初依頼
マンドレイク狩りからの初心者狩りで忘れていたようだ。この世界はゲームとは少し違う。どうでもいいとこで現実的だ。
「だからって、異世界来てまでこんなことやるかよ!」
日を跨いで真昼の猛暑の中、異世界で人ん家の畑の草毟りするなんて思いもしなかった。あれだけドクターが忠告するから張り切ってやってきたがなんてことはない。ただの草むしりだ。
「わぁ、お兄ちゃんのペンダントとてもきれい」
「これ触っちゃダメ!」
その傍では何処の家の子かも知らない少女が俺が草毟りする様子をどこが面白いのかにこやかな様子で眺めていた。
黒のおかっぱ頭で小さな顔で笑うと可愛らしく、水玉のワンピースを着ている。子守りも依頼の一環なお陰で厄介払いも出来ないときた。でもこれで経験値が溜まるのだから文句は言えない。
「今日は暑いねえ。お兄ちゃんの飲み物飲んでもいい?」
「それもダメ!」
少女が手に取ったのは俺がドクターから餞別として貰った強壮ドリンクだった。
ドク曰く「危なくなったら飲め」らしいが、彼等は草毟りを何だと思っているんだろうか。俺が猛暑に負けて脱水症状で死にかけるとでも?
「それにしても、何もねえ村だな。退屈しないのかよ?」
依頼は町を出て迎えの馬車に乗って三時間近く掛けてようやく着いた山に面した小さな村だった。ただでさえ長い時間を一人馬車で過ごした後にこの何もない田舎の景色だ。
とっとと依頼をこなして帰ってしまいたかった。
少女は俺の周りをくるくると回りながら声の調子を下げて語り出した。
「最近はねえ、とても大変なの。山奥に暮らしてたオークが村に下りてきて、村の人を攫って行っちゃうんだ。私のお友達の家族も攫われちゃって村のみんなはとても怖がってるんだ」
「へ、へえー」
どおりでさっきから住人の顔を見ないわけだ。皆、そのオークに怯えて家の中に引きこもってしまっている。
依頼主もこの村の村長で、さっき顔を合わせたときも落ち着きのない様子で何かに怯えているようだった。
「それで外に出たくないから代わりに俺にしろってか?ギルドに頼んでオークの討伐を頼めばいいのによ」
「それがね、私達の村はそれが出来ないんだって言うの」
「なんでだよ」
「私の村はね、ギルドに税金を支払ってないんだって。だから、ギルドに依頼を出せないらしいの」
「払えばいいじゃん。どうしてそうしないんだ?」
「そんなのお金がないからに決まってるじゃない。お兄ちゃんもお金がないからこんなとこに来てるんでしょう?」
見事に痛いところを突かれて俺は何も言い返せなかった。それでも年上の意地で、俺は必死に言葉を喉から捻り出した。
「そんなお前はいいのか?こんなとこいたらそのオークに攫われるんじゃないか?」
「いいの。家にいたって意味がないんだもの。ほら見て」
少女の指差す方を見ると、家の半分がざっくりと削られた廃屋があった。
「オークがアレを?」
「そう、棍棒の一振りでああなったの。あそこの家の人はみんなオークに攫われちゃったんだ」
「オークが人攫って何しようってんだよ?」
「きっと食べる為よ。人が生き物を狩って生きるのと同じなんだよ」
彼女はまだ子供だから知らないのだろう。WSの世界のオークは言うなれば性欲の権化みたいなものだ。つまり、攫われた女子供は皆オークにヤられたのだろう。その後は想像したくもないが、家畜同然か、それとも既に喰われたか。悲しい話だ。金が払えなければギルドの助けも貰えないとは。
そして困ったことにそのオークなのだが、WSでも屈指のネタモンスターで有名だ。
その理由が男だろうが女だろうがしたり顔全開で襲い掛かってくるからだ。つまり奴らには穴さえあればいいんだ。俺の貞操もこのままでは危ういところだ。危機感が込み上がってきた。
「そ、れ、で、かぁ…………」
何かあるのは分かり切っていたことだ。今更慌てふためくことでもないがオークとはまた……。
レベル2の序盤辺りで敵対する相手だ。レベル1の俺がどうにか出来るもんじゃない。並外れた怪力からくる出される一撃はまともに食らえば高レベルの人間だろうと耐久次第では即死しかねないモンスターだ。
俺が食らったら……まぁ死ぬわな。ならばどうするか、遭遇しなければいい。勝てる見込みはない。仕方ないことだ。俺の仕事はあくまでも草毟りと家畜と子供の世話だ。オーク退治なんて依頼の中に入ってないし。
「でも安心よね。お兄ちゃんが私を守ってくれるんだもの。だから私は怖くないの」
やめろって!良心が痛むだろ!
