奴隷生活初日夜
飯はまだホームの飯がいい。持ってこられた飯は茹でただけの野菜と少量の豚肉と一切れのパンだけときた。
やはり殺しにきていると見ていい。そう思わないと気が狂いそうだ。
「バッキー、私のご飯いる?」
俺の傍らではしっかりとシャワーを浴びた後のスキュラが心配そうに俺にパンを差し出している。
女の奴隷には買い出しの荷物持ちやご主人との戯れが主な役目な為、美容には気遣ってくれるようだ。俺よりも飯は一段と豪華だ。
それでも俺はスキュラの手を押し留めた。
「お前こそ一番食わないといけない時期だろ?遠慮せず自分のを食いな」
歳上のプライドというものか。投げ捨ててしまえば多少は腹も膨れたものの、相変わらず損をする性格だと自分でも思う。
食事を終え、夜の奴隷の点呼を受けた後は就寝の時間だ。明日に備えて奴隷は体を休めなければならない。
「じゃあお休みなスキュラ」
「うん、お休みバッキー」
だが、俺は起きていなければならない。スキュラには内緒だ。彼女を巻き込むことは出来ない。ここからは彼女にも説明していない。
先ずは一つ目の任務だ。屋敷の中にいるであろう外交官の元妻の部屋までの経路を探ることだ。部屋の番号は事前に情報を入手しているが屋敷の構造をある程度把握する必要もある。出来れば昼間の内にしておきたかったが休む暇もなかったから仕方ない。
スキュラが寝静まった頃に起きあがり、行動を開始する。ドアの警告文が最後通告に思えた。それでもやらなくてはいけない。
静かにドアを開け左右を確認。人の気配はなし。行くなら今。素早く部屋を出て見つかる前に動く。
現在地は四階建ての屋敷の四階に位置する部屋だから一階まで降りなければならない。それまでに誰一人に見つかってはならない。
なかなかハードだ。でもやるしかない。
誰かが来る前に階段まで小走りで辿り着き、慎重に階段を下りていく。足枷が邪魔で動きづらい。それに鎖がじゃらじゃらと音を立てるから、下手に走ることも出来ない。
一つ、また一つと階段を下り三階に到達。これを後二回しなければいけない。ファックだね。
三階にはまだ誰もいない。このまま階段を下りようとしたがタイミング悪く誰かが階段を上ってくる。
見つかったら違反切符アンド任務失敗だ。
すぐさま隠れ蓑となる場を探す。ちょうどいいところに補食室だ。誰か入っているかなんて考える暇はない。階段を上がってくる誰かに見つかる前に俺は補食室に飛び込んだ。
「あっ……」
「シット!」
誰かいやがった。丸眼鏡をかけた、いかにもインテリチックな優男だ。
一拍、状況の整理に男の動きが止まっている。黙らせるなら今しかない。
「誰か……っ!」
助けを呼ぼうとする辺りやはり非戦闘職で違いない。男が大声を出して助けを呼ぶには少々遅かった。それよりも早く男の首に手枷の鎖を巻き付けて締め上げたのだ。
目一杯締め上げると男は掠れた声を上げながら最後まで俺の拘束を振りほどくことが出来ずに意識を手放した。戦闘系のクラスでなかったのが助かった。
一安心して拘束を解いて気絶した男を床に寝かせる。
再スタートだ。現在三階、目的地は一〇一号室。行って帰ってくるだけだ。出来そうな気もしてきた。
そう思った直後だ。
「動くな!」
廊下から刺すような怒声が響いた。体が凍り付くように固まる。いともあっさりとばれた。失敗の二文字が脳裏に浮かぶ。
「クライス様の所へ連れていく。抵抗はするな!」
だが、補食室のドアは開かれない。もしかして、まだ俺は見つかっていない?
ほんの少し補食室のドアを開け隙間から廊下の様子を覗くと、がたいの良い男達が誰かを取り囲んでいる。
びっくりさせる。いったいどこの誰だ。俺と同じ時間に外を出歩いていたのは。
どうせ知らない顔だろうが好奇心からか同じ違反者の顔を一目見ようと隙間から目を覗かせる。
好奇心は、すぐに後悔に変わった。
巡回の人間に取り押さえられていたのは、俺の唯一信じられる人間、今頃はベッドにいるはずの少女、スキュラだった。
何をしている?どうして?そんな疑問を考えるより先に俺は補食室を飛び出し、スキュラと巡回の男達の間に割って入っていた。
考えとか損得とか一切頭になかった。ただ、ここで出て行ってなかったら不味いことが起きてた予感がしていた。
男達は訝しむような眼で俺を見て俺の言葉を待っているようだった。
何とか愛想笑いは浮かべて、俺は即席の言い訳を作ると、真偽交えて男に話す。
「は、はは、すみません。今日から此処に仕える身として屋敷の内部を熟知しておこうと思って歩き回っていたのですが、どうしてもこの子が付いてきたいというものでつい……という感じで、はは」
「何が可笑しい!!」
屋敷全体に響き渡るような怒声だった。耳鳴りがする。男の声が耳に入らない。罰則がどうとか、奴隷らしい振る舞いだとか。
そして、呆然と立ち尽くしている俺の顔面に強烈な右拳が叩き込まれたところで俺は今日を生きられる自信が失せてきた。多分鼻の骨が折れた。鼻血が止まらないし呼吸もし辛い。
それでも気の晴れない男が手を振り上げた時、救いの手が意外な者から差し伸べられた。
「おやおや駄目じゃないか。巡回如きが勝手に手を振るっては」
そのときだけはその男が仏にでも見えた。俺の現ご主人ことクライスが仲介に入ってくれたのだ。
「奴隷の処罰は僕から下すものだ。君達末端が手出ししていいものではないよ」
気品すら感じさせる仕草でクライスは巡回の男達を立ち退かせると、俺の前に立ち、その手を差し伸べてきた。
「立てるかい?怪我をしているな。私の部屋で手当てをしよう」
正直困惑していた。目の前にいるのは俺の中に根付いていたクライスのイメージとは真逆の男だった。
するとクライスは念の為と付け加え、俺とスキュラをそれぞれ指差した。
「だけど、違反は違反だ。君とそこの女の子に一枚ずつ違反切符を切るよ」
「そのことなのですが一ついいでしょうか?」
昼間の奴隷の男の言葉を思い出して俺は敬語でおずおずとクライスに尋ねる。
「言ってみなさい」
「今回の違反は俺がこの子を巻き込んでしまった為に起きたことです。責任は全部俺にあるんです。ですから、彼女だけは許してやってくれないでしょうか?」
スキュラは何か訴えかけるように声を挙げようとしたが、俺はそれを片手で制した。今にも泣きだしてしまいそうなスキュラと俺を交互に見てクライスはポンと手を叩いた。
「そういうことなら仕方ない。君が代わりにあの子の分の罪を背負いなさい」
「分かりました。ありがとうございます」
スキュラを口止めしながら俺はクライスに頭を下げる。ほんの数日の我慢だ。これぐらいは平気だ。
「それでは僕についてきなさい。そこの子は部屋に帰るんだ。これは命令だ」
奴隷の紋章の力が効果を発揮したのか、有無を言わさず俺もスキュラもクライスの言う通りに体が動き出した。




