人質作戦は大抵失敗する
行き先は俺の部屋だ。
部屋が目の前まで見えてくると足音を潜め、壁に身体を寄せる。
想定していた良くない事態が現実になってしまった。恐らくドアの向こうでクライスはスキュラを人質にして待ち構え、幼気な少女に銃を突き付けているだろう。
どうするか。考える間もなく、部屋の中からクライスの呼び出しがあった。
「そこにいるんだろう反逆者め。この娘の頭を吹き飛ばされたくなかったら大人しく出てこい!」
どう転んでも俺が死ぬ未来はない。薬を三つ打った俺を殺す術なんて今の時点でないに等しい。
だがスキュラは違う。魔力を少し持ってはいるがまだ子供だ。至近距離の弾丸を耐えることなんて出来る筈がない。
意を決する時だ。
「わかった今行く。良い子にして待ってな」
機関銃を握り締め、ゆっくりと入口の前に立つ。
幼子のスキュラを羽交い締めにしてそのこめかみに拳銃を押し付けるクライスは余裕のない決死の形相だ。
多分に殺意を含んだ三白眼でこっちを睨み、クライスは低く唸るように言った。
「銃を捨てろ。この女が死ぬぞ?」
さぁ機転を利かせる時間だ。そのために強靭な肉体と汚染された精神がある。
「嫌だね」
「何だと? 頭を吹き飛ばすぞ? この女が貴様の仲間なのはわかってる。奴隷の紋章の命令が働いていない。貴様と同様、僕をはめた人間だろう?」
「そこまでわかってるなら理解出来る筈だ。その子はお前の生命線だ。その子を殺した瞬間がてめぇの最期だ。一瞬で心臓抉り抜いてやるよ」
まずはスキュラの安全を確保しなければならない。彼女を生かして彼女の願いを叶える。そうすると約束した。
クライスは自分の命を取る。これは間違いない。
スキュラとクライスの命を同価値にしてやればクライスは意地でもスキュラを殺すことは出来ない。
問題は如何にしてスキュラを助けるかだ。
クライスが反応出来ない速度で殴り殺すのは容易だが弾みで引き金を引かれたらその時点で俺の負けである。
さて面倒だ。豆腐を崩さずに掬うことに等しい。一つのミスで俺はスキュラを殺すことになる。
その隙に付け込むようにクライスは邪悪な笑みを浮かべ口を開く。
「貴様もこの女を助けたいだろう? ならこっちの言う通りにしろ。先ずはその銃を置くんだ」
クライスの背後には窓がある。外で待機しているであろうアンリの狙撃を頼むか。とはいえどうやって頼むか。通信機は壊れた。彼女が今どうしているかもわからない。助けは期待しないほうがいい。
時間もない。こうしてる内に騒ぎを聞きつけた保安部が駆けつけようとしている。時間が経てば不利になるのはこちらの方だ。
手詰まり。いっその事、強行策に出ようとしたとき、クライスの腕に捕まっているスキュラがか細い声を上げた。
「いいんだよバッキー、私なんかのために迷わなくて。バッキーはお仕事を優先して」
背中を後押しするような一言だった。
彼女の目に迷いはない。寧ろそれが彼女の願いのようにすら見えた。
「なぁスキュラ覚えてるか?此処に来てお前が最初に言ったこと。誰かの為に何かを成し遂げようとしてるなら是非協力するってよ」
「うん、それでいいの」
心からの微笑みでスキュラは頷いた。
どこまでも子供らしくない少女だ。少しは子供らしく振舞って頼ってくれても良いというのに。
だからこそ俺は、彼女を救いたかった。
「それをだな、俺も見習ってみようと思う。誰かの為に、この場合はお前の為に動いてみるよ」
機関銃を床に投げ捨てる。クライスの言う通りにすると、クライスは余裕のない笑みで俺を見据える。
時間がないのはクライスも一緒のようだ。俺が撃った箇所からは多くの血が流れている。いつ失血死してもおかしくはない。
「それでいい。よし次は――――」
タイミングとしては此処しかなかった。そう思う。うん、完璧だ。
クライスが俺が奴の言う通りに動く。そう思っているこの瞬間しかなかった。
