大富豪の奴隷
手首、足首に枷を付けられ、白い無地の貫頭衣を着せられ他の奴隷たちと一緒に檻の中に入れられ人目の付かないルートで搬送される。
他の奴隷たちと度々目が合うとひやりとする。買った俺のことを覚えているのか定かでないが、スキュラが俺の名前を呼ぶと『他人の空似だろうか?』と首を傾げまたそっぽを向いてくれた。
馬車を操る馬主はドクターの知人らしく、確かに信用できる男らしい。同乗しているドクターも言わなければ別人そのものだ。
外見は俺が元いた世界で言うアラブ系の男のようだ。精巧に出来た人のマスクと自分で作って骨格の一部をメディックのスキル『肉体改造』でちょっと弄ってさながら別人になりすましたらしい。
偽の身分証、偽の運び屋、そして偽の奴隷、偽物だらけの奴隷商はやがて見えてきた豪邸に何の疑いもかけられることなく入り込んだ。
遠目に檻の隙間から見た時から思っていたが大きい。この世界に来て最も大きいかもしれない。庭も個人で所有するには余りに大きい。全体的な土地の広さで見るなら東京ドーム何個分だろうか。考えても無駄だろう。測定する術がないのだから。
馬車が停まる。迎えに出てきた大男二人がドクターの偽の身分証を拝見しボディチェックまで済ませると道を開け、再び馬車が動き出す。
見た感じから男達は雇われた元、または現役の冒険者だろう。体格からしてクラッシャー、もしくはパワー型のアサルターだろう。
純白な壁をした建物の前まで来ると馬車はブレーキを掛ける。
俺の飼い主となる男の登場だ。子供のような満面の笑顔で両手を広げ迎えに来たのはこの世界で四番目にお金持ちの男。名前は確か――――
「お初にお目に掛かるマックロイ氏。数々の武勇伝は私の耳にも届いておりますよ」
そうクライス・ドン・マックロイだ。ドクターに先を越された。
写真で見たよりも随分と若々しい。端正な顔立ちは元より色々と金の力で解決してるのだろう。
握手を求めるクライスにドクターは快く応じる。
「クライスでいい。君の起業を心から支援しているよ。この地域周辺の奴隷商はどうも頑固でね。僕のような人種には決して売ろうとしないんだよ」
ジェイクが嫌いそうな人間、つまりは金で何でも解決しようとするような奴ということだ。
短い間とはいえこんな男の下にはつくのは正直嫌気が差す。
「だから奴隷を買う時はいつも別の国の商人を呼びつけていたんだがこれが高くて高くて。君とは今後も良い関係を築いていきたいよ」
「こちらこそ。それでは紋章の手続きをお願いします」
普段とは打って変わって物腰柔らかい態度でドクターは檻の前までクライスを案内すると鍵を取り出し檻を開けた。
順に檻から出ていきこれから飼い主となる男の前に並ぶ。
何やら暗号らしき言葉をクライスが唱えると奴隷の紋章が妖しく光り、強制的な主従関係を結ばされる。俺もスキュラも同じようにそれは行われた。
俺の番の時、クライスと目が合った。顔では人の良さそうに笑っていても瞳のどこかで見下しているような眼だ。気味が悪い。まるで蛇のようだ。普通の人には持ってない何かがある。
奴隷の紋章が光ると途端に体の力が抜け落ち一時的に虚脱感に見舞われた。事前の説明だと奴隷の紋章というのは冒険者の能力の大半を抑制する能力もあるらしい。
全ての奴隷と主従関係を結び終えるとクライスはドクターに現金を手渡し、取引を成立させる。
ドクターは俺を一瞥すると馬車に乗り込み帰路を辿っていった。ここからは俺の仕事というわけだ。
奴隷商が去ったのを確認してクライスは俺達奴隷の方に向き直った。
「さて、今日からお前たちの飼い主となるクライス・ドン・マックロイだ。僕のことはご主人様と呼ぶんだぞ?それでこっちが僕の親友のアポロだ。お前達の面倒は基本彼が見る」
いつの間にかクライスの後ろに控えていた黒髪の男が一歩前に出てくる。随分と派手な装飾の全身鎧を着込んでしているが言うまでもなく冒険者の装備だ。
「アポロ、奴隷達を空き部屋に案内してやってくれ。僕は自分の部屋にいる」
クライスはそう言い残して俺達に背を向けた。あまり俺達に関心はないのだろうか。残ったアポロは二人の後方に置いて俺達を建物の中へと入れた。中は王宮のような飾りつけであり、玄関だけでも俺の部屋よりも豪華だ。
「ついてこい。迷うな。はぐれたら命はないと思え」
冷たく脅迫するような声でアポロは俺達を引き連れて屋敷の中を闊歩する。
階段を上がって上がって、更に上がったところで廊下に出ると次々と空いた部屋に奴隷達を収容していく。工場の仕分けさながらだ。
俺も同じように部屋に入れられた。思ったより綺麗、なんてもんじゃない。豪華すぎる。一般の家庭ではまずありえないぐらいに高級感に溢れている部屋だ。ダブルのベッドが二つあってなおスペースに困らない。机も椅子も用意されており明らかに奴隷の待遇ではなかった。
そして、ほとんど間もなく部屋のドアが開かれた。振り向くと、そこには感情のない顔をしたアポロとよく知った顔の少女が一人。
「部屋に空きがなくてな。こいつを相部屋にする。文句は言うな」
背中を押されて俺の腰に寄りかかって少女はにこりと笑った。
「また一緒だね。バッキー」
「何かの縁を感じるよスキュラ」
こうして短い間となる俺の奴隷生活が始まった。




