バッキー・オールマイティ
遥か彼方まで飛ばされてたらしい。意識が飛んでた時間はそう長くはなかったようだが。数百メートル先に大きな影が三つある。全然間に合う。あぁ余裕だとも。
「待ってろよマイハニー!!」
メキメキと俺の足が唸りをあげる。筋肉が膨張し、羽でも授かったかの如く、俺の体はふわりと宙に舞った。
初めて体験する超人的跳躍力に心躍るようだった。流星のような勢いで飛び、そのまま俺はオークと少女の間に着地し間に割って入った。
「やぁ、皆の衆!俺に会いたかったろう?」
役者さながらに両腕を広げ、啖呵を切る。
少女が俺を見た時、ビクリと体が震えあがった。今俺はどんな顔をしているのだろう。彼女の目には俺がどんな風に見えるのだろうか。
どう思われたって構わない。俺はすべき事をするだけだ。
オーク達は少し驚いたような顔付きで俺に視線を集めていた。潰したと思ってた虫けらが思いのほか丈夫だったって具合か。
一度、俺は少女に向き直って腕を広げた。少女は小さく震えながらも俺から視線を背けたりはしなかった。
「見ろよこの有り様。貰ったばっかのコートがボロボロだぜ?頭から血も出てるし多分骨も何本か折れてる。でも見とけよ。俺はお前の期待を裏切らない。お前が逃げなかったように、俺も逃げない。今の俺は一種の自然災害だ。だーれにも、止められやしないぜ!」
よし、言いたいことは言った。ちゃちゃっとやっちゃいましょ。弾を装填、脚に力を込めましょう。そして、自分の意志を言葉に載せてぶつけてやるんだ。
「やるよぉ!やっちゃうよおぉぉぉぉおおおぉおぉおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
足元の地面が破滅的な音を立てて陥没し、瞬きの間に景色が入れ替わり、オークの目の前へと躍り出た。
『ガァ? グルァァァァ!!』
あどけない顔で俺を見た後、オークはすぐ様俺目掛けてその巨大な拳を振り下ろした。
遅い。てんで話にならない。先程までの脅威なんて毛程もない。戦闘に入った途端に俺以外の全てがスローとなっているのだ。
体を捻り、最小限にオークの拳を躱して、俺はオークの腹に銃口を添えた。
腕にガツンと来る感触、さっきとは違って、完全に反動は抑え込み、ノックバックスキルを存分に発揮した俺の銃は、体重2トンにも及ぶハイオークの巨体を宙に弾き飛ばした。
何が起きたかも理解が追いついてないオークは重力に従い、地に落ちてくる。地面を揺るがす衝撃が起こる。
自重により地面に叩きつけられたオークは低い呻き声を上げながら膝を着いて倒れこんだ。
項垂れた頭部に駄目押しの一発を撃ち込み、オークの首がノックバック。もげた首が地面を陥没させた。
「まず一匹目ぇ。おわかり?お前ら全員ここで俺の糧になって死ぬんだよ」
まるで悪党の台詞だ。どうでもいい。気分がいい。今なら何でも出来そうな気分なんだ。とっとと不細工共をぶちのめして、ロリータから御礼言われて締めだ。
フォース・オブ・アウトローに弾を装填、不用意なほど大股で二体のオークとの距離を縮めていく。動揺していたオークは動かず、あっという間に一体のオークとの間合いがほぼゼロとなった。
「なんだよキス待ちの女子かよ」
通じる筈のない挑発に呼応するようにオークは拳を振り被ってきた。その一挙一動を見守りながら俺は短く笑った。あまりに遅くて欠伸が出そうだ。後手に回っても確実に反撃を繰り出せてしまう。どういう理屈か不明だが、とにかく気分がすこぶる快調だ。
攻撃のつもりで差し出された腕に一発発砲し、腕を吹き飛ばす。オークの悲痛な叫びが実に心地いい。もうすぐこいつが死ぬんだと実感できる。鳩尾に蹴りを一発、そのままオークの腹を踏み台に駆け上がり、顔面に更に蹴りを一発、仕上げに眉間に銃口を当てがい発砲。オークの頭と俺の体が磁石が反発し合うように吹き飛んだ。流石に空中だと俺の方にもノックバックが働くようだ。体勢を立て直し、地を擦って着地。
銃の性質は理解したし、オークも既に二匹片付いた。弾丸を二発取り出し、余裕を持って装填する。
「さぁ、ケリつけようぜ?」
頭の足りないオークにもようやく今の俺の脅威を理解してもらえたらしい。動揺し後退ると、次に武器の棍棒を投げ捨てオークは背を向けて走り出した。悲しいことに彼の野生の本能は逃走を選んだようだ。
