奴隷生活二日目
「起床!!」
早朝から廊下に響く大声で俺は飛び起きた。
スキュラを布団から引きずり出して急いで廊下に並ぶ。
「点呼!!」
部屋の奥から順に番号を叫び、奴隷が揃っているかを確認する。衣服が血と穴だらけの俺は異様に目立っていた。
点呼が終わると軽い朝食の後、男勢は昨日の畑仕事の続きと、クライスの所有する鉱山に連れていかれた。
俺は昨日の続きだ。だだっ広い畑を未だに耕している。
昨日スキュラに治してもらえなかった危なかったと彼女に感謝しながら鍬を振り下ろす。
すると、昨日の中年男が俺の隣に立った。
「よぉ、昨日はお楽しみだったみたいだな」
「あんたの忠告の意味がよく分かったよ。死ぬかと思ったね」
監視の目を盗んで俺と男はこっそりと話を続ける。
「あの男は親の遺産を継いだだけに過ぎないさ。親の遺産を食い散らかしながら奴隷を買い集めては支配して楽しんでるのさ」
「そんなもんだと思った。なぁ、あんたはあの部屋に連れてかれたことはあるか?」
「あぁあるとも。二回程な。背中の方は酷いぞ。この跡はもう消えないだろうな」
俺も今朝自分の身体を見てみるとそれは酷いもんだった。背中には鞭の痕、胸や腹には何か所も刺し傷の痕が残っており、まるで歴戦の戦士みたいだった。
なんだか本当に奴隷になっちまった気分だった。ふと手を止め俺は畑に散りばめられるように配置した奴隷達を眺めた。
彼らは自由を望むだろうか。望むだろうな。当たり前のことだ。自由でいられるなら良いに越したことはない。
「なぁ、もし自由になれるとしたらあんたはどうする?」
「脱走か?馬鹿げてるな。脱走は一度に違反切符二枚だ。だが、もし与えられるもんならぜひとも欲しいさ」
この男も二年ここにいるという。俺なら死ぬ自信がある。
出来るなら助けてやりたい。だがターゲットを救出し、スキュラも拾ってこの男も助けるとなるとそれは俺にとって大きな負担になる。
計画だと助けるとこが出来るのは数人、内何人かは集団脱走と見せかけて適当に選ぶがそれまで特定の人間を選ぶのは好ましくないだろう。
なんだろうか。昨日から俺は何か迷いが断ち切れないでいるようだ。
罰を受けている間の屋敷の使用人達の笑みがこびりついて離れない。
結局、俺は何がしたいのだろうか。
無用な正義を振りかざして奴隷達を救う?
違うな。なんかこう、もっとヤバいことな気がするが、どうも踏み込めないでいる。
考えは纏まらず、監視の目が回ってきたから作業の方に集中する。
「このペースなら今日は早くに終わるだろうなぁ」
小声で男は呟いた。それは助かる。こんな労働さっさと終わらせてしまいたい。
「そういやあんた名前は?俺はバッキー、元冒険者だ」
「長く名前で呼ばれてないのだがな。前はロイと呼ばれてたよ。もうだいぶ前だがね」
ロイはまるで疲れ切った老人のような風体だった。年も五十行くか行かないか程度なのだろうが、見た目で言うなら八十と言っても通るぐらいに衰弱している。
直感かな。長くはないだろう。こんなところで二年も生きながらえただけでも讃えるべきだが、彼にも限界が近づいているのは誰にだって目に見えて分かることだ。
「ロイは家族はいないのか?」
「あぁいたとも。今もどこかで幸せに暮らしてるだろうよ」
「会いたいと思わないのかよ?」
「会いたいさ。だが会ってどうする?こんな惨めに変わり果てた妻や娘に誰が会いたい?」
「俺なら会いたいけどな。家族だもんよ」
今になってもう会えない前の世界の家族の顔ぶれが思い浮かんでしまった。どうしても会いたいというわけではないが、会えるものなら会いたい。それが家族ってものだろう。
それ以上は俺もロイも何も話さなかった。また監視の目が光り、作業に没頭する。
五時間が経過した頃か。昼時になって、作業の半分以上を終え、一息ついていると、正門から一台の馬車が入ってきた。
それだけなら気にも留めなかっただろう。気がかりなのはその後方で引きずられるようにして帰ってきた奴隷の二人だ。ロープを手枷に繋いで強引に引っ張って来させたように見える。
馬車が停まると荷台のほうからぞろぞろと他の奴隷達が降りていた。
屋敷に近づくにつれその奴隷達が今朝、鉱山に連れていかれた奴隷達だということに気が付いた。
すると、隣に立つロイが訝しむような目で馬車を見た。
「妙だな。帰ってくるにしても流石に早すぎるぞ」
ロイからしてもそれはいつもと様子が違うようで眉を顰めていた。
遠目で状況が把握し辛かったが、恐らく馬車に繋がれた二人が何かやらかしたのだろう。二人は背中を蹴られ屋敷の中に連行されていく。
また嫌な予感がした。ここに来てこんなのばっかだ。一方的に責められて不条理な暴力に曝され続けてる。
誰だってこんなところ、今すぐ飛び抜けてやりたいさ。
俺なら全員を自由にするチャンスがあるのではなかろうか。だけど、それは俺の仕事ではない。
結局悩んでばっかだ。
感傷に浸っていると唐突に見張りの男から背中を蹴られた。
「オラァ!さぼってんじゃねぇぞ!?」
すっかり手が止まっていた。急いで作業に戻ると男は悪態をつきながらどこへと歩いていく。違反切符を貰わずに済んでホッとするとまた鍬を振り上げては振り下ろすを繰り返す。
ロイの言った通り、今日の仕事は早めに切り上げられた。畑を耕す作業は終わり、キリがいいとのことだ。
そして夜、俺の嫌な予感は的中した。




