一日の終わり
「まさかご存知ない?」
信じられない、と言うような口調のスキュラの問いに俺は大きく頷いた。スキュラは困った風に頬を掻き、どこから説明したら良いものか段取りを考えだす。
「えー……まずハーフモンスターというものを聞いたことは?」
「ない」
すっかり困り果ててしまったスキュラには申し訳ないが本当に知らない。ゲームの方でも存在しない単語だった。だがその語感からある程度の意味は把握できた。
つまりスキュラは――――
「そうですね……端的に言うと私は人とモンスターの間に生まれた子ということです」
つまりそういうことだ。
リアクションに困る。何と言えばいいのか言葉が思いつかない。
スキュラは俺の反応を期待と不安を持って待っている。
こういう時は大抵『うん、良いと思うよ』と言っておけば対応できると誰かが言っていた気もするが、それでいいのかと言われれば俺としてそれは決して良くない。
目の前の少女は実はモンスターと人の間に生まれた子であった。それについてどう思うのか。素直に言ってあげればいいんだ。そう、素直に。
「それって、結構凄いことなんじゃないのか?」
「へっ?」
「あぁ悪い。正直な感想だ。だって人とモンスターのハーフなら人よりも凄い事だって出来るんじゃないか?さっき俺に何かしてくれたようにさ」
「……本当に何も知らないのですね」
「あぁ、世間知らずなもんでな。だけどこれからわかっていけばいいじゃないか。この世の中も、スキュラ、お前のことも」
スキュラがハーフヒューマンではなくハーフモンスターと言ったときに薄々と察してしまった。この世界でモンスターと血を分けた人間というのはそもそも人として扱われないのだろう。だから彼女はそのことを今まで黙っていた。
だからこそ悲しそうな顔のスキュラを笑顔にしてやりたかった。
「ハーフモンスターか。もう半分は何だ?」
「父親がウィッチでした。母はそれを知らずに私を産み、育てて、奴隷として売りました」
「そうか、ウィッチか。ということはさっきのは俺に魔術をかけてくれたのかな?」
「はいっ、微量の魔力を注いで感覚を麻痺させる簡単なものをかけました」
「なぁスキュラ知ってるか?普通の人間には魔力自体持ってないんだ。冒険者の俺もアシュリーも、偉そうにしてる今の主人ですらもだ」
何が言いたいのか?と言いたそうにスキュラは俺を見つめる。
「そんなに凄いのをどうして隠す?」
「だって、もしばれたら……きっと嫌われるから……」
「でもお前は俺に教えてくれた。嫌われたいからか?違うだろう?」
スキュラは何度も頷き俺の手を取る。俺の手よりも小さく冷たい手は少し震えていた。
「ご主人様が私のせいでケガをしたから。それで私も力になりたくて……だから」
「そこまでしてくれる女の子を嫌いになる男がいるわけねえだろ。俺は嬉しいよ。最初に会った時はクソ生意気な奴隷だなと思ってけど、意外と素直だし、もしお前がいなかったらこうした話し相手もいないんだからよ」
すっかり痛みの引いた手でスキュラの小さな手を握り返す。真っ直ぐに目を合わせるとスキュラは照れて目を泳がせたがそこが子供らしくて俺も口元が緩んだ。
「だからそんな顔しねぇで笑って堂々としとけ。そしたら誰だってお前のことを嫌ったりしないさ」
あとは彼女の気持ち次第だ。どんな反応が返ってくるか心配だったが無用なものだった。
「そんな顔とは失敬な。ウィッチというのは目元に隈があって薄暗く見えるものなんですよ」
「あぁそうなのか。ところでスキュラさっき俺にキスした?」
「なっ、ななな何を言ってるんですか!?」
分かりやすいぐらいの動揺っぷりだ。キスの一つでそんなにきょどるものだろうか。そういう俺もちょっとびっくりしたけど。
「分かるんだよなぁ。こう見えて俺、経験豊富だから」
もちろん嘘だ。スキュラのリアクションが楽しいものだからつい言ってみた。
でもスキュラは真に受けて顔を真っ赤にしてさっきまで俺の手を握っていた手を振り払って顔を押さえていた。
「不潔です。ご主人様不潔です!」
「でもキスしてきたのはスキュラの方だろ?」
「だってしょうがないじゃないですか!魔力を贈るのに一番良いのが口先なんですし!それにご主人様ぼろぼろだったんだし」
そろそろ泣きそうなのでからかって遊ぶのも程々に俺は立ち上がりベッドに向かった。奴隷の朝は早い。今のうちに出来るだけ身体を休めておきたい。
「もう寝るか。俺も疲れた」
大きく伸びをすると身体中の骨がパキパキと小気味のいい音を立ててちょっとした心地よさをもたらしてくれる。今日は死んだように眠れそうだ。
力が抜けベッドにへたり込む。思い返すと本気で死ぬと思った。今のところ作戦の方は首尾よくいってるほうだ。だいぶ回りくどいやり方にも思えた。それでもそれがパーティの決定なら文句は言わない。そのつもりだったが俺は迷っていた。このままでいいのか。頭の中で鮫のモンスターに食われた女性がこびりついて離れなかった。
面識もなにもない。ただ死の瞬間に立ち会っただけの関係だった。それなのにこうもムカムカとするのは何なのだろうか。
これ以上は考えない方がいいのだと自分でもわかった。あくまでも俺の目的は一つ、一人の奴隷の救出だ。
奴隷にしてはまともなベッドに入り、意識を休息に切り替える。すると、途端に身体が重くなり、俺はたちまち意識を閉ざし、眠りについた。




