解放活動
「てなわけだ。やるぞバッキー」
「やるって何を?」
「聞いてなかったのか?奴隷解放だよ。楽しいぜ奴隷解放、奴等から見れば俺等はヒーロー、飼い主からみれば悪魔だからな」
「でもそんなに簡単なものでもないだろう?」
「おうよ。国で二番目に偉い奴が態々俺等に依頼するようなことだぜ?こいつを見ろよ。上物中の上物だぜ」
デスクにばら撒かれた書類に目を通すと、何者かのプロフィールってとこか。そこには端整な顔立ちの男の顔写真とその経歴が事細かに載っていた。
「クライス・ドン・マックロイ……変な名前だな」
「まさか知らねえのか?」
ドクターが物珍しいものを見るような目で俺を見ていた。知るわけがない。こっちの世界に生まれてまだ一ヶ月も経ってないんだ。有名人なんて知る由もない。
俺が頷くとドクターは呆れたように説明してくれた。
「クライス・ドン・マックロイ、世界で四番目に金を持ってる上流階級の人間だ。こいつ自身もそれなりに腕の立つ冒険者な上、常に二人以上の護衛が付いてる。警備に雇ってる人間も元冒険者、それも全員がレベル3以上ときた。お抱えの現役冒険者も平均して高いな。お前の第一印象はどうだ?」
「気障な性格してそう」
「当たりだ。金持ちなんてそんなもんさ。人身売買に手を出す奴に碌なのはいねぇからな。さて、本題に入るが、リーダーは不在だ。別の依頼が長引いてる。俺等五人で依頼に臨まなきゃいけねぇが、玄関叩いて正面突破は正直分が悪い。お前ならどうするバッキー?」
「賄賂を贈ろう。それとケーキを備えて『親愛なる隣人バッキーより』って書くんだ。あとは成り行きで」
「成る程、考えておこう。アンリ、意見を頼む」
絶対に採用されはしないな。我ながら馬鹿みたいな策だ。
一方で機械みたいな女、アンリの案は至極真っ当なものだった。
「そうですね、敵地に潜入工作員を仕込むのはどうでしょうか。大富豪ですからね……行商人に化けてみるのはどうですか?」
「あぁ、いいんじゃないか?それもまた一考だ。準備が多くなりそうだな。バッキー、その間に他の奴に挨拶でもしていったらどうだ?手始めにそこのアンリと仲でも深めてみろよ」
隣に並んでた彼女と顔が向き合った。急にそんなこと言われても気の利いたことも言えるはずもなく、互いに黙り込んでしまった。
見兼ねてかドクターが進言してきた。
「そういえばアンリ、お前の銃の整備が終わったってよ。一緒に取りに行ったらどうだ?」
「そうですか、そうですね、彼が良いならそうしましょう」
「うん、まぁ予定はないし。そうだな、この町にも詳しくなっとかないとな」
二人揃ってぎこちなく頷き、足並み揃えて二人、何かに取り憑かれたような堅い動きでドクターの部屋を出た。
「初デート楽しんでこいよアンリ!」
部屋を出た後でアンリは肩を震わせ顔を真っ赤にしてた。意外と感情豊かなのだと感心してると、そこで初めてアンリはフードを脱いで俺と向き合った。燃えるような赤い癖毛がかったショートヘアが綺麗で、目隠しの上からでもわかる美麗な顔立ちは俺も見惚れてしまいそうになる程だった。
「どうした?何か珍しいものでも付いてるか?」
敵だった時は気付かなかったがはっきり言って、可愛い。
「いや、なんかどうしても余所余所しくなっちまうなと思って」
「やっぱりさっきのことを気にしてる?」
「多分そうだな」
「私だってそうだ。矢の刺さった所はまだ痛むか?」
「頭に刺さらなかっただけマシさ」
ふっ、と微笑む彼女を見て少しは緊張も解れたか。アンリは小さく頭を下げた。
「非礼を詫びよう。私も少し堅くなってた。何せホームの留守を任されることなど初めてでな。ホームを守ることしか頭になくて柔軟な対応が出来てなかった」
