メインディッシュ
奴隷達は夜間帯のルール上、誰も部屋を出ることはない。たとえそれが銃撃戦の最中だろうと彼等は後に受けるであろう罰のことを考えると行動に出ることができない。そういう風に教育されてきたのだ。クライス・ドン・マックロイに。
だが、そんなクライスも今日という日だけは部屋に籠りっきりの身だった。騒ぎは自分の関与しないところで収まる。彼はそう高を括っていた。
だがそう上手くはいかず、クライスは自覚する程に追い込まれていた。
四階にある自室で膝を揺らして自分が最も信頼する友、アポロの帰還を心待ちにしている。部屋の前では屈強なクラッシャーの部下を二人待機させているが今の彼には気休めにもならない。
静寂を引き裂いてドアの向こうで銃声と男達の叫びが木霊し、やがて鳴り止んだ。
静かにドアが開く。クライスは用心深く銃を取る。望んだ顔は現れなかった。代わりに来たのは、今彼が最も憎い男の顔であった。
四階に辿り着くと部屋の男が二人立ってた。馬鹿か?この部屋に僕はいますって言ってるようなもんじゃねぇか。
二人の男がこっちに気付くと両手に抱えた機関銃を俺に向けてきた。
武器からしてクラッシャーだ。大したことはない。
機関銃の乱射を壁と床と天井を駆け回って掻い潜り瞬時に男達の背後に回る。
「クラッシャーってのは機動力に欠ける。だからこうやって後ろに回って」
振り向きざまに手刀を一撃ずつかます。加減はしない。包丁よりも良く切れる。多分日本刀よりも。
頭が二つ床に落ちて、両脇から水芸のように血飛沫が噴き出す。
大方は片付いた。今度から首を飛ばすときは気を付けなければ。返り血が酷い。
男の持っていた機関銃を一挺取り上げ、俺は今日のメインに挑むことにした。
ドアを押し開ける。鍵はかかっていなかった。気にもかけていなかったのか。
目の前に佇む男を視界に捉えると思わず笑みが溢れた。
「やぁご主人様、不景気そうな顔しちゃって――――」
乾いた発砲音と額にくる衝撃で俺の言葉は途切れた。
クライスの怒りに震える手には拳銃が握られていたが意識の外だった。ほんの豆鉄砲だ。痛くもない。
「……どうしたご主人?死にそうな顔してるぞ?」
額から落ちる弾を見てクライスは息を呑む。彼には俺を倒す術はない。天地が逆転しようとその事実は覆らない。
俺は片手で引きずっていた機関銃を見せびらかすように持ち上げる。クラッシャーの専用装備だが短距離なら十分に当てることが出来るだろう。
「ご主人、そんな顔するなよ。俺はこの時を楽しみにしてここまで来たんだぜ?」
クライスは意を決したように息を吐いた。そして、血走った眼で俺を真っ直ぐに睨みつける。
「貴様……目的はなんだ?」
「目的ね……奴隷なら自由になることに決まってるだろ」
「嘘を吐くな!!知ってるんだぞ。貴様等が僕をはめたことをな!」
そこまで勘付かれていたのは意外であった。
後ずさるクライスの退路を断つように歩き彼の道を塞ぎながら俺は死ぬ前の男に目的を話してやった。
「とはいえ、最初はもっと穏便に済ませる予定だったさ。奴隷を助けて終わりにしようと思ってた。問題はてめえだよクライス」
重い発砲音と共にクライスが崩れ落ちる。機関銃の弾丸がクライスの膝を撃ち抜き血飛沫をあげた。
「ああッ!!あぎゃああぁぁぁ!!クソッ!!殺してやる……殺してやるぞ貴様ァ!!」
「こうやって何人殺してきた?十人?もっと多いだろうな。俺が来た二日間だけで三人死んだ。大したご主人様だよてめぇはよ」
横たわるクライスの周りを徘徊しているとクライスは必死に何かぶつぶつと呪文のような言葉を唱えていた。
「主の権限により命ずる……僕を守れェ!奴隷全員だ!!早く僕を守りに来いッ」
奴隷の紋章の力だ。途端に屋敷が騒がしくなりだした。強制的に奴隷達を戦わせるつもりのようだ。
だが、そう簡単にはいかない。部屋のベッドとタンスをドアの前に放り投げ即席のバリケードを作りあげる。
「急かすなよご主人。もう少し苦しんで欲しいんだからよ」
ドアを叩く音が聞こえる。もう集まってきたことには驚いたが、もう暫くはもつだろう。それまでにこの男を殺せばそれで終わりだ。
「覚えてるか?お前が鮫の水槽に落として殺した女のこと。最初からこうしとけばあの人も、今日死んだ二人も死ぬ必要なかったと思うんだよ」
二発目の弾丸を撃ち込む。精度は悪く、狙いは外れ、クライスの横腹を掠る。それでもクライスは泣き叫び、無様に床を転げ回った。
「後悔してるんだ。奴隷なんて存在そのもの無くしてやれば良かったのに、今日まで考えもしなかった」
三発目を撃とうとしたとき、必死の抵抗か、クライスが俺に向けて拳銃を発砲してきた。
咄嗟に出した左手が弾丸を弾き飛ばし、事無きを得る。どこに当たろうが無傷なのだが。
「さて、そろそろ終いにするか。地獄に落ちな、クライス」
機関銃の銃口をクライスの頭に押し付ける。必中の射程。引き金を引けば全て終わる。
だが、そうしようとしたとき、身体の方に妙な違和感が走った。
全身が動かない。脳に電気が走ったように痺れ、引き金に掛かった指が動かない。
何事かと身体の異変を確かめようとしたとき、左手の変化に気がついた。
中指の爪先から紫に変色し、大きな痛みと一緒に全身へと駆け巡っていく。
「ああっとこれはヤバい」
クライスの弾を弾いた時だ。左手で弾いた時に弾丸は偶然にも中指に命中し、その衝撃で中指に仕込まれた三つ目の薬が漏れ出てしまったわけだ。
最早機関銃を持つことも出来ない。これ以上の薬はヤバい。脳が回転している。脳下垂体がねじ切れ前頭葉が遠心力で弾け飛ぶようだ。
クライスが逃げ出す。彼がバリケードを退かすと同時に意思のない人形のように部屋の中に奴隷達が殺到し俺を取り囲む。
悪夢だ。夢にまで見たゾンビ映画の再現だ。
殴られた。蹴られた。噛まれた。感染する。痒い。死ぬ。意識が吹き飛ぶ。失敗?アリエナイ。
こういった時の対処法。抗ウィルス剤?違う。そんなもんじゃない。もっと手っ取り早いものを俺は持ってる。
「発動しろや!!てめぇだよ精神汚染!!」
世界が一瞬で戻り、視界が反転し、一瞬の内に奴隷達を捩伏せる。なかなか発動してくれなかったランダムスキルを叩き起こしたのだ。
三速が入ると流石に自分が化物みたいだ。だが奴隷達を殺しはしない。今日地獄に落ちるのはあと一人でいい。
そのとき、離れの部屋でか細い悲鳴が廊下を通って俺の耳に響いてきた。
「やめて……!誰か……助けて!」
聞きなれた声だ。想定していた不味い事態になった。
歯を噛み締め俺は機関銃を取り部屋を飛び出した。




