転生
頭が痛い。自分が何をどうしてこうなったのかも覚えていない。集会所の酒場で飯でも食べようとした後、急に視界が暗転してしまったのだ。
後で絶対に運営に愚痴ってやる。これは明らかな不具合、もしくはサーバーのエラーだ。しかし可笑しい。もう数十分が経とうとしている。普通なら強制ログアウトぐらいの処置を施してもいいような頃合いなのに、一向にそのような気配はない。
「成功か?」
鈴を鳴らすような声が聞こえてくる。聞き覚えのない、綺麗な声だ。
どうやら意識が戻ったようだ。ゲーム内とは違ったはっきりとした感覚が蘇ってくる。運営の糞みたいな対応の遅さに苛立ちながらも、目を開けると、そこは俺の家ではなかった。
「…………は?」
天井も、壁紙も、匂いも、何もかもが俺の家とは違う四畳半ぐらいの一室には一人の少女がこっちの顔を喜々とした表情でのぞき込んでいた。
「成功だ!」
ウサギみたいに少女は跳び上がり、俺の腹の上にのしかかってくる。重くはない。ただ圧迫感が酷く、俺は起き上がって少女を跳ね除けた。
転がる少女は取り敢えず無視して、俺は部屋一帯を見渡した。
変な模様の壁紙に気味の悪い印を描いた張り紙は、まるで、RPGに出てくるような魔法陣を思わせる。
日本か此処?もしかして拉致られた?いやいやそれはないだろう。そもそも家でフルダイブ中の俺をどうやって此処まで運ぶのかって話だ。
どうも事情は目の前の少女が知っているような気がした。
まだ幼く、歳は八つぐらいか。黒いウェーブのかかった短髪に黒と白のドレスを着ている。俺は起き上がり、少女に詰め寄った。
「なぁ、俺に何かした?」
「お主、もう動けるのか?」
「質問を質問で返さない。ここはどこで君は誰?」
「そうかそうか! どうやら我の術式は正しかったようだ!」
話が噛み合わない。それに服装から言動まで痛々しいときた。
イラッとしてきた。軽いデコピンぐらいなら構わないと思う。
「質問に答えよう。率直に言うとそうだな……お主は転生したのだよ」
「あぁ、成程ね」
「お主、驚かないのか?」
「どうもまだゲームの中っぽいわ」
どうやら運営はバグから次回のイベントの内容をリークしてしまったようだ。さっきから話が噛み合わないのもその所為だろう。
「ふむ、やはり最初は誰も信じぬものなのか。仕方ない、少し手荒に行かせてもらう」
少女の手に光が走ったと思ったら急に俺の身体が宙に跳ね飛ばされ、そのまま壁に叩き付けられた。
強烈な痛みが走る。ゲームで銃に撃たれるよりも遥かに痛い。
現実、これが現実なのだと身体が理解する。
「信じて貰えるかの? お主は転生したんだよ。お主の大好きなゲーム。ウォーリアーズ・シックスの世界にね」
「は?…………ハアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!?」
「ふむ、思ってたよりも凄まじい反応だのう」
「W T F!」
「なんじゃそれは?」
「ホワッザファックだよ! なんじゃそれだよ!!」
「だが信じるしかあるまい。先のこれがその証明だ」
少女の手の平の上で輝く物の正体、それがWSに出てくる補助アイテム『斥力発生装置』であると気付くや俺は頭に手を置き目の前の現実に目を向けざるを得なくなる。
ここが本当にゲームの世界でそこに転生した?そこで一つの疑問が頭の中で浮かび上がった。
「転生ってことはさ、俺って……死んだのか?」
「いや、正確には違う。転生というのは言葉のあやでな。本来のお主は今頃、酒場で仲間を募っている頃さ」
「おい、じゃあ今此処にいる俺は何だって言うんだよ?」
「そう、そこが本題だ。お主はな、人格だけをお主の本体からコピーして新しい身体に移し替えた存在なんだよ。だから転生とは少し違うかのう」
「じゃあ、この身体は……?」
「お主のアバターとやらを見本にして我が造ったんだよ。見るかい?お主の新しい身体」
部屋の隅っこに立てかけられた鏡に俺の全身像が映し出される。
一緒だ。凛々しい顔立ちも、艶の消え失せた癖がかった黒髪も、ぱっちりと開いた眼も、その中央にある赤い瞳も、黒地に赤いラインの入ったコートも、何もかも。
前の俺より遥かにイカしてて、背も高く、最高にイカしてる。つまり超イカしてる。
「じゃあさ、理由を教えてくれないか?どうして俺が呼び出されたんだ?」
「それはな、この世界が深刻な問題を迎えようとしているんだよ。それを解消するためにお主が呼び出された」
「それってアレか?魔王を倒してきてくださいみたいなアレなのか?」
「いやいや、そんな大それたものじゃないさ。ただお主にこの世界である職業に就いてもらいたいんじゃ」
「それってもしかして勇者とか?」
「ただの冒険者じゃよ。そこいらの者と同じな」
どうやら特別な存在というわけではないらしい。少しショックだ。
