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ガンズ・アンド・バッドメディスン 〜異世界の傭兵さんはお薬の力で無双する〜  作者: ユッケ
The Unchain

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計画変更

『――い。おーい起きろ。まったく、予定よりだいぶ早いな。こっちの準備は出来てたがこうも早いとは予想外だったな』


 心臓が鼓動を取り戻す。

 目を開いてもそこは暗闇の中だった。何が起きて俺はどうなったのか。

 予想がつかないわけではない。計画が始動したんだ。だから俺は此処にいる。

 聞きなれた男の声は他でもない。ドクターの声だ。

 暗がりの中で俺はドクターに返事をする。


「此処は鮫の腹の中かな?」


『んなわけねぇだろ。作戦を忘れたか?』


「ちょっとした冗談だっての。此処は焼却炉の中だろう?」


 俺は一度死ぬ。そういう手筈だった。

 計画では二、三日経った時点で薬が投与され、俺の心拍数は一分に二回の仮死状態となる。

 ペットは生きた人間しか食べないためその他の死体は焼却炉で処分される。そこで予め焼却炉に細工をして俺が燃やされる番で近くで待機しているドクター達が焼却炉の電源を遮断。

 焼却炉の中に仕込んでおいたサラマンダーの鱗を加工して作った耐熱性の通信機で交信しながら、ここからの依頼を進める。


「それにしてもだいぶ早く薬が効いたな。どんな方法だったんだ?」


 その手段までは聞かされていなかったが碌な手段じゃないのだろう。


『簡単さ。お前に奴隷の紋章刻んだときに一緒に薬剤打っといただろ?』


「あぁ、あれが薬か?」


『あれ実はな、虫の卵なんだ』


 また意識が飛びそうだ。ということはこの二日、俺の中で虫の卵が育まれていたということになる。


『もちろんただの虫じゃねぇぞ。魔喰虫っていってな魔力を餌とする虫だ。ほんとは魔力を持ったモンスターなんかに卵を植えつけて卵が孵ると宿主の魔力を喰いつくして成長する虫だが今回は魔力を持たない人間が宿主だ。お前に付いてる魔力なんて一つしかないだろ?』


「奴隷の紋章?」


『そのとおり。そんで魔喰虫に例の薬を仕込んでおくだろ。卵が孵ると同時にお前の中にある唯一の魔力、奴隷の紋章を喰い始める。するとどうなる?お前とあの成金の主従関係が切れる』


「ならどうやって、俺に仮死状態になる薬を投与したんだよ?」


『簡単なことさ。卵の中に予め薬を仕込んでおけば、卵が孵ると同時に薬が投与出来る。一つの工程で二つの目的を達成出来ただろ?』


 通信の声からもドクターの喜々とした表情がわかる。

 仕込みは上々、今の俺は死人も同然。俺が奴隷を救出していくなんて誰も考える事も出来ない。

 計画の段階でこの後、予め焼却炉の裏に仕掛けておいた薬を打って、俺は目的の奴隷を攫ってこの場を去る。

 その薬はクラスチェンジメディスン。文字通り、服用者のメインクラスを一時的に変えることの出来る薬だが以前適当な人間に使ったところ、変異が中途半端だった上、能力も著しく低下し使い物にならなかったらしい。

 そこで俺の薬効スキルというわけだ。ドクターの計算と薬の調整によって俺は完全にアサルターからスパイへと一時的な変異が出来るようだ。

 だが問題がある。作戦の問題ではない。これは俺個人の問題だ。


「これで俺は誰にも気付かれることなく依頼を遂行できる。上出来だと思うよドクター。だけど、何ていうか……このままでいいのかな?」


『言いたいことがあんならはっきり言ったらどうだ?』


「俺がここに来る前、奴隷が二人死んだ。いや、殺されたんだと思う。俺が奴隷でいたのはほんの二日だ。その間で三人も死んだ。ドクター、俺はさ、この糞みたいな所をこのまま放っておいちゃいけないと思うんだよ」


 通信機の向こう側で暫しの沈黙があった。俺の言いたいことは恐らく見透かしたのだろう。発せられたドクターの声のトーンは一段低かった


『お前が言いたいことはよく分かるさ。だが俺等の依頼はあくまで特定の人物の救出だ。計画も大詰めだ。ここまでは上手くいってる。ここで計画の変更なんて出来るかよ。せっかく死人も出さずに終えることが出来るんだ。わざわざドンパチかまして危険を冒す理由があるかよ?』


