再会
結局、ホームの場所を教えて貰うことも出来ず、俺は宛てもなく、街道を歩いていた。
ブラックリストだらけのパーティだということもあって評判については期待していなかったが、まさかあそこまで酷いとは思いもしなかった。何をしたなんて考えはしないが碌な事ではないのだろう。というか、まずは俺が何故パーティを追い出されたかを考えるか。
依頼を失敗したから、というのが有力な線か。確かに草むしりも家畜の世話もしたけど、肝心の子供の世話を殆どしていなかったわけだ。オークから助けるのと世話は違うだろうし、それで依頼を完遂出来なかったということで俺はパーティを脱退させられたという説を推してみよう。
次に何故ゴミ袋に包まっていたのか。たとえ酔っ払ったとしてもゴミ袋の中で寝たりはしない。当たり前のことだ。つまり俺を誰かがゴミ袋に突っ込んでゴミに出したということだ。何故記憶がないのかもわかったもんじゃない。薬の副作用か、それかオークに殴られた衝撃か、はたまたあの後誰かに何かされたか。どれだとしてもよろしくないな。
そういえばステータスはどうなったか、あれだけやったんだ。少しは上がっていても良いはずだ。暫し気分を入れ替えて、俺は端末を弄り、期待に胸を膨らませ、ステータス画面を開いた。
バッキー
Lv.1
種族:人間
装備品:フォース・オブ・アウトロー グロッグ17
メインクラス:アサルター
サブクラス:アサルター
体力:D
筋力:D−
耐久:E−
敏捷:D
幸運:E
魔力:-
スキル:精神汚染D 薬効C 中毒D
少しだけ上がったか。おまけにまた謎のスキルを習得してしまった。これではまるで俺が薬中みたいじゃねぇか。服用一回で中毒スキルが付くのはどういうことなんだ。またもやスキルの枠が埋まってしまった。
それにしてもステータスの伸びが少ないのはどう考えても気のせいじゃない。レベル2じゃあどうにもならないハイオークを三体も倒してこの伸び率はどうにも引っ掛かる。恐らくだがあの薬が何か関係してるのだろう。レベル1であれだけの力が出せるのだからそれなりの代償もあるだろうし、ステータスの伸びが小さいぐらいなら軽いものか。それにしても強烈な薬だった。味も効果も規格外ときた。ドクターの腕前も相当なものなのだろう。ただ、趣味は悪そうだ。だから、ブラックリストに登録されたのかもしれないが。
何にしても帰ることが出来なければ、俺はまた独り身となってしまう。その時はまた別のパーティに入れてもらうが、出来ることならあのパーティに戻りたい。どんな形であれこの世界で初めて入れてもらえたパーティだ。そう安安と諦めたくないんだ。
せめて、誰かに道だけでも聞ければいいのに。そんなことを考えていたときだった。
「おい、そこの者、もしやバッキーか?」
俺の名を呼ぶ声がした。幼い少女の声、その割に古臭い喋り方、そして俺の名前を知っている、該当する人間はただ一人だ。
「完璧なタイミングで現れてくれたなリオン!」
振り返りながら俺は少女の名前を呼んだ。予想通り、そこには俺をこの世界に転生させた張本人、リオン・ラディ……下の名前は忘れた。とにかくリオンがいた。ただ、前会ったときのようなドレス姿ではなく、全身を覆うようなローブを被って、慌てるような素振りで俺の口をふさいできた。
「声が大きいぞ。我は秘匿の身なのだ。こんなところでばれたら大騒ぎだ」
そういえば王様の娘だったな。白昼堂々と一人で出歩けるような立場じゃないわな。
「じゃあ何でこんなとこいんだよ?」
「決まっておろう。我は独り身だぞ?買い出しも我自ら赴くのだ。偉かろう?」
「あー、そうだな。偉いぞリオン」
まるで初めてのお使いの子に出会った気分だ。人間一人召喚するより一人でお使いの方が彼女にとって偉いのだろうか。別にどっちでもいいが。
「それでどうだ。この世界でのお主の調子は?」
「すこぶる順調さ。パーティにも入れてもらって、さっき依頼をこなしてきたところさ」
「それは! ははっ、なんと言えば良いか」
俺の進展にリオンは少し困ったように顔を横に振り、にやりと口角を吊り上げた。
「こんなところで立ち話もなんだ。そこらの店で話さんか?」
リオンの指差した先がちょうどさっき出てきた居酒屋だっただけに俺は全力で拒否した。
「昼から居酒屋なんてのもな。もっとお洒落なとこにしようや」
「ふむ、確かに若者二人の他愛のない談話には今ひとつかの。そうだな、一つ小洒落たところで茶でも飲むか」
それならいいや、と俺も頷き、リオンに同行することにした。予定もないし、もしかしたらホームの場所もリオンなら知っているかもしれない。
俺はリオンに案内されて着いた先の『小洒落たところ』で、ドリンクバーとケーキ頼んでふてぶてしくソファに座り込んでアイスティを飲みながら、俺の初めての依頼について語ってやった。
「そこで、ドカン!バラバラになったオークに言ってやったのさ。『あの世で閻魔様ファックしてきな』ってさ」
「ほほぉ、すごいではないか。我ではオーク相手など到底出来ないことだぞ。正直に言おう。驚きだ。まさかここまで成長が早いとは。我の目に狂いはなかったわけだ」
