お仕置き
長い廊下を歩かされて、その途中途中にある絵画やら骨董品の自慢やらを聞き流しながら、俺は目当ての部屋を探す。見つかったのは都合が良かったかもしれない。違反切符二枚で堂々と屋敷内を歩き回ることが出来ているのだから。
「あれが、かの有名な画家のグロリスが描いた『竜と騎士』だ。鑑定書付きの本物さ」
「はぇ~初めて見ました」
名前も聞いたことない画家の絵を一方的に紹介されては相槌打つだけのやり取りを何回か繰り返してると、通り過ぎた部屋の番号に目が止まった。
一〇一号室、目当ての部屋だ。一時はどうなるかと思ったがこれで一日目の仕事はこれで完了だ。あとはこの男の相手を適当に済ませるだけだ。
クライスは上機嫌だし、思っていたより話のわかる男のように見える。過酷な罰はないように思える。
「ここだ。さぁ入りたまえ」
そう考えてる内に一階にあったクライスの部屋の前まで来ていた。後に続いて部屋に入るとそこは屋敷の主人の部屋と呼ぶにはあまりにこざっぱりとした部屋であった。無地の白い壁、部屋の奥には何やら幕のようなものが下りている。部屋の中央にある椅子と机のセットに腰掛けると俺にも座るよう促す。
俺が座ったところでクライスはゆったりと話し出した。
「さて、メディックを呼んでいるがそれまで少し話そうか」
足下に絨毯はあれど、それほど高価なものではない。部屋の装飾も最低限で済ませてある。
俺の返答を待たずしてクライスは話を続ける。
「君は今日此処に来た奴隷だったね?」
「仰る通りです」
「普段なら買う奴隷の顔なんて一々覚えはしないんだ。だけど君は初めて顔を合わせた時にピンときたよ。こいつは奴隷になってまだ日が浅い、ってさ」
図星を突かれて思わず息を呑んだ。だがまだ全てばれたというわけではない。あくまで平静を装って応対する。
「仰る通りで」
「どうして奴隷に?」
「冒険者のクエストに失敗して、それで多額の借金が返せなくなりました。それで奴隷に」
そういう設定だ。実際にそんな出来事は起こっていない。
「意外とつまらないな。まぁいい。それで本題に入ろう。君の処罰についてだ」
ようやく本題だ。早く済ませてスキュラを慰めに行ってやりたかった。
だがなんだろうか。さっきからクライスの纏う雰囲気が変わりつつある気がしてならなかった。
「ところで、目的は脱走かい?」
「はい?」
「いや、君みたいな新人には多いんだ。自由の身が恋しくて逃走を試みる者がさ」
「違います。神に誓って」
「ならいいんだ。大切なのはそこではない」
やはり何か不穏な空気が流れている。その大元が分からないから尚更不安が俺の中に渦巻いている。クライスの真意がわからない。何を考え、俺に何をするつもりなのか。
気付けば手がじっとりと汗ばんでいた。ビビってる?そんなわけない筈だ。
すると、クライスは頃合いを測るように部屋の壁掛け時計を見ると何かに合図を送るように指を鳴らす。
「此処は奴隷の入れ替わりが激しいからね。ルールの説明は週に一度まとめてやるんだ。だから君達にはまだ説明してなかったが奴隷には違反切符の数で罰を与えるんだ」
クライスは一本ずつ指を立てて御丁寧に説明し始める。心底楽しそうな、残虐な笑みを浮かべて。
「一回目は特に何もない。軽い質疑応答で済ませて終わりだ。だから君が心配していたようなことをあの少女には、恐らくしなかっただろう」
それはどうだろうかな。今になって思い出した。ドクターの情報だとこいつは小さな女の子を好む、俗に言うロリコンだ。スキュラが連れてこられていたらどうなっていたかなど想像はつく。
それなら何故彼は俺の要求をすんなり受け入れてくれたのか。それは彼の口から明かされた。