がっかりさせてくれる。勝てないなら逃げるのかよ。それが間違っているというわけではない。だが戦わなきゃ勝ち取れないものがあるんだよ。それを俺は今日学んだんだ。
残念だが、生かして帰しはしない。依頼にはないが奴に次はない。
フォース・オブ・アウトローを捨てコートを脱ぎ捨てる。そして、アシュから渡された手榴弾の形をしたペンダントを首から引きちぎり手に取った。本来、自害用に渡されたものであったが、俺にそんな気はないし、ご丁寧に返す理由も見当たらない。ここでぶちかましていこう。俺の新しい船出だ。盛大に行こう。
地面に両手を着いて、腰を浮かす。陸上競技のクラウチングスタートのような体勢だ。つま先に目一杯力を込め、心の仲でピストルを鳴らす。土塊を蹴散らし、弾丸のような速度で瞬く間に、オークの目の前に躍り出た。
何が起きたと言わんばかりに目を引ん剝くオークはただがむしゃらに拳を握り、力の限り振り下ろした。
大木のような腕を鼻先が掠める間合いで避け、手榴弾のピンを抜き、拳を固める。口に溜まった血を唾と一緒に吐き捨て、右腕に全力を込めて、渾身の右をオークの腹に文字通り捻じ込んだ。
硬皮を貫き、肉を穿ち、内臓を抉る。手にヌルリとした感触と血の温かさを感じる。オークが何か叫んでる。断末魔が耳に響く。でもすぐに楽になる。
右手を引き抜き、狼狽するオークの顔面を指差した。
「あの世で閻魔様ファックしてきな」
前蹴りでオークを突っ撥ねる。最期にオークが慈悲を求めるように手を伸ばしていたが、俺は構うことなく背を向けた。そして、オークの腹の中に置いてきた手榴弾が炸裂し、オークの半身が弾け飛び、辺り一面に毒々しい色の血液を飛び散らせた。
静寂が終わりを教えてくれた。俺自身の呼吸音すら聞こえないぐらい静かだ。三体のオークの死体を視界に入れて、漸く実感が腹の底から湧き上がってきた。
「ウオオオオオォォォォホホホォォォォウ!!」
拳を天高く突き上げ、俺の勝利の雄叫びが村一帯に木霊した。
ここが俺のスタートだ。冒険者としての第一歩だ。この瞬間を胸に刻み込もう。この気持ちを俺は決して忘れずにいよう。
だが、その時、それはやってきた。虫が頭の中に大量に入り込んできたのだ。ギチギチと隙間なく脳内に入り込んで不愉快なノイズを反響させる。更にやって来たのは猛烈な虚脱感だった。
自らの右手に目線を落とす。オークの紫色の血を浴びた腕はだらりと垂れ、肉が剥がれ落ちていく。皮と肉が落ち、骨だけになった腕がプチプチと何かが潰れるような弾けるような音を立てて泡立っている。
何かおかしい。頭を振る。鼻が飛んでいき、耳が弾け飛ぶ。視界が変色する。赤と青と緑が混ざり狂い、グニャグニャと粘土のように俺の世界を侵食する。
そこで薬が切れたのだと俺はやっと気づくことが出来た。マンドレイクの時とは比にならない。最悪な気分だ。あれだけの力を得られたんだ。それ相応の代償はあって然るべきだ。
自分が自分じゃなくなる。侵食される。もう立っていられない。俺が俺じゃなくなる。
「お兄ちゃん?」
後ろから少女の声がした。誰だかも覚えてない。覚えているはずなのに。返事をしようにも声が出ない。喉が崩れ落ちている。目も腐食が始まった。
「顔色悪いよ?手当てしないと」
変な物が見え出した。
殺人ピエロ、ナナホシテントウ、海亀の産卵、キャベツの千切り、シンメトリーを描く唇、マシンガンを乱射する猫、頭が魚で下部が人間の人魚、星条旗模様の年寄り、二本足の蛸、電車に突っ込む通学生、爆発するトウモロコシ、泣き叫ぶ赤ちゃん、万華鏡、映るのはアシュやドクターの顔面、顔面蒼白の男、墓に落ちる猿――――
多分、寝たら次には起きてこないな俺。でも初依頼にしては上出来でしょう。少し寝よう。そしたら何もかも治っているさね。
足下から蟻が這い上がってくる。身体が腰から折れ曲がる。顔面を地に擦りつけ後から胸から地面に落ちていく。
「お兄ちゃん!」
寝る前にあの少女の声が聞こえた。名前も聞いてなかった。でもいいや。もう会うことはないだろうし。
とにかく眠い。少し休んだらステータスを見よう。凄く跳ね上がってアシュリーも面食らうだろう。
おやすみ世界、バッキーは暫し夢を見ます。




