ステータスアップメディスン
翌日になって、俺はドクターの部屋で治療を受けていた。昨日は応急手当を受けた後で死んだように眠ってしまっていた。
先ず、俺がさっき飲んだ薬はドラゴニックαという所謂竜化薬たる代物らしい。それが何故クローゼットにあったのかは置いといて、その作用として服用者にドラゴンの力を授けるもので、低レベル冒険者でもたちまち高難度の依頼もこなすことが出来るという俺にとってまさに理想の薬品だ。副作用を除けば。
「服用中、服用後に過度な精神への様々な異常、凶暴化、著しい判断力の欠如、円形脱毛症、PTSD、解離性同一性障害の発症、寿命の短縮、最悪死亡、人によるがどれかが後遺症として残るな」
「悪いドクター、あの瓶の中身全部飲んだ場合どうなるかな?」
「四十代までには棺桶だな」
とのことだ。あと二十年生きられるなら上々だな。そもそも俺は一度死んだらしいが。心臓が一度止まったらしい。脈はなく、瞳孔も開いていたとのこと。
オークをぶっ殺した後、ドクターが迎えに来てくれたらしい。その時には既に虫の息だったらしく、ホームに連れて帰られ、治療基、改造を施したが間に合わず、俺の心臓は機能停止、パーティの習わしに従って死者は退職金と装備を持たせてゴミ出しの日に出すということで俺の空白の記憶は埋まったが謎は残ったままだ。
何故俺の心臓は再び動き出したのか。ドクターに聞いても思い当たる節はないと言う。
「いや、だが良かったな。基本ゴミの中身なんて確認しねえからもう少しでプレスされて燃やされるとこだったな。そうなったら業者は知らない内に殺人犯だし、俺は酷く良心を傷付けていただろうよ。お前の謎には興味が尽きない所だが、まぁ何にせよ初依頼ご苦労だったなバッキー。やれば出来るじゃねえか」
「あぁ、結局依頼の方は成功ってことでいいのか?俺、あの子の世話とか全く出来てなかったけど」
「何言ってんだよ。村困らせてたオーク退治しといてそれ以上何しろってんだよ?村の人間も大喜びだったぜ。次からは贔屓にさせていただきますだとよ」
そういえばあの子の名前も聞けなかったな。また会う機会があるかも分からないが、会えるならお互いもっと知り合いたいものだ。この世界で知り合いが少ないからか。一人一人との出会いを大切にしたい。
さて、ドクターの部屋で治療を受けながら、ついでに竜化の後遺症の鱗も全部剥いだ後で改めて俺はドクターに問い詰めた。
「ところでドクター、あの薬、危なくなったら飲めって渡された薬、アレは一体何だったんだ?糞不味いしやたら力も出るし不味いし、ただの栄養ドリンクなんてもんじゃないよな?」
「あぁ、アレか。俺の試作二号だ。正式な名前は決めてないが、ステータスアップメディスンってとこか。冒険者のステータスを一時的に一段階から二段階まで引き上げることが出来る。お前の薬効スキルも加味して考えて三段階は軽いな」
「で、副作用は?」
「もちろん倍だな。前に試作一号をアンリに飲ませたらホームを飛び出して行って三日後に浮浪者と一緒に道端で寝てるところを発見されたよ。前後の記憶がなくて困ったが、俺としては都合が良かったな」
どうして彼の薬はまともなものが無いのか。副作用はどれもただ事ではないものばかりだ。円形脱毛症なんて本気で嫌だ。さっきから鱗を剥いだ跡もヒリヒリするし、矢を抜いた跡なんかは焼けるようなものだ。
「アンリ、あのスナイパーの名前か?」
「あぁ、生真面目で腕もいい。何より思いやりのある奴だ。やろうと思えば一射目で心臓でも脳味噌でも貫けただろうよ。でもそうしないのはあいつの優しささ」
「それはどうだかね」
人の話も聞かずに襲い掛かって来られた身としてはドクターの言葉は悪い冗談にしか聞こえない。俺は顔を引きつらせ疑問の色を浮かべたがドクターはその根拠とばかりに彼女の話をしだした。
「あいつの目隠し。アレはな、あいつの強すぎるスキルを抑えるための言わば拘束具のようなものなんだ」
「強すぎるスキル?」
それは予想外だ。俺の見立てではあの布は視覚補助の装備と見ていたが、まさか自らの能力に制限を掛けていたというのは考えもつかなかった。
「真眼ってスキルを知ってるか?」
「何だって?」
ありえねぇ、と思わず呟いてしまった。
真眼スキル、WSにオカルト的に伝わるスキルの一つだ。WSをそれなりにプレイする人間なら誰もが知っている。ただ、そのスキルを持った人間は誰一人見た者はいない。それは最早伝説のような存在、ゲームで言うならバグに近いもの。スキル習得率0.0001%の難関を潜り抜けることが出来る超幸運の人間がいなかったことで俺がWSをプレイしていて真眼スキルを見たことはなかった。
その効果は凄まじいもので、簡単に言うと全てが見える。範囲こそあれどその範囲内のものの全てが見えているのだ。見えるものならば何であろうと彼女の眼を欺けない。この世界のスキル習得率がどうかは知らないが彼女がそのスキルを持っているというのならドクターの言葉にも納得できてしまう。
「知ってるなら話がはえぇや。あのスキルのぶっ飛び具合はおかしなもんだぜ。持ち主が真面目すぎるのが少し残念だがな」
「違いないや」
男二人、声高々に笑っていたところだった。扉が二回叩かれて、部屋に一人の少女が入ってきた。先程の話が真実なら二人のやり取りも完全に見透かされていたということだが、俺らはすっかり忘れていた。
「おー、アンリか。何しに来た?」
「……後で部屋に来いと言ったのはあなたの筈ですが」
「あぁ、そうだったな。入れよ」
先刻の怒りきったドクターはすっかりなりを潜めているのは彼女にとっても俺にとっても朗報だったろう。マッドがキレると何されるかわかったもんじゃない。
目隠しプレイの少女ことアンリは俺に気が付くと小さく会釈し、椅子に腰掛け、俺に向き直った。
「昨日は迷惑をかけた。アンリエッタ・スカーレットだ。ここのみんなからはアンリと呼ばれている。君も気兼ねなくアンリと呼んでくれ」
握手を求めて差し出してきた手は包帯で肌を一切露出してはいなかった。目隠しの所為か今一つ表情の変化も見られないしアシュリーとはまた違って底知れない感じがある。
「バッキーだ。あんまり良くない初対面だったが、仲良くやろうや」
一応の和解の証として握手を交わすと、二人揃ってドクターに向き直った。
「何だよ二人揃って畏まりやがって。ホームぶっ壊すことなんて誰にだってあんだから長々と引き摺んなっての。俺がお前を呼び出したのは今度の依頼の話の事だ」
「あー……俺は出てった方がいい?」
「いやバッキー、今回はお前もいてもらうぜ。お前の二回目の依頼だ。暴れてもらうぜ」
最近死にかける事が多いのだが、またもやその手の依頼か。次のはもっと簡単なものが来てくれるといいのだが、
「お前今世間でホットな話題を知ってるか?」
つい最近生まれた身だぞ。
分かるはずもなく、俺は首を横に振る。ドクターは心から楽しそうな笑顔で言った。
「奴隷売買だ」
よし、生ぬるい考えは撤去だ。一度死んだ身だ。覚悟を決めよう。
ドクターは笑みを深めると俺を指差して告げてきた。
「バッキー、お前の二つ目の依頼は奴隷解放だ」




