二日酔い
愉しい夜は終わり酷い朝がきた。
六杯目を飲み干してドクターの研究室をボディビル会場に変えた辺りまでは覚えているがその後は記憶に霞がかかって思い出せない。寧ろ思い出さない方がいいのかもしれない。今の状況を鑑みると。
「あー死ぬ。死んだ方がマシだわこれ。バッキー、俺どんな顔してる?」
「ボディビルダーの顔してる」
「やめろ。その単語を出すな」
一方的にザグールに筋肉の話で絡んだドクターと俺は誰が最も男らしい肉体をしているかなどほざいた後は三人揃って馬鹿になっていた。ザグールの筋肉に負けまいと即効の筋トレと称して酔った勢いでどんな成分かも知らない薬を打ってはしゃいでた。
朝になれば冷水をぶっかけられたように消沈し、体内に残ったアルコールに苦しめられている。机に臥して一ミリも動きたくない。三人とも上半身だけ裸でザグールはマスクだけは被ってるから変態さながらだ。
「そもそもザグールは何で床に倒れてるんだよ?」
「俺がKOした。アレの後は三人でバトルロワイヤルだ。お前が一番暴れてたよ」
記憶にはない。はめを外しすぎた。
依頼の前だというのにこれで大丈夫なのか心配だがこれはこれで親睦も深められたと思う。
「あー、クソ。頭いてえ。おいバッキー、そこにフィッチいねえか?」
「誰だよそいつ?」
「前に紹介しただろ?クロウ・モスキートのフィッチだよ。鳥みたいな蚊」
「あぁ、いたなそんなの」
どう見ても鳥だけど実態は蚊なドクターのペットのフィッチだがこの部屋に入って一度も見ていない。
「フィーッチ、どこだフィ~ッチ」
顔を上げるのも億劫な俺は声だけで呼んでみる。俺の呼びかけで応じるのかは謎だが頼まれたから仕方ない。
「いないっぽいぞ。ドクターが呼んでみたらどうだよ?」
「俺はちょっとマズい。最近あいつと喧嘩しちまったんだよ」
「蚊と喧嘩?傍から見ると馬鹿っぽいぞ?」
「餌の血の血液型を間違えただけさ。それで機嫌損ねてどっか行っちまったんだよ。ホームの中にいるんだろうが俺と会おうとしないんだよ」
「知るかよ。誰かの部屋に隠れてんだろ?」
「あいつに血吸ってもらうと二日酔いも少しは醒めるんだが、いないなら仕方ねえ」
「じゃあどうするのさ?」
「このまま酔いが醒めるのを待つ。昼には良くなるさ」
昼までこのままかとげんなりしながらも頭の隅でスキュラのことを考えていた。
もう起きただろうか。お腹は空いてないか。風邪は引いてないだろうか。着替え用意したっけか。
自分でも過保護に思える具合だ。子供の世話となるとどうしても心配事が多くなる。依頼の時にどうなることやら。
ちょうど時間は沢山あることだし俺はドクターに依頼について尋ねた。
「そういえばドクター、依頼についてなんだけど。詳しく聞かせてもらっていいか?」
「なんだ不安か?俺が標的に奴隷としてお前を売りつける。まぁそこは俺がどうにかする。その後は暫く奴隷体験してくれ。ほんの二、三日だ」
「その後は?」
更に踏み込んで聞いたがドクターは言葉を区切った。部屋に来客が来たからだ。
「やーやー、これはまた昨晩はお楽しみだったようで」
陽気な声が頭にキンキン響く。ドクターも同じで頭を抱え来訪者を睨む。
「頼むから黙ってくれアシュ。舌を切り取るぞ」
「そんなに怖い顔しないでくださいよ。水でも入れますよ」
くるりと俺達の周りを一周してコップを回収する。酒の入っていたそれの臭いを嗅ぎとると、アシュは苦笑いしドクターを見る。
「やー、あの人のお酒飲んじゃったんですか?後で酷いですよ」
「いいんだよ。いつまで待っても帰ってこねえ奴が悪いんだよ。いいから水くれ。今にも死にそうだ」
アシュは肩を竦め踵を返し水道に向かう。
その間にドクターは俺との話を続けた。
「それでどこまで言ったか?どこでもいいや。その前に先ずお前に奴隷としての手筈を整えなきゃいけねぇんだよ」
「手筈?」
「奴隷の紋章って知ってっか?まぁお前のことだから知らねえだろうけど」
碌なものではない代物なのは明白だな。と思いながら俺は首を横に振る。
「飼い主の命令を絶対なものにする魔力を込めた紋章だよ。見たところスキュラには付いてなかったが大富豪の持つ奴隷には大抵は付いてる」
「それを俺に付けるのか?」
「察しがいいな。俺が刻んでやるよ。これでもメディックだ。道具が揃ってればどうにでもなる」
「ドクター、いくつか質問していいか?」
何か嫌な胸騒ぎが起きて堪らず俺はドクターに尋ねた。
「その紋章ってこの依頼が終わってからも消えないのか?」
「どうだろうな。それが今回の肝なんだろうがな」
意味深な発言に困惑しているとアシュが人数分の水を注いで戻ってきた。
「やー、熱心なものですね。二日酔いのときも依頼の話ですか」
「ドクターと話せることなんてこれぐらいさ」
半ば無理に頭を起こしてコップの水を口に入れる。純粋な液体が俺の中のアルコールを少し薄めてくれることを願って俺はまた机に突っ伏す。
「ってかアシュは何しに来たんだよ?」
「はい、昨晩の乱痴気騒ぎに安眠妨害食らいまして、文句言いに来たところあまりに酷い惨状だったんで怒る気も失せました」
アシュが怒る程とはいったい俺等は何をしていたんだろうか。
「どうせ『男水入らずの飲み会だぜ』とか言って飲んだくれてたんでしょうが程々に頼みますよ」
見事にバレバレときた。何も言い返す気も出ない。手をひらひらと振って了解の意を表す。
頃合いを見計らうようにアシュは俺に新しい話題を出してきた。
「さて、ドクターもこんな状態ですしバッキーさんに奴隷の紋を入れるのも後でしょうから今のうちに言っておきましょう。バッキーさん昼から暇ですか?」
二日酔いも吹き飛ぶような勢いで心臓が早鐘を打った。同年代の女子からそういうお誘いというのはどうしてもデートの三文字が思い浮かんでしまう。
「何かあんのか?」
「いえ、少しだけお付き合いして欲しくて」
そこまで言われると断りづらいし、俺も薄々と期待してしまう。
俺は少しもったいぶるようにしながらも承諾した。
「やー、良かったです。それでは正午過ぎにホーム前に出ててください」
俺の前でくるりとその場で一回転しアシュは上機嫌でドクターの部屋を出て行った。
嵐が去った跡の静けさというべきか。俺もドクターもザグールもピクリと動かない。無理に喋ったから頭痛が少し酷くなった。
寝ようにも寝ることも出来ない。地獄のような時間は暫く続いた。