「あるさ。ドクター、俺達が間違ってた。最初からそうするべきだったんだ。あいつはこの世の公害だ。金以外の何も利はない。糞から生まれた糞以下だ。あいつ、クライスはこれからも奴隷を殺し続ける。自分の私欲のままに」


 溜め息が一つ聞こえる。

 呆れられても結構。俺は間違っているとは思わない。


『アシュだってさっき潜入した。今からの計画の変更はしたくねぇ』


「悪いと思ってる。だけどお願いしたい」


『あいつは世界で四番目の金持ちだぞ?殺せば経済に大打撃だぜ?』


「その時は一番から三番の金持ちに頑張ってもらうさ。空いた穴は他が埋める。そういう風に出来てるのさ」


『死ぬぞ』


「死なない。生きることになら自信はある」


『一時の感情に身を任せると後で後悔するぞ?』


「分かってるさ。死人なんて出ないほうがいい。危険は冒さないほうがいい。でもドクター、ここで見過ごしたらよ、俺はこの先一生後悔すると思う。それだけは嫌なんだよ」


 長い沈黙が訪れる。

 迷惑なのはわかってる。せっかくの計画を俺の一存で変更するのだから。

 ドクターは静かな声で俺に確認を取る。


『精神汚染の影響じゃないんだな?』


「誓って言う。これは俺の意志だ」


『ならいい。ならば、こっからは救出作戦なんかじゃねぇ。バッキー、てめぇの革命劇だ。存分に暴れてやれ』


「了解だぜドクター!」


 許可はおりた。遠慮はいらない。

 足元の焼却炉の扉を蹴破り、這いずって外に出る。

 外も深夜の暗闇に包まれていた。強襲をかけるなら絶好の時間帯だった。

 と、そこで一つの問題が発生した。


「あー……ドクター。悪いが薬を届けてくれないか?」


 薬が手元になかった。奴隷の紋章が効果を失くして自由の身となった後でも薬がなければ俺はただのレベル1の冒険者に過ぎない。

 ドクターが通信機越しに鼻を鳴らした。嘲笑もあっただろうがどこか余裕そうなそれは頼りにしていいということの表れだった。


『心配ねぇよ。今のままでお前は大丈夫だ』


「なしてさ?」


『数日前の話だ。お前がオークに殺されかけた後、お前は一度俺達のホームに連れ帰られた。その後、お前の心臓は一度止まったが、それまでに色々とお前を改造しておいた。今のような事態に備えてな』


「ちょっと待てドクター。改造だって?」


『黙れ。ぐちぐち言うな。薬が欲しけりゃ黙って俺の言うことを聞け』


 何も反論できない辺りが悲しいところだ。事実、俺は今からドクターの改造のおかげで大暴れが出来るわけだ。


『いいか。お前の左手の親指と人差し指と中指にそれぞれSUM(ステータスアップメディスン)を仕込んだ。指先の骨の先端が丸々薬丸に置き換えてある。最初に親指を齧れ。薬の効果がノってきたら人差し指って順に齧ってけ。後はお前の好きにやりな。困ったら通信に掛けろ。じゃあな。暴れてこい』


 耳に装着した通信機からの通信が途切れると俺は自分の左手を掲げてジッと眺めた。

 違和感はない。手術痕もない。自然体だった。

 やってくれる。同時に感謝もしていた。これで俺はあいつらと戦えるというわけだ。


「明日を迎えるのは奴隷と死体だけだ」


 親指を立てて犬歯で親指の腹に齧りつく。

 指の中で何かが弾けた。血流に乗って薬が身体全体へと巡る。

 久しい感覚が蘇ってくる。奴隷の紋章の時の虚脱感が嘘のように吹き飛び、脳味噌も消し飛ぶ程のアドレナリンがあふれ出す。

 地球の裏にも行けそうな高揚感と全能感。試作のSUMよりも効果覿面だ。

 乾いた唇を舐め、標的のいる屋敷に目を向ける。

 緊張も、不安もない。殺る時がきた。それだけのことだ。

 筋肉は隆起し今にも飛び出してしまいたかった。だが俺はゆっくりと屋敷に向けて歩き出した。

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