一騎打ち
三階の自室に籠ったクライスの心持ちはさぞ穏やかではなかっただろう。
椅子に腰掛けながらも頻りに膝を揺らし爪を噛んで部下の良い報告を待っている。
その傍らでは彼の懐刀とも呼べる存在の男、アポロが神妙な顔つきで佇んでいた。
止まない銃声と悲鳴はクライスの不安、そして怒りを煽り立てる。
「なぁアポロ、可笑しいと思わないか?どうして僕の屋敷で奴隷が好き勝手暴れているんだ?」
「……わからない。だが奴を買ったときの情報とは大きく食い違う点がある。たとえ奴隷の紋章の効果が消えていたとして、屋敷の人間を圧倒するほどの力は奴に無いはずだ」
「つまりどういうことだ?」
「あの奴隷商に何か秘密があるんじゃないかと思ってる」
ぴたりと動きを止めクライスはアポロを仰ぎ見る。
自分の置かれた立場をようやく理解したようで空虚な瞳の中には静かな怒りの色が映っていた。
「つまり、僕は嵌められたということか?」
「そうだろうな」
椅子から立ちあがり、クライスは地団太を踏む。
「ふざけるな……ふざけるなよあの男……!こんなことして許されると思っているのか!この僕にこれ程の辱めをしておいてただで済むと思っているのか!?」
「落ち着けクライス。あくまで仮定の一つだ。まずはあの奴隷をどうにかするのが先決だ」
ちょうどよくクライスの部下が畏まった様子で部屋の扉を開ける。
少し言いづらそうに口ごもる様子からその内容も良いものではないというのは予想できた。
「報告します。強化外装及び搭乗型戦闘機の大破を確認。及びトミー、リー、ジョーンズの三人の死亡を確認。標的は尚も活動を続けています」
「屋上に配備したスナイパーはどうした?」
「確認したところ全員が頭に矢が刺さって死亡しておりました」
「それは何かのジョークか?」
「いえそんな……」
その言葉を紡ぐことはなかった。
音もなく飛来した矢がクライスの部下のこめかみを貫き、その命を絶ったからだ。
「ブルズアイ!」
脳味噌と手先の調子が良くなってきた。百発百中で矢は何人もの脳味噌を貫いてきた。俺に刺してきた分を刺し返してるだけだ。文句はないだろう。
そろそろ騒ぎを聞きつけてきた保安部とかいう警察もどき共が押し寄せてくるだろう。だから早急にケリをつけよう。
ちょうど報告がどうのと言っていた男を殺した。つまり、目の前の部屋にいる男は目的の男であるというわけだ。
俺が出向くまでもなく怒り狂ったその男は部屋を出てきた。
「やぁご主人様!ご機嫌麗しゅうないようで」
片手にはさぞ高価であろう拳銃を持ち、背後には従者らしき男を控えさせて俺の前に立つ。言葉に発しなくとも怒っているのは一目でわかる。
従者の方は一度だけ会ったことがある。名前は確かアポロといっただろうか。見た感じは強そうだ。俺ほどではないがな。
三人が対峙したところで俺は残りの矢を床に捨てる。殺し合うつもりはないという証明だ。
「さて、何から話した方がいいかな?とりあえず……死んでくれよ」
もちろん殺し合わないつもりなんてない。腰の銃を抜き撃ちする。
常人なら反応すら出来ることなく眉間を撃ち抜いていただろう。だが残念なことにその場に超人が居合わせていたようだ。
背後に控えていたアポロは一瞬の内に俺とクライスの間に躍り出ると放たれた弾丸の軌道を逸らしてみせたのだ。
「クライス、こいつと交わす言葉はない。俺が捕える。四階に避難しろ」
手にした銃をかたく握って、クライスは渋々背を向け階段に向かう。
そうはさせまいとクライスの背中に銃を向けようとしたとき、瞬く間に距離を詰めてきたアポロの蹴りが銃を宙に弾き飛ばし、正拳突きで俺を遥か後方へ吹き飛ばした。
強い。敏捷よりでありながらパワーもかなりのものだ。恐らくはアサルターだろう。
起き上がりながら敵の戦力を分析しつつ口を開いた。
「何故上へ逃がすんだ。ホラー映画のお決りかよ?下に逃げればいいのに何故か上へ行く。馬鹿なのか?」
「あの男をまだ死なせるにはいかない。それだけのこと」
「んー……それって――――」
俺が言い終えるより先にアポロが仕掛けてきた。
壁を蹴って縦横無尽に跳ね回り一気に肉薄すると空中で袖口からナイフを展開。アクロバティックな軌道を描いて斬りつけてきた。
反応出来ないほどではないにしても速い。
首だけの動きでナイフをかわす。ナイフが頬を擦過し皮一枚切り裂く。
同時に彼の腕を取った。力比べなら今の俺に敵はいない。折るも潰すも意のままだ。
そう思っていた。だからこそその隙を突かれた。
アポロが地に足を着いた直後、俺の体が宙に浮き上がりぐるんと視界が反転。
柔術とは頭になかった。アポロから手を離すと目一杯身を捻って足から着地。互いに間合いに入っている。
即座に拳を固めパンチを放つと互いの腕が交錯した。
アポロのナイフは俺の耳を切り裂き、俺の拳はアポロの頬を打ち抜いた。凄まじい斥力が発生したかのようにアポロの身体が吹き飛び、天井でバウンドして床に叩きつけられる。
鋼鉄のアーマーもブチ抜く俺の拳を受けて立てる奴なんてそうはいない。
そう確信してるだけに難なく立ち上がるアポロに驚かされた。
「良いパンチだ。成る程、カーン三兄弟が敵わないわけだ」
どういう仕掛けだ。平気なわけがない。
敏捷も筋力も高水準でその上馬鹿みたいな耐久を持った奴なんてそうそういるもんじゃない。
そうなると考えられるのはスキルだ。補助系または防御系のスキルを駆使したと見ていいだろう。それか敏捷か筋力の方をスキルで補っているかだ。
どちらにしても倒さなくてはいけない敵だ。一発殴って効いてないなら百発でも殴ってやればいい。
薬を使って初めて、俺は構えを取った。思わぬ強敵にどこか心踊るような気持ちを抱いていた。




