心の底から楽しむことの出来る仕事というものを今アシュリーは実感している。
だが、アシュリーがそう思う一方でそう思わない、つまり今回の依頼で不満を持った人間もいる。そのことをアシュリーは知っている。そして、その人物がバッキーに講じるであろう手段も。
やがて見えてくる町はずれの古びた教会を見てアシュリーは誓う。
そうはさせない。せっかく見つけた楽しみだ。何をもってしても阻止すべきことだ。
たとえその人物を敵に回そうともだ。
アシュリーは自分が快楽主義者だという自覚はある。同時にそんな自分が大好きでもある。
今この状況、ほんの始まりに過ぎないと彼女は思う。これから起こるであろうことを予測すると彼女は笑わずにはいられないのだ。
ホームの前までスキップで帰ってくると、アシュリーは笑みを切り替える。私的な鋭利な笑みを人懐っこい柔らかな笑みに切り替え、アシュリーはホームのドアを開いた。
「やー、ただいま戻りましたよみなさん」
嵐のような夜は過ぎた。だが、次の嵐はすぐそこまで迫ってきていた。