「わかるよそれ。後でどうしてあんな事したのか後悔するんだよな。もっと上手く出来た、ってさ」
「まさにその通りだ。お詫びにどうだ?さっきパンケーキが食べたいと言っていたが、良ければ私がご馳走するぞ」
「それは助かる!どうも薬使うと腹が減ってよ」
いまいちあの時の事は覚えてないが、ラリった俺はそんなこと言ってたのかよ。
パンケーキね、確かにそんな気分だ。
「先に私の用を済ませよう。前の依頼で愛銃を傷めてな。知り合いのウェポンズマンに整備を頼んで今日それが終わったらしい。それを取りに行く。必要なものがあるなら頼むといい」
「そういえばこのパーティにウェポンズマンは?」
「いない。前にいたらしいがドクター曰く『役立たず』だったらしい。それ以降は全て外注だ。なに、別段珍しいことでもないさ」
前にもそんなこと言ってたな。レベル6のアサルターのことを。彼にとって死んだ人間は誰だろうと役立たずなのだろう。
WSだとメディックに次ぐ不人気職のウェポンズマンだがパーティに一人はいるとありがたい職でもある。何よりも唯一装備の作製を可能としていることが大きい。その分戦闘では役に立つことが少ないため、戦闘を主とするこのパーティには必要ないかもしれない。
ウェポンズマンやメディックのような補助職は金稼ぎに向いてそうだ。腕の立つ人間ならばそれだけで食っていけるだろう。
そんなことを考えてる内に俺達の目の前に二人の人間が立っていた。
「やぁ、アシュとザグールか」
肩並みの揃った俺達とは打って変わって身長も肩幅も、多分性格も、まるで違うカップルだ。
「やー、これはこれは奇跡の生還を果たした新人と、ようやく新人脱却したスナイパーさんじゃないですか。二人揃ってデートですか?」
相変わらず人を小馬鹿にしたような少女だ。年齢的にはアンリと変わらないのだろうが、どちらも歳並みといった感じではない。
「そう言うアシュリーだって私が入るまでは下っ端だっただろう?それと、デートではない。依頼の為の準備だ」
「やー、良いですよねぇ奴隷解放。こんな私達でもヒーローになったような気分ですものね」
ドクターと同じようなことを言うアシュを尻目に置き、俺は隣の見上げる程デカいクラッシャーの男に焦点を当てた。
ザグールと呼ばれてたか、素顔も見えないマスクの所為で表情からの感情が読み取れず、その容姿もあって何を考えているのかわからない。
男を眺めていると、それに気付いたのか顔を下げ、レンズ越しに目と目が合った。
「はは、でかいな。俺はバッキー、よろしくな」
何か言わねばと捻り出した簡素な挨拶だったが、暫く俺を見た後、無言のまま俺の横を通り過ぎて、一際デカいドアの奥に入っていった。
その様子を見てアシュは愉快そうな調子で付け加えてきた。
「やー、ザグールさんは少し恥ずかしがり屋さんなんですよ。後で部屋の方に行ってみるといいですよ。二度目なら彼の本性が見れますから」
「あぁ、うん、そうか」
このパーティのメンバーとのファーストコンタクトは今のところ全員よろしくない。一番酷いのが言わずもがな隣に立つアンリだが。
あとはこのパーティのリーダーか。期待はしないでおこう。
「ところでアシュリー達は何を?」
「やー、ちょっとしたお出かけですよ。これでもスパイですから、ターゲット身辺の調査にね」
「あぁ、成る程。では私達も準備に出るとしよう。また後でな」
言ってアンリは俺の手を引いてアシュの隣を早足で通り過ぎていく。
すれ違いざま、確かにアシュは笑った。俺に微笑みかけるように、でも何か企みを持ったように。彼女は不敵に笑った。