「そして二回目だ。口で言って分からない奴には体に教え込む。二度と間違いを犯さないように徹底的に。今日の僕はどうも機嫌が良くなくてね。僕の所有する鉱山で奴隷が落盤の下敷きになって死んだんだ。僕に散々不利益を出した後で勝手に死んだんだ。奴隷の分際で、この僕の、許可もなしに、死んだんだ」
静かに湧き上がるクライスの怒りは自己中心的でそれが彼のエゴなのだろう。
クライスが完全に本性が表れたところで俺は身の危険を確かに感じた。つまり今から俺はその死んだ奴隷の代役として思う存分いたぶられるのだろう。
呼吸を落ち着かせてクライスは三本目の指を立てる。それ以上の罰は最早一つしかない。
「それでも僕の言うことを聞けない奴隷はいる。そんな奴隷、僕には必要ない。だからそういった奴隷は処分してしまうんだ」
クライスの言葉に呼応するように部屋の奥の幕が上がる。ガラス張りの部屋一つ分ぐらいの水槽には人を丸呑み出来るぐらいに大きい鮫のようなモンスターが水槽の中を徘徊していた。
「僕のペットさ。餌代が馬鹿にならなくてね。奴隷の処分に協力してもらってるんだよ」
予想が出来てしまうだけにヤバい。やめさせたくとも今の俺にそれが出来ない。
クライスはうっとりと水槽を見つめた。
「僕はね。苛々した時はいつも此処にくる。此処は僕の部屋の一つでね。奴隷を処分したり躾けたりする部屋なんだ」
「ご主人様、考え直すことは出来ないですか」
俺のことではない。今から起こるであろう惨劇をだ。しかし、俺の意見は容易く振り払われる。
「駄目だ。彼女は三つ目の違反切符を貰った。今日の食事の場で僕の靴に飲み物を零した彼女を僕は許せないね」
たかがそれぐらいで殺される社会が何処にある?奴隷だから?奴隷なら何してもいいのか?ありえねぇ。黙って見過ごせる筈がなかった。
「やめ――――」
俺の言葉を遮るように水槽に一人の女性が落とされた。決して若くはない初老の女性だった。
水槽の中でもがく様に手足を動かし、どうにか助かろうとするも、無情にも鮫のモンスターは大きな口で女性を連れ去らい、咀嚼する。
水槽が真っ赤に染まる。俺は呆然としていた。クライスは鬱憤の晴れた顔をして手を叩いていた。ショーを楽しむ観客さながらな様子で歓喜の声をあげていた。
「まさにこの瞬間の為に生きていると言っていい!最高のパフォーマンスじゃないか!水槽が汚れるのが唯一の欠点だがそんなことはどうでもいいんだ!」
子供のようにはしゃぎたてるクライスを理解しようとしたくない。
今確信した。こいつはやべぇ。糞が糞してその糞から生まれたような俗物だ。
水槽の赤から肉片や内臓の一部が見え隠れして吐き気が込み上げる。動悸も酷くなってきた。人の命の価値観がおかしくなりそうだ。
次は俺の番だ。クライスは俺に向き直り、薄い微笑みを浮かべる。
「大丈夫、二回目ならまだ命は取らない。多分ね」
その時、俺の背後のドアから誰かが部屋に入ってきた。振り返って確認すると、それは俺を治療するという名目で呼びつけられたメディックの男だった。
「それじゃあ、始めようか」
ほんの少しだけクライスから目を離した隙に彼はいつの間にか俺の目の前に立っていた。
張り詰めたものに穴を空けるような感触がした。液体が並々入った容器が決壊し、止め処なく液体が流れ落ちる。
「…………嘘?」
恐る恐る首を傾け、目線を腹部に落とす。
白い貫頭衣が赤く滲んでいた。クライスの握る短剣が俺の腹に深々と突き刺さっていたのだ。
顔を上げ、クライスと目が合う。
さも愉快そうにクライスは笑い、短剣を引き抜き、再度刺し込む。
口の中に鉄の味が広がる。目の前の現実についていけない。三度目に短剣が突き立てられた時、俺の視界は暗転し意識が絶たれた。