いろいろ情けない部分を端折ったからだいぶ勇ましく聞こえるが実際はかなり際どいところだった。でもいいよね。自慢話に誇張は付き物だ。
リオンは心から嬉しそうに笑い、ちっちゃなティーカップに注がれたコーヒーに口を付けた。
「苦いの。砂糖が足りてなかったか」
子供らしく舌を出し、シュガースティックを大量に投入し再度口を付けると、うむと満足そうに頷いた。
「苦いコーヒーは苦手だ。カフェラテかカプチーノが良いのぉ」
正直その二つの違いが俺には分からないがリオンは甘党なのだということがわかった。その癖大人振ってコーヒーを注いでくる背伸びしたがり屋でもある。その癖一人でお使いは褒めてもらいたいらしい。
つまり子供らしいということか。俺をこの世界に呼び出した張本人な上、冒険者としてもレベルが上なだけに目上として見てしまうが根は子供なんだなと改めて認識した。
「それでリオン、一つ尋ねたいんだが、この銃は何だ?」
そう言って俺は背中の散弾銃、フォース・オブ・アウトローをテーブルの上に置いた。流石に喫茶店で出すのは控えた方がいいと思ったが周りには意外と冒険者は多かったし、別に良かっただろう。
「俺にこれをくれた時、俺の筋力でも扱える代物だって言ったのに、いざ撃ったら酷い目に遭ったぞ?」
馬鹿みたいにノックバックする所為で素の俺では反動に負けて自分の方が吹っ飛ぶ始末だ。それもオークに殴られたのかと錯覚するくらいに強烈ときた。
「アレ?それはおかしいな。そんな設計にした覚えはないが……どれ、見てみよう」
リオンはそれを手に取って凝視した。ウェポンズマンの固有スキル、鑑定スキルを発動させているのだ。未知の装備の特性を見抜くことが出来るのはウェポンズマンのみ可能とするものだ。レベルが高ければ高い程その装備の情報を読み取ることが出来るがリオンのレベルは3、それなりの鑑定スキルはあるだろう。
リオンは暫く目を細めて、俺の銃を見て、それらしく何度か頷くと、銃をテーブルに置き俺に顔を合わせた。
「今日は驚きの連続だのう。いやはや我は自身の才能が怖いぞ」
唐突な自画自賛。俺が何のことか尋ねるとリオンは無い胸を張った。
「優秀なウェポンズマンはのぉ、装備にスキルを付与することが出来るのだ。我が作り出したフォース・オブ・アウトローには偶然にも……違った、狙い通りスキルを付与することに成功したようだ。それがノックバックスキルBだったのだ」
「成程、偶然付いたなら仕方ないな」
「だから偶然ではなくて! 我が意図してそうしたんだ」
「はいはい、そういうことにしとくよ」
からかうのは程々に、原因もわかったし、俺はフォース・オブ・アウトローを仕舞いつつ本題に入ることにした。
「それで、俺のパーティの話をしたいんだが」
「おぉそうだった。お主の入ったパーティをまだ聞いてなかったの。こう見えて冒険者の勢力図には詳しいのだ。話してみろ。我が講評してやろうではないか」
「随分な自信だな。あぁ、驚いたり引いたり、それに罵倒したりするのはやめてくれよ。リオン、デッドマンズ・サーカスってパーティを知ってるか?」
リオンの背後で雷が鳴ったようだ。あくまで表現の話、氷のように凍り付いた表情のリオンになんて言われるか予想は大体出来た。
「どうしてあんなパーティに入ったりするかのぉ!?」
一言一句予想的中だ。改めてそんなに嫌われてるのは正直悲しいしパーティの一員の俺も傷付く。
「あそこがどんなところか知ってるのか?殺人、強盗、誘拐、死体処理、金さえ貰えればればなんだってするならず者集団なのだぞ!?」
「リオン、声でかい」
場所が喫茶店なだけに周りの反応もそんなに無いが、そのパーティ名を口に出した途端に注目を集めだした。
俺はリオンを宥めながら、その経緯を話した。それでも渋い顔をしたリオンに率直な気持ちを打ち明けた。
「心配してくれてるならありがとなリオン。でも俺はあのパーティでやってくよ。なんつーか、嬉しかったんだよ。曲がりなりにも俺を助けてくれて、こんな俺を受け入れてくれたパーティでやっていきたいと思ったんだ。まぁ、アシュリーには反対されて、ドクターからはモルモット扱いなんだろうけど、上手くやるさ。だから、リオンが反対しても、他の人にどれだけ蔑ろにされようと俺は絶対に後悔はしないし、パーティを抜けなんかしないぜ」
それでもリオンは納得したような顔はしてくれなかった。そうだろう。口でどう言おうと俺のパーティはブラックリストの集まりだしそんなところに自分から入ったとならば失望もされるだろう。
「お主を送り出すとき我はお主に好きなように生きろと言った」
「そうだったかな」
「お主は我の言葉通りに生きている。だから我はもう止めない。代わりに約束してくれ」
「なんなりと」
「次会うときまで生きていると誓うんだ」
「それはまた楽なことだ」
俺は笑って応え、リオンと約束を交わした。生きてやるさ。たとえ死んでも約束は守るだろう。
「それではそろそろ買い物に戻るかの。色々話せて良かったぞバッキー。次会う時はもっと我を驚かせてくれ」
「おう、任せとけ。それで一つ頼みがあるんだ」
「なんだ?金以外のことなら聞いてやるぞ」
「俺のパーティのホームの場所を知らないか?」




