嫌われ者
何処の国のレストランだか知らないが、食えれば何でもいい。
WSの酒場にそっくりだ。というより店の雰囲気は前と同じような冒険者の溜まり場といった風だ。居心地は悪くない。寧ろこんなわいわいとした感じは歓迎だ。
それぞれのパーティが囲うテーブルをすり抜けるように横切り、俺は店主らしき人物の目の前のカウンターに腰掛けて注文をした。
「上等なビールを一杯、それとステーキが食いたい。良い具合に血が滴ってるのを頼むよ」
「……はい」
店主はバーテン服を着た禿頭の男だった。細身でひ弱そうだが、その鋭い眼差しと頬から縦に伸びた傷痕から元は冒険者だったのかもしれない。だから此処はこんなにも冒険者が集まっているのか。兎にも角にも店主は注文を取って厨房の方へ伝えた後、物静かに佇んでいた。
待っている間にこれからのことでも考える事にした。ドクターの元を訪ねたいが現在地も分からないし、この世界の地理はさっぱりだし困った。いや、こんなときの酒場のマスターか。
「マスター、この国は何処だ?」
「……スワルダ、西方の国です」
やっぱ聞いたことのない国だ。アシュかドクターにホームの住所を聞いとくべきだった。あのパーティはなかなか良さそうだった。それこそゲテ物シチューを食わされた以外は不満はない。死にかけはしたがやり甲斐はあった。それに、二人とも個性的だ。他の面子もきっとそうなのだろう。あんなパーティを逃す手なんて馬鹿のすることだ。
そこで良い事が思い浮かんだ。恐らくデッドマンズ・サーカスは名の通ったパーティの筈だ。パーティが大量に集まるこの酒場だ。誰かホームの居場所を知る人間がいてもおかしい事ではない。俺はカウンターから半身を乗り出して店主に聞いた。
「なぁマスター、デッドマンズ・サーカスってパーティ知ってるか?」
そのパーティは名前を口にした直後だ。喧騒にも近いざわめきを持っていた酒場が途端に静まり返り、視線が俺に集まった。穴が空きそうだ。
「私がそのパーティを知っているとして、何が知りたいのですか?」
店主も声が威圧するように低くなった。俺は言いずらそうにしながらも店主の問いに答えた。
「あー……俺がそのデッドマンズ・サーカスの新入りでホームの住所を聞き忘れてたから誰か知ってないかな〜、なんて思って」
俺と他の人間との輪が縮まってきた気がする。鞘から刃物が抜かれる音も一緒だ。ついでにウェイトレスが上等なビールと血の滴るステーキを運んできた。思い出したかのように腹が鳴り、フォークを取り、肉にかぶりついた。血の味と牛肉の旨味に絶妙にスパイスが効いて美味い。久しぶりにも感じる動物性たんぱく質が胃から全身に行き渡るようで、大きな満足感を得られた。ビールを一気にジョッキの半分まで飲んでみたが、まだ俺の感覚じゃあビールは無理だった。もう少し歳をとれば美味く感じるかもしれないが苦味が先行して旨味がわからない。ステーキをもう一口頬張って咀嚼していると、店主が俺の問いに答えてくれた。
「その答えなら此処の人間なら私を含め誰もが知り得ることでしょう。ただ、快い感情を持つ者はそういませんが」
「あぁ、ならちょっと聞いてみるか」
ステーキを一口で食べ終わり、おかわりを注文した後、席を立つと人相の良さそうなパーティを見定めて、聞いてみることにした。
「なぁ……」
「気安く話しかけんじゃねぇ」
「ぶち殺すぞ」
聞く相手を間違えたらしい。何も言わずに撤退し、次に切り替えた。
「なぁ……」
「殺すぞブタ野郎」
「剥製にされてぇか?」
俺が何をしたって言うんだ。豚野郎はないだろ。泣く泣く椅子に戻り、新しいステーキに噛みつきながら店主に尋ねた。
「もしかしてうちのパーティって嫌われてるの?」
「はい、それはもう酷く」
普段何をしているのか何となく想像は出来てしまう。ドクターとアシュだけで大概なのに他の面子も合わさったらさぞかし凄いことになってるのだろう。
すると、今度は店主の方から質問が飛んできた。
「貴方は何故あのようなパーティに?正直なところ、とてもあのパーティの人間には見えませんが」
周囲から見た俺のパーティは一体どんなものなのか不思議なところだ。まるで屑の集団のような扱いではないか。俺は少し渋い表情をして店主の質問に答えた。
「あのパーティなら上手くいくと思ったんだ。形は違えど、俺を初心者狩りから救ってくれた人と一緒のパーティにいたいと思ったからさ。だから、こうも酷い扱いだと正直傷付く」
それを聞くと店主は改まるように顔を伏せた。俺の気持ちを汲んでくれたのかもしれない。気持ちが軽くなるようだった。しかし、周囲の反応は違う。聞き耳を立てて、冷やかすような嘲笑が少なからず聞こえた。
俺の方を横目で見るパーティの人間の中には毒を吐く者もいた。
「傷付くだってよ。散々周りの人間傷付けといてそれはねぇよなぁ?」
「何も知らねえガキが良い身分だぜ」
言い返す気はない。俺はあのパーティの全容をまだ知っていないし、男達の言うこともまた事実であろう。
それでも居心地が悪いことに変わりはない。俺も店主も。残りのステーキを早口で食べ終えると金の入った封筒から何枚か御札を出して支払いを済ませ、粘つくような視線を振り切るように、足早に店を去った。