無理だろ。無理だ。見ず知らずのロリータの為に命投げ出す覚悟なんて俺にはない。分かってるはずだ。綺麗事だけで生きていける世界ではない。時には誰かを見捨てないと生きていけない。もっと気楽に行こう。思いつめる必要はない。たかが他人だし。切り捨てたところで明日には精神汚染でも発動して綺麗さっぱり忘れるだろう。
……こう考えると俺はなかなかの屑だ。でも俺にはどうすることも出来ないし。
「そうだな。お兄ちゃんに任せとけ」
彼女に不安を与えないように俺は表面上だけの言葉を投げかけた。出来る事なら今日一日オークが村を襲ってくることなく俺の依頼が完遂することを祈るばかりだ。
「ところで、家畜の世話ってなにすればいいんだ?」
「餌やりと洗浄だったと思うよ」
それは楽でいい。乳搾りとかだったらそれは大変だったろう。
「それはいい。楽しく行こう。悩みなんて何かに夢中になれば忘れちまうさ」
自分に言い聞かせているみたいだ。あぁその通りだ。オークなんて来ねえよ。そんなことより仕事をこなそう。
草毟りを早急に済ませると、漸く折れ曲がった腰を伸ばすことが出来た。気分を一転しよう。馬糞処理でも何でもいい。オークという単語を俺から忘れさせてほしい。
「ところでこの村の家畜って?牛?それとも馬とか?」
「どちらでもないよ。うちのはもっと凄いの」
何だかファンタジーな物が出てくる予感がした。
案内してもらった小屋は実に現実的な装飾で、木造の小さな小屋だ。獣特有の悪臭がするが酷いものではない。
肝心なのはその中身だ。遺憾なことに予感は当たってしまった。
「んんー……当ててやろう。バリウム飲んだ後のウ〇コだな?」
「お兄ちゃん見たことないの?合成獣だよ」
「じゃあ牛と蛇あたりか?どう見ても排泄物だろこれ」
柵の中にはとぐろを巻いた黒い斑点のある巨大な白いナニかだ。よく見れば牛らしき尻尾もあるが顔はすっぽりと隠れている。
「これって哺乳類?爬虫類?てか家畜にしておくメリットがあるのか?」
「普通にミルクも採れるし、人も襲わないしとってもいい子よ。さっ、きちんと洗ってあげてね」
仕方ない。金の為だ。ウ〇コの洗浄だろうと何でもやろうじゃないか。
「分かったから、外で待ってな。中の物は勝手に使わせてもらうからな」
名前も知らない少女を一時追い払って、今度は初遭遇の生物と二人っきりだ。
「さて、お前は何を食うのかな?草食か?それとも蛙でも丸呑みにするか?そもそも顔はどこにある?」
一方的な質問、というよりはただの独り言だ。誰もいないと独り言が増える。
「まぁよくあることさ、気にするなグルグル君」
餌は用意してあった牧草があった。容器に移して所定の位置に置いてやった。次に雑巾を水で絞ると、柵を飛び越した。
「さぁ、お掃除の時間ですよー」
肌は牛のそれと同じような感触だった。呼吸で上下する身体からは微かな温もりはあるが、どうもこっちに気を許しているようではない。
「はいはい、ならさっさと終わらせてやるよ」
早く終わらせるに越したことはないし、家畜特有の臭いが酷いし、造形は酷いしで早くここから退散してしまいたいのが本音だ。
十数分後、体の隅々まで洗ってやると、そいつは初めて顔を出した。
