ビッグビシネス
バッキーとアンリエッタが鉢会う一時間程前だろうか。Dr.マルク、アシュリー、そしてデッドマンズ・サーカスのクラッシャーは依頼をしたいという人間を訪ねる為にホームを空けることにした。
色々と恨みを抱えたパーティだがアンリさえいればどうとでもなる。そう判断したのは彼女への信頼故か、それとも彼女が最も新参であるからか。どちらにせよ真面目な彼女ならホームを任せても問題だろうと外出する三人は信じて疑わなかった。
「お前は喋るなよ。ただ黙って威圧感を醸し出しとけ、いいな?」
ドクターは自分の背後に控えるクラッシャーに釘を刺した。クラッシャーもドクターの言いつけ通りに、沈黙のまま頷いた。見上げる程大きな男はそこにいるだけで彼と一緒にいる人間が普通の人間ではないと感じさせるものがあった。顔を覆い隠すガスマスクのような奇妙な形をしたマスクからは定期的に呼気が排出され、背負っている機械のようなものから伸びたケーブルが彼のマスクや身体に直接繋がれており、はちきれんばかりの筋肉を隠すようにジャケット、その上からアーミーベストを着込んでいる。
その姿は軍人というよりは、改造人間というものに近いか。どちらにしても人間らしさは感じられない。
すると、退屈そうにアシュリーが行き道の他愛のない話として話を切り出した。
「やー、それにしても態々呼びつけてくるなんて依頼人の方も随分と慎重な方だと思いませんかDr.マルク?」
「ん?あぁ、手紙や端末の通信じゃあ名前や依頼の内容を教えてくれないぐらいに用心深い。言い換えれば臆病だ。それも家から出られねぇから俺らの方から来いときた。恐らく後者だな」
「やー、違いないですね」
けたけたと笑いアシュリーはまだ目的地まで距離があるということもあって次なる話題を振った。
「直接呼び出して頼むような仕事です。さぞかし大きくて汚れたものでしょうねぇ」
「予想でもするか。俺はアレだと思うな。貨物船の物資の強奪。資源に財宝がわんさかだぜ?」
「やー、それじゃいつもと変わらないじゃないですか。私はきっと某国の新しい王様の暗殺だと思いますね。彼、やりたい放題ですもの」
「そんなもんなら看板持って道端出ればいいんだよ。誰かやってくれる」
「やー、ナンセンスです」
「……そうだな」
他愛のないやり取りに入りたがってるクラッシャーはさておき、見えてきた家は言うならば豪邸だった。庭には番犬と武装した守衛、赤外線カメラもあるか、広々とした庭、ガーデニングが趣味か。どれにせよ警備は万全だろう。
「って何からそんな身を守る必要があるんだか……」
「やー、紛れもなく後者ですね」
違いないと二人は顔を見合わせてにこりと笑うと、門の呼び鈴を鳴らし、返事を待った。
すると呼び鈴に備えられたマイクから音声だけの迎えがやってきて、代表してマルクが応じた。
「依頼を承ってきた。デッドマンズ・サーカスって言えばわかるな?」
暫しの沈黙の後、門が開かれた。三人は、悠々と門をくぐり、庭を横切っていく。番犬達が物珍しそうに一行を凝視していた。一行のただならぬ雰囲気に惹かれたのか、一行が屋敷の中に入るまで番犬達は食い入るように三人を見届けた。
屋内はまさに豪華絢爛だった。装飾過多という言葉がお似合いか。決して金持ちとは言い難いデッドマンズ・サーカスの三人にとっては嫌味にも感じる程だ。
入口ではメイドらしき人間が畏まった様子で一行を出迎えた。
「ようこそデッドマンズ・サーカスの皆様、旦那様がお待ちです。此方へどうぞ」
「いいねぇこの感じ。まさに大富豪って感じじゃないか」
