下っ端二人のお使い
ホームを出た後で暫く無言のまま歩いた後で、アンリは独り言でも呟くように話しだした。
「彼女は苦手だ。私の眼を以てしても、底が知れない。戦ったとして、どっちが勝つかも分からない。彼女の戦いは何度も見てきたが、彼女はスパイというよりは、アサルターよりの戦士だ。だが、それすらも真偽が掴めない。さっきもすれ違いざまに笑っていた。それがどういう意味かもわかったもんじゃない」
「考えすぎじゃね?アシュはきっと優しい奴だと思うぜ」
街の入り口の手前でアンリは立ち止まった。釣られて振り返ると、彼女は不思議そうに首を傾げていた。どうしてそういえるのか?そう聞きたいのだろう。
確かにおかしな話だ。ほんの少しの間、一度マンドレイク狩りをしたぐらいの付き合いの俺が、全てわかったような事を口にするなんて。
「いや、なんてか……アシュには助けてもらってばっかだからさ。確かにあいつは嫌味っぽいし、隠し事もいっぱいなんだろうけどさ。俺がマンドレイクの悲鳴で死にかけた時も、初心者狩りに殺されかけた時も、あいつは俺を助けてくれて、なんだかんだこのパーティのことも紹介してくれて。それで俺は思ったんだ。こいつは本当は良い奴なんじゃねーかってさ。まぁ、根拠はそれぐらいしかないから、アンリの言葉を全否定するってわけでもないが、それが俺の持論って感じかな」
何を偉そうに言っているのか俺は。そんなことアンリだって良くわかっているだろうに。
だが偽りはない。俺は俺の本音を言ったまでだ。堂々と彼女の反応を待った。
ただ、アンリの第一声は返答というより、俺個人に贈られた言葉だった。
「君は、このパーティに向いてないな」
「え?」
「いや決して悪い意味ではない。こんな仕事だ。およそ性根の曲がった人間が多いが、君はどうだ?冒険者どころか、まるで生まれたてのように純粋だ」
当たってる。正確には二十歳手前だが生後一週間も経ってない。
「非情に徹しきれない。切り捨てるべきものも助けようとする」
オークの時の村の少女が思い浮かぶ。さすが真眼という程はある。俺の事を見透かしているようだ。
「だがそんな初心で、同時に薬を飲んだ時の別人のような君を私は気に入った。君がアシュリーをそう思うのなら私は君の意見を否定しない」
出会いは最悪だったが、彼女とは何かと上手くいける予感がした。俺の予感なんて宛にもならないがそこは気にしないことにするが。
「さて、街に入るがまだ距離がある。何か聞きたいことはあるか?」
「じゃあ一つ、何でアンリはブラックリストに?」
正直、彼女がそのような人間には見えないだけに疑問だった。もしかしたら地雷かもしれない。でも知っておきたかった。後になったら全員から聞くつもりだから。
当のアンリは、なんてことはないとばかりに薄らと微笑んで話してくれた。
「なに、少しやんちゃが過ぎただけの事さ。こんななりでも私は王家の出だ」
何かさらっと凄いこと言ったぞ今。俺が驚愕の顔をしているとアンリも少し驚いた顔でこっちを見ていた。
「スカーレット家は知らないか?ならいい。その話は脱線しそうだ。私は養子だったんだ。王族でありながら冒険者として単独でクエストをこなしていたのだが、ある日、義理の兄と揉めてな。カッとなって彼を半殺しにしたんだ。もちろん勘当さ。同時に冒険者としても死んだ。父の特権で私は晴れてブラックリスト入りさ。身から出た錆というものだな」
「…………」
「だがこれで良かったのかもしれないな。おかげで今は毎日が楽しいぞ。奇妙ではあるが魅力的なメンバーのいるパーティにも入れた。もうどれぐらいになるかも知れんが、最近は毎日が楽しいよ。さて、質問を返すが君はどうしてこのパーティに入った?見た所駆け出しだろう?このパーティの依頼はどれも普段の君には厳しいものだ。そんな過酷な所に何故自ら来たのか知りたい」
そうは言われてもな。実際、興味本位で紹介してくれるよう頼んだらドクターに俺のスキルが気に入られてパーティに入れたわけだが。はて、可笑しいな。それといった理由がないではないか。
別に俺は過酷な現場で仕事したいわけでもないし、ドクターのモルモットになりたかったわけでもない。
ただ、アシュみたいな奴と一緒にいたかっただけなんだ。理由なんてそれぐらいしかない。
「俺は……生きたかったんだろうな。今はただ必死なんだ。この業界で生きていくならこうするしかないと思った。だからアシュにこのパーティを紹介してもらったんだろうな」
「生きたかったのなら、やはり君はこのパーティに入るべきではなかった」
結局、それ以降は二人揃ってだんまりとしてしまった。
気まずい沈黙、知り合ったばかりの人間同士で話すことぐらいたくさんあるはずなのに、会話の種が全く思い浮かばない。コミュ症特有の沈黙だ。辛い。さっさと着いちまえばまた少し口を動かすかもしれないが、何を話せばいいかも考え付かない。
そうしているうちに目的地に着いてしまった。永遠にも感じた十分間だ。とりあえずはその店の外観を見つつ、感想を漏らす。
「まさに隙間営業って感じだな。これで客来るのか?」
「むしろうちらしか来ないかもね。その方がこっちとしては都合がいい」
建物と建物のほんの小さな隙間に建つその店は普通に歩いてたら見過ごしてしまいそうなぐらい細々としていて、いろんな意味で潰れているのかと勘違いさせられる程だ。
「これ入り口あんのか?人一人入れねえぞ」
「ここで待っていろ。彼は人見知りだ。私一人で行ってくる」
「あいよ。じゃあここで待ってますよ」
狭い通路に入っていくアンリを見送り、俺は入口付近で待機する。アンリは建物の壁と壁に挟まれて圧迫死しそうだ。どうしてこんな立地条件で店を構えるのか、ウェポンズマンの人間に問い質してみたいところだ。
アンリがチャイムを鳴らす。人二人も入れそうにない幅だ。あんな所で銃の整備が出来るかと言われれば断じてNOである。扉が開かれ、アンリが中に入っていくのを確認した後、退屈な一時がやってきた。
中がどうなっているのか覗いてみるのも考えたが彼女の能力でバレるし、彼女は待っていろと言った。その言葉通りにしようではないか。
辺りには退屈を凌げそうなものはない。隣は不動産屋と金融業らしき建物だ。俺には縁がない。ただ街を行き交う人々を眺めてはたまに通る冒険者らしき人間の装備を見て役職を当てたりと暇潰しに明け暮れていた。
十分が経つ頃か、未だアンリは出てこない。銃を受け取るのにどれだけ時間がかかるのか。少しの苛立ちを覚えながら入口付近で座り込んでいたとき、俺の前で見知らぬ人間が足を止めた。