「魔物を退治したり迷宮を探索したりするのが主な仕事でな。ただ最近の若者はどうも根性がなくてのぉ、ちょっとオークに跳ね飛ばされただけで音を上げるような奴ばかりなのだ。現状、職業人口は減るばかり、そこでお主のような向上心の塊達にその穴を埋めてもらおうと思ってお主を呼んだのだ。あぁ心配は無用。もうお主の身分証と冒険者ライセンスは発行済みじゃ。光栄に思え。お主は今日から冒険者だ」
拒否権はないってやつね。元の世界に心残りがないと言えば嘘になるが、ここは実在するゲームの世界。ワクワクしない方が無理だ。
「さて、お主には色々と説明していかねばならぬが、ところでお主WSのストーリーは把握してるかの?」
はっきり言ってWSのストーリーなんてあってないようなものだし、うろ覚えでしかない。
異世界で魔法が使えない人間が魔物に立ち向かうべく銃火器を開発し立ち向かうみたいな設定にクラスとスキルを付け加えたようなゲーム内容だが、正直モンスターと戦うより対人で撃ち合ってた方が面白いというのが俺の感想だ。
俺が首肯すると少女は機嫌の良さそうに鼻を鳴らした。
「ならば話が早い。そして何故こんな世界が存在するのかというとだな。あのゲームは我等の世界をモチーフに我の祖父がお主達の世界に入り込んで作ったものなのだよ。こっちからの干渉はやりたい放題だ。だから我はこうやってお主の人格をコピー出来たし、勿論お主のステータスも引き継いでやったぞ」
それは実にありがたい話だ。俺のステータスは客観的に見てもかなりの高水準だ。スキルも良いものが揃っている。それだけに負け続きの前チームには嫌気が差していたのだ。
「腕の端末を弄ってごらん。それでステータスが見れるよ」
ゲームとまるで同じの端末が腕に装着されていた。小さな液晶に指を滑らせ、ゲーム内で何度もしてきた操作をすると、半透明のウィンドウが開き、俺のステータスが開かれた。
バッキー
Lv.1
種族:人間
装備品:なし
メインクラス:アサルター
サブクラス:アサルター
体力:D
筋力:E−
耐久:E−
敏捷:E
幸運:E
魔力:-
スキル:なし
WTF.
俺は目を疑った。これは酷い。初期値だ。生まれたてだ。動悸がやばい。とにかく落ち着こう。説明を聞くべく、俺はウィンドウを回転させ少女に向けた。
「これはどういうことなんだい?」
「ん?ん?あれ?可笑しいな……父がやってた時は上手くいったんだが……難しいものだのう」
「難しいとかどうとかじゃなくてこれ、戻してくれるよな?」
「うーん……無理だな。一度引き継いだ能力値は元に戻せんのだ。すまんな、また一からやり直してくれ」
不安と虚しさで怒る気力もなかった。
「我も神様ではないんだ。ミスはある。だが非は詫びよう。少しながらの援助は出そう。我はこう見えてウェポンズマンなのだ」
そう言って少女もウィンドウを開きステータスを見せてくる。今の俺からすると嫌味にすら見えるものだ。
リオン
Lv.3
種族:人間
装備品:なし
メインクラス:ウェポンズマン
サブクラス:メディック
体力:D+
筋力:D+
耐久:D
敏捷:C
幸運:B
魔力:E
スキル:武器開発B 複製C 肉体錬成C 自己回復D 治療D 王の血族B
複製Cに肉体錬成C。そりゃあ不具合も出るさ。それでもステータスは俺より強い。喧嘩したら一方的にボコられるという悲しい現実。
「名乗り遅れたのう。我はリオン・ラディエル・ブリュール。この国の王の娘だ。リオンとでも呼んでくれ」
「王様の娘?また凄い立ち場の人間じゃないかよ」
「まぁ、今はわけあってひっそりと暮らしてるのだがな」
確かに王室と呼ぶにはどうも質素で湿っぽい。何らかの理由があるのだろうが今は他人の事に気を回している余裕はなかった。
「まぁいいや。それでリオン、俺に援助してくれるって話なんだが」
「あぁ、そうであった。少し待っておれ。良いのを持って来よう」
そう言ってリオンは部屋を出て、どたばたと忙しく階段を駆け下りていった。
一人で待っている間、俺はこれからの方針を立てることにした。これからは学校も勉強もない。リオンの話が本当なら俺は椿葵のコピーの人格で本物は今まで通りの暮らしをする。だから誰にも心配掛けないし、心配されることもない。
少し寂しくはあった。もう親にも友達にも会うことは出来ないのだから。
でもまぁいいか。もう一人の俺は俺の人生を行く。別ルートってやつだ。友達は新しく作ろう。ステータスもまたやりなおせばいい。親は……仕方ない、諦める。
俺は向上心の塊。転んでもすぐ起きる。だるまさん精神だ。
そうしている内にリオンが戻ってきた。その手には大きな包みを持っていた。きっと何かの銃だ。
俺は期待に胸を膨らませ俺は手渡された包みの封を解いた。
旧バッキー
Lv.5
装備品:AK-47 Five-Seven フラググレネード×2 コンバットナイフ
メインクラス:アサルター
サブクラス:アサルター
体力:B
筋力:A
耐久:B
敏捷:C+
幸運:E
魔力:-
スキル:精密射撃C 白兵戦B 投擲A