スクラップマン
屋敷の庭の中央まで連れてこられ俺は芝生の上に叩きつけられた。
ダメージはない。それよりも衝撃的だったのが俺の目の前に立つ人型の機械人形だ。
両手足にスラスターを付けて浮遊するその様は近未来的で世界観から浮いているようにも見える。
正直そんことはどうでもいい。これはどう見てもアレだろう。言ってしまっていいのだろうか。
「アイ〇ンマンじゃねーか!」
途切れた通信がまた繋がってドクターの声が耳に届く。
『気をつけろ。高レベルウェポンズマンだ。カーン三兄弟を知ってるか?』
「あ?知らねぇよ」
はしゃいでた所にドクターの真面目な通信だ。興奮も冷めるわ。
『トミーとリーとジョーンズのウェポンズマンの三兄弟だ。そいつは長男のトミーだ。パワードスーツを着て戦う戦闘型ウェポンズマンだ』
「トミー、リー、ジョーンズね。なら残りの二人はどこにいる?」
答えを待つまでもなかった。屋敷の後方で駆動音がしたかと思うと明らかに世界観を間違えてるであろう飛行物体が二機、不規則な軌道を描きながら宙に現れた。
「やぁやぁ、なかなか近未来的じゃないか。アレに弟二人が乗ってるわけだな」
移動手段が馬車の世界とは思えないレベルの技術ではないか。でも残念だ。今からそれをぶっ壊さなければならない。
前のめりに重心を移動し攻撃に移ろうとしたとき、屋敷の屋上で何かが光った。
半自動的に身体が反応し身を逸らすと先程まで俺がいた空間に一発の弾丸が通過していった。
「スナイパーか!」
ほんの一瞬、隙を見せると目の前のアイアンマ〇ことトミーはスラスターを噴射させ俺へと肉薄する。
上等とばかりに俺は迎え撃ち、互いに空中で交錯した。凄まじい推進力で庭を飛び回りながら、殴り殴られ空中での攻防を繰り広げる。
上も下もわからない状況の中、ふと背後に地面の気配を感じたかと思うと、頭を掴まれ地面に押し付けられる。
俺の頭でブレーキが掛かる。後頭部を地面に擦り付けられ摩擦の熱が頭に伝わる。
『今だやれ!!』
内装されたマイクで合図すると背後に待機していた飛行船が俺の周囲を取り囲む。
二機の飛行船が眩い燐光を放ち出すと薬を使った状態で初めて危機感を持たされた。
「あぁ不味い……」
図太い光線が二発、トミー諸共俺に撃ち込まれた。
庭に巨大なクレーターを形成し、光線内に残る物は彼等の兄を除いて何も残らない。そういう算段なのだろう。
皮膚が焦げ付き、目が乾燥している。
でも俺は生きている。悲しいことに服が焼けてしまった。下はかろうじて残っているが気に入り掛けていた上着が完全に焼け落ちていた。
「ファック」
頭を掴む機械の腕に手を伸ばす。機械の腕が紙屑のように歪み出すとトミーは咄嗟に後ずさった。
『こいつ……』
仕留められなかったのは予想外だったのかアーマー越しでも動揺の色が見える。
俺は両腕を広げた。酷い有様だ。
「どうしてくれんだよ?着替えたばっかなのにボロボロじゃねぇか。これじゃあまるで――――」
俺が言葉を言い終わるより先に屋敷のスナイパーが俺の眉間に弾を撃ち込んでくる。
腕はいいようだ。でも弾は頭蓋骨で止まる。
風を切る音。別のスナイパーが矢を放ってくる。またも頭にヒット。頭蓋にめりこむ。
トミーも仕掛けてきた。リーもジョーンズもだ。
飛行船のレーザーが機関銃に切り替わり、一切の誤射を伴わない精密な銃撃を俺に撃ち込んでくる。
トミーの鉄の拳が俺を殴り付ける。顔面を、鳩尾を、ひたすらに打ち続ける。
矢と銃弾と鉄の拳の三重奏。
ヤバい。血が火花みたいに飛び散る。
ヤバい。焦点が定まらない。撃たれ続けて身体が常に揺れている。
ヤバい。まさかここまでとは。
「ヤバい。超楽しい」
ここまでやり甲斐があるものとは思いもしなかった。
薬を打ったらさっさと終わるものとばかり思っていたらこれだ。
楽しませてくれる。
鉄の拳が頬を打ち抜いたとき、俺もお返しとばかりに反撃に出た。
今日初めての本気だ。魔法なんか出ねぇ。スキルもまともなものはねぇ。ただ力一杯拳を固めて殴る。それだけだ。それさえ出来れば俺は何でだって出来るんだ。
およそ拳が金属を打ったようには思えないような鈍い音が響く。俺の拳がトミーの顔面に打ち込まれたのだ。
マスクに亀裂が入り、たまらずトミーは後退する。
「楽しいなぁおい!」
マスクの隙間から僅かに赤黒い液体が流れ出す。
本気でこの状況を心から楽しんでいるということに確信が持てた。
「それってオイル?それとも血?」
白い歯を見せて尋ねる。返答はない。あくまでも俺は排除の対象らしい。
「あぁ、いいよ答えなくて。どっちも流させてやるからさ」
再び屋敷と飛行船から援護射撃がやってきた。だが避ける必要もない。
豆鉄砲はそよ風も同然、狙撃の弾を蠅のように弾き、飛来する矢を眼前で受け止める。
目と身体が慣れたようだ。彼等の唖然とする様子が手に取るようにわかる。
トミーが仕掛けてくる。そうこなくては。びびって逃げられるより正面切っての戦いこそ俺が望むものだ。
弾丸の雨が降り注ぐ中で俺とトミーが相対する。
拳を固め、互いにその拳を振り被った。
残念なことに、ここまでのようだ。
「グッバイア〇アンマン」
楽しい時間は終わり、戻ってきたのは殺戮の時間。
トミーの大振りの一撃をかわし懐に潜り込む。
二度目のフルパワーは先程の比ではない破壊を生み出した。腹部の装甲に捻じ込まれた拳はその力を余すことなくアーマーと内部のトミーに伝え背から衝撃が逃げていくと同時に内容物も一緒に弾け飛んでいく。
血とオイルの混じった液体や、装甲の破片と骨肉の混じった物体が吹き飛ぶ。
生命、アーマー共に機能停止を確認。
やはり倒すのは頭からが良かったようだ。
敵さんの動揺と怒りが伝わってくる。飛行船の二人はひたすらに機関銃やら光線銃を撃ちこんでくる一方で屋上のスナイパーは動きがない。
機関銃はともかく光線が地味に痛い。熱が皮膚の表面を焼いてくる。食らいすぎると不味いな。
「ドクター、あのUFOどうにかしてくれよ。おいドクター?」
どうやら衝撃で通信機がいかれたらしい。ポンコツ寄越しやがって。サラマンダーの鱗加工したくせにこれかよ。
「おいおいどうにかなんだろ。全部俺がぶっ壊せってのか?上等。いいよ。やってやろうじゃん」
少し骨が折れるだろうが仕方ない。
やろう。そう思い立った時、極々小さな音が二発だけ鳴り響いた。
夜闇の中を二発の弾が吸い込まれるように飛行船に撃ちこまれる。
飛行船の動作が停止する。人が死ぬときのひと時の間のように空白の時が流れ、次の瞬間、二機の飛行船は空中で爆発四散した。
「クールじゃねぇかよアンリ」
すぐにわかった。それがアンリによる狙撃であり、二発の弾丸は飛行船の動力部を正確に撃ち抜き、爆発炎上させたのだと。




