男水入らず
手早く風呂でさっぱりした後でこっそりと部屋を覗き込んだ。
起こしたら悪いと思ったがスキュラは思っていたよりもぐっすりと眠っていた。
一安心して俺は部屋を背にした。まだ寝るには早い。小腹も空いたし話ついでにドクターの部屋に行くことにした。
ドクターの部屋はまだ明かりは点いていたが話し声は微かにしか聞こえなかった。
飯余ってればいいな、などと考えながらドアノブに手を掛けた時、聞き慣れない声に手が止まった。
「マルク、良くないよ」
少女というよりは年端もいかない少年の声だ。このパーティにそんな少年の声に該当する人間なんていない。
こっそりとばれないようにドアを半分開け、部屋の中を覗き込むと、頬杖ついて小魚をペロリと平らげるドクターと小さな椅子が心配になる程大きいザグールがドクターに向き合うように座っていた。
肝心の声の持ち主らしき人影はない。俺の聞き違いだっただろうか。
どうやらドクターとザグールは今回の依頼について打ち合わせていたようで咀嚼物を飲み込んでドクターは話の続きをする。
「良くねえわけねえだろザグール。うちのリーダーは留守なんだ。この小魚の気持ちになれ。いつまでも帰ってこねえあいつが悪いんだよ。さっさと食ってやらねえと腐っちまうだろ?」
「あの人怒るよ?」
「長い付き合いだからいいんだよ。それにあいつこの前俺の育ててた卵全部食っちまったんだぜ?これでおあいこだろ?」
「後でどうなっても知らないよ?怒ると僕でも止められないんだから」
見間違いか聞き間違いか、俺の悪い夢か。俺の聞き違えてなければ少年の声はドクターの目の前の厳ついマスクの大男の口から発せられているものだった。
「それでさっきからそこで何してんだバッキー?」
ドアの隙間から覗かせてた目がドクターと合う。どうやら最初からばれてたようだ。観念してドアを開け部屋に入った。
「やぁドクター……とザグール。どうも小腹が空いて何か食えないかと思ってさ」
「それならちょうどよかった。今うちのリーダーの秘蔵のつまみを食ってるところだったんだ。お前も混じれよ」
「じゃ、ありがたく」
パーティの先輩二人とテーブルを囲むように座る。ザグールの存在感と威圧感が特に凄まじい。
「酒もあるぞ。もちろんリーダーのを拝借したやつだが」
「まずいよマルク」
少年のようにあたふためいてザグールはドクターを止めようとするがドクターはお構いなしのようだ。
見た感じだとドクターとザグールは気の知れた仲のようだ。
俺にも前はそんな奴がいたから何となくわかる。長い付き合いなんだろう。
ドクターはコップに注いだ酒を俺に渡して横指でザグールを差した。
「こいつにギャップ食らってるな。誰でもそうなる」
「はは……中に子供でも入ってんじゃないかと思ったよ」
「子供そのものさ。ザグール、新入りに挨拶してなかったな?」
ザグールは叱られた子犬のように肩を落とす。ドクターは「いいんだよ」とザグールに酒を汲みコップを彼の目の前に滑らす。
ザグールは恥ずかしそうに俺を見下ろし、自己紹介をする。
「あの……ぼくザグール。よろしく」
「バッキーだ。こちらこそよろしく」
俺の手が赤子にしか見えないサイズの手と握手を交わす。蓋を開けてみれば寡黙なクラッシャーは恥ずかしがりやな子供だったわけだ。初対面が無言だったのも人見知りによるものだったということか。
口数の少ないザグールの代わりとばかりにドクターが付け加えた。
「見てのとおりクラッシャーだが如何せん優しすぎてな。腕はかなり良いがそれが玉に瑕だ。俺の数少ない親友と呼べる奴の一人だ。俺とリーダーとザグールでこのパーティの創立メンバーだ」
「へぇ、三人なんだな。もっと多いかと思ってた。そういえばリーダーはまだ帰って来ないんだな?」
俺は小魚を一匹手に取って頭から尻尾まで眺めまわす。銀白色の皮がいかにも高級感を醸し出している。俺も共犯になるがそこは背に腹は代えられぬというやつだ。頭から齧りつき背骨を噛み切り身を咀嚼する。
ドクターも酒を呷るとうっすらと頬を赤くし愚痴るように口を切る。
「破壊衝動を抑えきれない奴にはうってつけの依頼さ。隣国の警備ロボットのテストを頼まれてな。うちのリーダーを送り付けてやったよ。そしたらあまりに歯応えがねぇもんで向こうも躍起になってよ。最新機を開発してはリーダーにぶつけてるんだよ。その間は向こうで一人お泊りさ。まぁ楽しんでるだろうよ。毎日小遣いもらってる」
「早く会ってみたいよ。ドクターの親友ってなら面白そうな人だ」
「はぁ?んなわけあっかよ。出来るなら今すぐぶち殺したいぐらい大嫌いだっつの」
大嫌いなら態々一緒にパーティ創って現在まで同居してるのは可笑しいだろ。
言葉に出すと面倒な絡みがきそうだったから控えたが、ドクターは素直になれなかったのだろう。
俺もドクターに倣って酒を一口飲んでみた。かなり度数がきつい。喉を焼くような熱が走って頭もクラッとくる。でも美味い。不快感がない。いくらでも飲めそうな感覚だ。俺は一気に飲み干し空のコップを差し出した。
「美味いなこれ。ドクターおかわりくれ」
「おう、飲め飲め。飲み明かすぜ」
ザグールはただ静観してるだけ。だからといって無理矢理飲ますのは酷だ。というか俺には無理だ。
「あぁ、ザグールは飲むなよ?飲んだら俺らが危ねえ」
「ドクターさっき自分から酒渡したよな?」
「ノリだよ。俺等だけが酒持ってたらザグールに悪いだろ」
「あぁ、意外と思いやりあるんだな」
「とにかく、男水入らずの席だ。腹掻っ捌いて話そうぜ」
酒を注いだコップがまた俺に渡される。その中身を俺は一口で飲み干すとカッと体中があったまって目の焦点も合わなくなってくる。自分が何を言ってるのかも分からなくなってる。ドクターも愉快そうに笑っている。
更に酒が入る。初めて酒に酔うという感覚に身を任せながら、俺達は酒浸りになって夜まで語り明かした。




