謎の襲撃者
赤みを帯びた黒色のローブに身を包み、その素顔は白貌の仮面で隠されていた。
体格は細身で性別の区別がつかない。分かるのはそいつの纏う雰囲気から只者ではないということだけだ。
「この店に用か?生憎、うちの連れが入ってったばっかなんだ。あの狭さだ、これ以上人が入るのは無理だと思うぜ?」
一瞬、気圧されたが、冒険者だとしたら別に可笑しくはない。俺達と同じような目的でこの場に立ち寄った人間だろう。少し馴れ馴れしく話し掛けたが、そいつから返ってきた言葉は、俺が想定していた範囲外のものだった。
「バッキーだな?」
「あ?」
思わず眉間にシワが寄る。
「なんで俺の名前を知ってるんだ?」
そりゃあ俺ぐらいの歳なら知らぬ内に名前を知られる事ぐらいあるだろう。だがこの世界なら別だ。俺の肉体年齢は十代後半だろうが生まれて一週間も経っていないんだ。名前を覚えている人間なんてパーティの面子でも半分程度だ。
目の前の人物に心当たりはない。仮面の裏に変声機でも付いているのか、声は機械的で判別も出来ない。
ならば何だ、冒険者ギルドの関係者か。それなら俺の情報も端末越しに流れているだろう。だが、やっぱり、そいつの言う事は俺の想定の範囲外のものであった。
「お手並み拝見といこう」
そいつが懐に手をやった時に察した。
こいつはおっ昼間の街中であろうことか銃を抜き、俺を殺しにくるのだと。
ローブから怪しげな装飾銃が抜かれる間際、咄嗟に体が動いた。
そいつの腕を蹴り上げ、空いた胸に渾身の掌打を打ち込むと、踵を返し、街の人間に紛れるようにして駆け出した。
掌に痺れるような感触が残っている。耐久値がかなり高い。薬もない今、勝てる相手ではない。そして胸がないからあいつは間違いなく男だ。
テンション下がるな。日に二度目の命の危機だ。事情は知らないが相手は俺を殺しにきてる。
人波を掻き分けひたすらに走る。走る。走る。
息が切れてきた。これだから低ステータスは嫌なんだ。
「逃げるだけか?」
耳に残る機械的声に堪らず振り返る。奴の姿はない。声だけが聞こえてた。
背筋に怖気が走る。底知れない不気味さを感じる。
何処かに逃げ込むべきだ。何処に?何処だっていい!
首を巡らせ、丁度目に入った路地に足を向けた。
前にもあったこんな展開、最悪だ。俺はパンケーキが食いたかっただけなのに。
「どうする……どうしよう……!」
走りながら背のホルスターに収納していたフォース・オブ・アウトローを手に取る。弾を二発素早く装填、入り組んだ路地を適当に走り、どうにか撒けることを願うばかりだ。
無理だと思うが。
「正直な話、がっかりだ」
「マザファッカー!!」
無理だよなぁ。屋上から俺を見下ろしている。地の利を取られた。不味いと思いながらも俺は走る。
それも行き止まりに当たるまでのことだったが。
やっぱりこの展開前にもあったぞ。
何にしても追い詰められた。引き戻そうとすると、行く道を奴に塞がれた。
「どれ程のものか確かめに来たが、時期が早かったか」
「何言ってんだよ?何で俺を襲う?」
「知る必要はない」
改めて男が装飾銃を抜く。アタッチメントの銃剣が良い感じに厨二って感じだ。
男がゆっくりとその銃口を俺に向ける。
「よし、落ち着こう。こんな所で銃なんてぶっ放したらアレが来るぞ。ほら、あの警察みたいなアレだ」
「保安部など恐るるに足らず。そんなこと、お前を消した後に考えるさ、失敗作め」
「何だって?」
先程から考えていたが、この男、俺の出生を知っているようだ。それに失敗作という言葉に妙な引っ掛かりを覚えた。