二、三度鼻を鳴らしドクターはメイドに案内されて屋内を悠々と歩き進む。廊下に並ぶ絵画も、陶器も、彫像も、三人からすれば価値もわからない、言わばガラクタに等しいものだ。
長い廊下の突き当り、妙に凝った装飾のドアの前でメイドは立ち止まった。
ドクターはノックもせずにドアを押し開け、中に入った。
「此処は博物館か?生憎美的センスは誰一人持ち合わせてないんだ」
やや苛立った様子でドクターは来客用に設けられたソファにどっかりと腰掛けた。依頼人は自身のデスクで何か物思いに浸るような、落ち着きのない様子だった。椅子毎背を向けていて表情は見えなくとも、その場の誰もがその男の心理状態の悪さを把握していた。
依頼人の男はゆっくりと椅子から立ち上がり、三人に向き直る。
「よく来てくれた」
男の顔を見た時、三人はそれぞれが別の反応を見せた。
ひたすら沈黙を貫くクラッシャー、驚いた風に手を口に当ててるアシュリー、そして、当のドクターは、必死に笑いを堪えていた。
「あぁ、そうか!そうだよなぁ!ははっ、そりゃあ仕方ねえよ。俺たちの方から出向いてやらねぇと。まさか、この国で二番目に偉い奴からの依頼だなんて誰が予想出来るよ!?そんな奴がこんなパーティに依頼だなんてよ」
白髪の初老の男は他でもない、この国スワルダの外交長官、ギャッツ・センブランスその人だ。スワルダで生きる者なら誰だって一度は顔を見たことはある程の有名人がブラックリストに登録された人間だけで構成されたパーティに依頼を出すなど、それこそ世に知られていいことではない。
すっかり機嫌を取り戻したドクターは早速本題に入った。
「まぁ、金さえ貰えれば俺等は何だってするぜ。なんならあんたをこの国で一番偉い人間にしてやってもいいが?」
「……いや結構」
至極落ち着いた調子でギャッツはドクターの言葉に対応し、少し間を置いて依頼の内容を口にした。
「つい先月、妻と別れたんだ」
「あぁ、知ってる。あんたみたいな人の情報は嫌でも入ってくるからな。それで?それと依頼に何の関係が?」
最近の話題なだけに興味のない事柄であっても記憶には残っていた。理由こそ不明だが歳の差は二十近く離れていただけに意見の食い違いも多々あっただろう。
そこで三人の中で同じような思考が一瞬だけ脳裏に浮かび上がった。元妻の殺害だ。権力者ならよくあることだ。現に何度か別の依頼ではそのような事例が存在している。だが、ギャッツの雰囲気はそんなどろどろとした醜悪なものではなく、どこか哀愁を感じ取れるようなもので、人を殺すような依頼を頼む人間のものではない。
ギャッツは言葉を続けた。
「ならその後の妻の行方は知ってるかね?」
「さぁ?見当もつかないね」
心から興味なさそうにドクターは首を竦める。
少し言いづらそうにギャッツは息を呑み、か細い声で告げた。
「彼女はね、奴隷に堕ちたよ」
「あぁ、成る程な」
パンッ、と、乾いた音を立ててドクターは手を叩きあわせた。此処まで言われれば三人の誰もがギャッツの依頼内容を理解した。
「つまりアレだ。奴隷に堕ちたあんたの元妻を買主から取り戻して欲しいってわけか?」
「その通りだ」
「いいねぇ、そういうエゴの塊みたいな依頼は大好きだぜ。で?どれぐらい出せるよ。あんたを捨てた元妻のために?」
「一億出す。やり方は問わない。君達の腕と実績を見込んでの頼みだ」
「上等。前金に二千万寄越せ。それと奴隷の買主の情報もだ。後は任せろ」
久々の大仕事、金よりも先にドクターは依頼遂行までのプランを今から練っては活気に満ちた笑顔で雇用主と契約の握手を交わした。