機関銃を蹴り飛ばすと同時にその陰に潜んで地を蹴る。
弾丸さながらに飛ばした機関銃がクライスの銃を持つ腕に直撃。狙い通り、銃の射線からスキュラが逸れた。
そうなれば俺の自由だ。コンマ一秒あればいい。
瞬き一つする間にクライスの顔面を殴り飛ばしスキュラを俺の腕の中に抱き込むまでを遂行する。
顔面を陥没させクライスは壁へと叩き付けられた
「ロリコン野郎め。こんな子人質にして恥ずかしいと思わないのかよ?恥を知れ恥を」
クライスの落とした拳銃を拾い、顔の潰れたクライスに向ける。
虫の息ではあるがまだ死んでいない。しぶとい男だ。
「これで終わりにしようぜ。お前が死んで、全部終わりだ」
もう言葉も発せないクライスに照準を合わせる。スキュラの目を手で隠し引き金を引き絞る。
弾が銃口から発射されるまで俺は勝利を確信していた。それ故に背後から近づいていた男に気がつかなかった。
「そこまでだ。貴様の役目は終わった」
銃を持つ腕が跳ね上げられる。
その声の持ち主の出現なんて頭の隅にもなかった。
アポロだ。完全に不意を突かれた。
鳩尾に衝撃が走る。急所に渾身の一撃が入れられたがダメージはない。
だがほんの一瞬の隙が生まれてしまった。手元のスキュラを奪われてしまったのだ。
また人質に取られる。そう思ったが、アポロはスキュラの首根っこを掴むと口の端を吊り上げ彼女を窓に向けて放り投げた。
硝子を割って四階から放り出され落ちていくスキュラと目が合う。すぐに我に返った。
アポロもクライスもどうでも良かった。
脳内をスキュラの救出一つに絞り、俺は彼女を追って窓から飛び出した。
窓の縁を蹴って、爆発的に加速して落ちていくスキュラを抱き止める。
「もう大丈夫。俺に任せとけ」
空中で身を捻り俺が下にくるよう位置を調整する。
「衝撃に備えろお嬢さん」
ほんの数秒後、背中に大きな衝撃が走る。地味に痛い。四階からダイブなんて初めてだが普通に死ねるレベルである。
陥没した地面の真ん中で胸の中に抱きとめたスキュラに目線を落とした。
「おーい無事かよスキュラ?」
肺と喉を痛めたからか声がガラガラだった。
まだ終わってはいない。でも暫くこうしていたかった。
スキュラも小さく縮こまっている。今日だけで二回も死にかけている身だ。この年齢の少女では本来ありえない体験だったろう。
「バッキー、すごいボロボロ……」
「服だけだよ。身体の方は全然元気さ」
「さっきも痛くなかった?」
「全然。スキュラこそ痛くなかったか?」
「バッキーのおかげで全く」
「クッション性最高だからな俺は。此処で少し待ってな。終わらせてくっからよ」
スキュラを胸から降ろして立ち上がろうとすると、妙に身体が重かった。
ダメージはない筈だ。なのに随分と手足が重い。
一つ、思うところがあるなら薬が切れてきたというのが一つある。多分そうだ。
まだ終わってないというのに良くない展開だ。
ここで倒れたら、誰が奴等を殺す。まだ倒れてはいけない。
そう奮起した矢先、風を切って何かが飛来し、首に突き刺さった。
チクリと首に刺すような痛みが走る。何事かとそれを引っこ抜くと、そこには変な液体の入った注射器が一本あり、『ご苦労様、後は任せろ』とこっちの世界の文字で書かれたラベルが巻かれてあった。
「あぁ、アンリの奴か」
ふらりと視界が暗転する。
不完全燃焼ではあった。先の不安もあった。しかし、仲間が任せろと言ったからには信じるしかない。
注射器の薬が効いてきた。恐らくは麻酔の類だろう。どんな薬だろうと薬効スキルは平等に効力を発揮する。
たちまち全身に回った薬は筋肉を弛緩させ、意識すらも瞬く間に攫っていった。
「少し……寝るわ。七時になったら起こして」
スキュラは心配そうに眉を八の字にしていた。心配する必要はない。俺の仲間は俺以上に上手くやってくれるという確信がある。
だから俺は安心して眠りについた。