牛の顔に蛇の眼を付けたような少し怖い雰囲気だったが、どこか感謝の意が見て取れた。
「礼はいらねえっての。仕事なんだし」
それでも内心では照れくささと達成感が溢れていた。真っ当ではないが一人でまともに仕事をこなすのはこれが初めてだったからかもしれない。
これで子供の世話に専念出来るわけだが、さて何をしてやろうか。異世界の子供とは何をして遊んでいるのか。適当にボールでも投げとけば喜ぶのだろうか。俺がゲームを持ってなかった頃なんかはまさにそんな感じだったが、はてさて彼女はどうなのだろうか。
「おーい、こっちは終わったぞ。何かして遊ぶか?」
返事はない。姿も見えない。外で待っとけって言ったのにどこをほっつき歩いているのやら。
ふと胸に嫌な予感が走った。いやないだろ。そんなことついさっきまで彼女はそこにいたんだ。その怪物とかが来たとしても何らかの合図ぐらいするだろう。つまりこれはほんの……
「きゃああああああああああぁぁぁ!!!」
緊急事態ということだ。
可憐な少女の悲鳴、村の抱えた問題、導き出される答えは、オークだ。
急がば回れ。声の出何処を辿り全速力で脚を動かした。その最中、俺の中で決して小さくはない不安が込み上がってきた。
俺が行ったところで何が出来るというのだろうか。たかがレベル1の駆け出し冒険者に何が出来る。ゲームではない。命は一つしかない。やり直しは利かない。武装はかっぱらったグロッグ17二挺とまだ撃ったこともない散弾銃『フォース・オブ・アウトロー』と、自害用と渡された手榴弾が一つだけだ。
そして、少女を視界に捉えると同時に俺は戦慄した。建物の屋根からはみ出る薄緑の頭頂部、間違いなくオークだ。しかもただのオークじゃない。オークの中でも上位に位置する個体だ。名をハイオーク、レベル3の冒険者でも一撃もらえばただでは済まないレベルだ。それが三匹もいるのだ。
「ヤバい……これはヤバいッ!!」
建物の陰からその全貌が見えたとき、ゾッと体が凍り付いた。猛々しい鼻息からは殺気染みたものを放っていて、血走った眼がこっちを見た時、脚が震えた。
無理だと体が悟った。俺もそれを理解した。
逃げよう。誰も俺を責めはしまい。良い子ぶるのはやめだ。たかが、数時間馴れあった程度の仲だ。依頼でも無理だ。俺は根を張ったように固まった足を必死に動かし、オークに、名前も知らない少女に背を向けた。
「こ、怖くない……」
震えた少女の声が俺の耳にも届いた。
何で俺は未練たらたらに足を止めてしまったのか。自分の命より大切なものなんて無いだろ。こんなところで死ぬわけにはいかないだろ。一人の少女に何を執心しているんだよ俺は。
「お兄ちゃんが守ってくれるんだもん。お前らなんて怖くないもん!!」
あぁやめとけ。行かない方がいい。行っても無様に死ぬだけだ。行くな行くな行くな行くな行くな行くな…………
「あぁ守ってやるよォ!!!!」
やっちまった。絶対精神汚染が発動してるだろこれ。そうじゃなければ俺は馬鹿だ。
作戦なんてない。全速力でオーク達と少女の間に割って入りグロッグ二挺を取り、構えた。
「俺が相手だぜ、糞野郎が」




