大根役者
隣町に来るのは初めてだ。
それといって変わったところはないが、新鮮な感じがする。
「えー、バッキーさん。店に入ったらその格好に相応しい態度でお願いしますよ。嘗められると足元見られるんで」
「わかってるが、この格好いまいち馴れないんだよなぁ」
冒険者のときのコートに比べて息苦ししいし、ぴっちりとしてるし、何より周囲の目線が気になる。
陽も落ちようとしている時間だが街を行き交う人はまだ多い方だ。
「マフィアと勘違いされねぇかな?」
「やー、どうでしょう?私は好きですよ。ミステリアスな雰囲気がとても堪らないです。普段のバッキーさんを知ってると特にね」
その言葉を是非アシュリーにそっくりそのままかえしてやりたい。アシュの場合は逆だが。ミステリアスな雰囲気はなりを潜めて、女性として魅力に溢れてる。
付き合いは短いが彼女のことを女性として意識するのは初めてだった。それっぽい格好と化粧をするだけでこうも変わるものなのか。
スパイの変装スキルか。なんにしても効果覿面だ。
「アシュこそ似合ってるよ。別人みたいだ」
「そうですか?私としてはいつもの格好じゃないとどうも落ち着かなくて。風が下から入ってきてどうにも落ち着かなくて」
「俺には縁のない話だな」
一瞬だけアシュの脚に目を落として、すぐに明後日の方向に目を逸らす。悟られないようにネクタイを締めながら他愛のない話を切り出した。
「こう見えて俺、演技力には自信あるがお前はどうだアシュ? 初心者狩りの時もお前は素のままだったからなぁ」
ふっ、と鼻で笑うアシュに見透かされてるようだった。
俺だってわかってる。アシュがそんなことが出来ない二流のスパイではないことなんて。
「そうですねぇ、そんなことは口で言って証明できるものでもないですから。実証しましょう。この店で」
アシュが立ち止まり、目でその店を差した。古造りなパブのようだ。一見だとこんなところで奴隷の売買なんてやってるとは誰も思わないだろう。
「ここ?」
「えぇ、入りましょ」
「あぁ、待て。役に入る」
思ったより早い到着だがいいだろう。精神を集中させ、深く息を吸って、吐く。思い描く理想の男を自分に投影させる。
いつか映画で観た悪役をそのまま演じるような具合だ。
「入ろうか」
「何か変わりました?」
「問題ないさ。入るぞ」
タイミングも良かった。時は同じく精神汚染も発動したのだ。恥じらいも戸惑いも一切ない。アシュの腰に手を回し、木製の扉に手を掛け、店の中に入った。
店内も外観通り、古風なパブだ。時間帯が早いだけに人は少ないが、気を緩めはしない。
店内をぐるりと見渡しながら、アシュと一緒にカウンターの席までやってきて腰掛けた。
やがてバーテンらしき男が注文を取りに来ると、ハットを脱いで俺は男を見上げた。人の良さそうな、俺の世界で言うイギリス人だ。
二つ指を立て、男に見せつける
「マティーニを。ウォッカで代用するなジンを使え。後はお前の腕に任せてやろう」
男が豆鉄砲で撃たれた鳩のような顔してウォッカって何? マティーニって何? と言いたげに酒を選んでいる間に俺はアシュに合図を送った。
打ち合わせではアシュが相手に奴隷売買の合言葉を言って事を進める筈だ。
アシュに目で合図を送ると、アシュは心配なく、とでも言いたげに一度だけウィンクした。
やがて持ってこられた小グラスで乾杯し、一口中の酒を呷るとアシュは上目遣いでバーテンの男を見つめる。
そして、いつもの飄々とした声色とは打って変わった艶かしい声で話しかけた。
「はぁ、いい日だわ。ねぇマスター、散歩するにはいい日だと思わない?」
それが合言葉であるのは一目瞭然だった。バーテンの男のリアクションを見ればすぐにわかる。緊張で表情が張っているのだ。
男は俺達を品定めするように見つめ、目線を合わせないまま、言葉を放った。
「ペットは犬ですか?」
アシュが笑みを深める。それが意味するのは俺達は合格だということだ。
「いえ、犬より少し大きいの」
男は確信を持って俺達を見る。年齢からしても何処かの富豪のガキが物欲しさに奴隷を買い求めるように見えるだろうか。
それならそれでいいが。
「裏口へお回りください」
アシュは微笑んで小さく頷いた。俺はそのまま酒を全て飲み干し、二人分の酒の代金をカウンターに置く。
「釣りはいらねぇ。とっときな」
席を立ち、男に背を向けると、隣ではアシュが必死に笑いを堪えてた。
外に出るとアシュは耐えられないとばかりに息を吐き、表情を崩して腹を抱えて笑い転げた。
「バッキーさん卑怯ですよ! もう、笑わせに来てるでしょアレ? ゴテゴテの悪人みたいでかえって怪しまれそうでしたよほんとに」
「あんなもんじゃないのか?」
「あんなの見たこともないですよ。もう少し自然体でお願いしますよ」
裏口へ向かいながら、また役になりきるがそんなに駄目だっただろうか。
俺としてはジェームズ・ボンドみたいで良かったと思うが。
店の裏口に来ると、そこにはまた別の男が立っていた。黒ひげを蓄えたその手の仕事をしてそうな偉丈夫だ。
男は俺達を一度だけ見てから手招いた。
「来な。案内するぜ」
俺は何も言わず小さく頷き、男についていく。下手に喋るとアシュが後でうるさいし、黙ってた方が雰囲気出るかもしれない。
男の後を行くに連れて、次第に人目の付かない所に移動しているのは明白だった。奴隷売買なんて公の目のあるところで出来るものではないから当たり前のことか。
いざとなったらアシュがどうにかしてくれるし、そもそも問題が起きなければいいわけだ。
少し歩いたところにそれはあった。大勢の人を収容するには充分なスペースを確保した大きさだ。
ホテルのような宿泊施設を改装したものだろう。
「入りな。奴隷商が待ってる」
男が先んじて建物内に入っていくのを見送ってから俺はアシュに目配せした。
「だってさ。まるで疑っちゃいねえな」
「さぁどうでしょう?奴隷商というのは疑り深くて狡猾な生き物ですから、気を抜くのはまだ早いのでは?」
「別に。気ぃ抜いたりはしないさ。さっさとドクターのお使い済ませちまおうぜ」
ネクタイを締め直し、帽子を目深に被りなおす。まだ精神汚染は続いている。アシュの腕を自分の腕に絡ませることに何の恥じらいもなかった。
「行こうか」
「えぇ、行きましょう」