それと同時だ。男の指が銃の撃鉄を起こした。
「待て、待て待て!最期に一つだけ言っておきたいんだ」
「……聞いてやろう」
「あんた意外とお喋りだな!!」
男が引き金を引くより俺がフォース・オブ・アウトローを発砲する方が早かった。ただし、標的を男ではなく、俺の真下、地面にだ。
薬打った俺なら反動は制御出来るが、ナチュラルの俺は反動で尋常じゃない程吹っ飛ぶ。それを利用したんだ。爆発的推進力で俺の身体は宙に舞い上がり、二階建ての建物を優に飛び越し、屋上に着地を決める。
不慣れなことにふらついたが、すぐに立て直し、また走る。
逃げの一手だがこれでいい。俺の現状はアンリの眼の能力によって屋内にいようと把握されているだろう。だからこうして逃げていればいずれは、
「時間稼ぎで助けを待つ、か。悪くないが……」
またも背後で声。しかし、今度は男はすぐそこまで迫っていた。肩に衝撃と熱と痛みが一度に襲う。撃たれたのだと頭が理解する頃には俺は倒れ伏し、無様にうめいていた。結果的にアンリに射抜かれた傷口を抉るような形となり一撃でKOだ。膝でも立てない。
きっと仮面の裏で勝ち誇っているのだろう。それとも俺のような雑魚じゃあそんな感情も沸かないか。
どちらにしても負けた。死んだわこれ。
こんな時に精神汚染が発動したようだ。もう痛みも痛いと感じないし死ぬ覚悟も要らない。だりぃ。パンケーキだけが心残りだ。
「埋めるには余りある差だ。恥じることはない」
あー、なんか言ってる。耳から耳へ、竹輪のように抜けていく。日に二度も死にかけてる。糞みたいな展開だ。てかこいつは誰だ?急に出てきて殺しに来て何様だ?
まぁいいや。眠い。寝よう。
「どの道失敗作だ。いずれ死ぬ運命だ」
シャット・ファック・アップ。厨二病患者め。さっさと撃て。こっちは疲れたんだよ。
銃を構える。そして、引き金をゆっくりと引き絞った。
「やー、日向ぼっこですか?銃弾が降ってきてますよ?」
ついに幻聴まで聞こえ始めた。末期だ。中毒スキルと精神汚染スキルのコラボだ。最期に聞こえたのがまさかこの場にいるはずのないアシュの声だなんて……
「バッキーさん?バッキーさーん?やー、本格的に日向ぼっこのようですねぇ」
幻覚まで見え始めた。俺の顔を陽気な顔して覗き込むアシュがいる。ありえねぇ。居るはずがない。
「幻覚じゃないですよ。ダメダメなバッキーさんの為にお薬を届けに来ましたよ」
栄養ドリンク、錠剤ときて次は注射だ。注射は嫌いだ。しかも針が馬鹿みたいに太い。
アシュリーの幻覚はあろうことかそれを俺の首筋に突き刺し、薬剤を静脈にぶち込んだ。
冷たい液体の感覚がする。
あれ?幻覚じゃねえ。リアルだ。冷たさが熱さに変わる。一体何を注射した?
「やー、バッキーさんの大好きなステータスアップメディスンの改良型三号です。暴れちゃってください」
視界にフラッシュが焚かれる。全てが冴え渡る。脈拍がスプリントしだす。心臓が飛び出すようだ。もしかしたらもう飛び出してるのかもしれない。どっちでもいい。脳内爽快気分快調。アドレナリンが全身に溢れ出している。全身の血肉が、骨身が、命令している。
厨二病患者を矯正してやれ、と。
「W・T・F・?」
傷が癒えた。厨二病患者もいない。目の前にはアシュリーの幻覚だけ。
「彼なら少し脅かしてあげました。じきに戻ってきます。恐らく今回の依頼とは一切関係ない人間です。気兼ねなくやっちゃってください」
「オーライ、ぶち殺そう」
間も無くアシュの幻覚は影のように姿を消した。そして、予告通りやってきた男に俺は全敵意を向けた。




