メディック
俺逹が歩いていく先は街の中枢から遠ざかる方向だった。歩く距離に比例して行き交う人間も数を減らしていき、郊外に近付く頃には人気は怖いぐらいになくなっていた。
それこそ銃声が鳴っても誰も駆けつけてこなくても不思議でないぐらいだ。
すると、視界の先で一層存在感を醸し出す建物が見えて、何となくそれがアシュのパーティの拠点だと確信した。
「アレか?」
「そうですね。何年か前に古びた教会を改築して使ってるんですよ。熱心な宣教師を追い出しましたがまぁ古い話です」
三角の屋根から飛び出た十字架はその名残か、薄汚れた壁や周囲を取り巻く枯れ木も相まって不気味な雰囲気が出ている。
「さぁ行きましょう。間違ってもうちのメンバーを怒らせたりしないでくださいね。命の保証はしませんので」
そんなにヤバい集団なのかと今更ながら怖気づきそうになりながら、ドアに向かったその時だ。けたたましい破砕音を立てて、木製のドアが破壊され、屋内から一人の男が放り投げられたように地面に転がり込んできた。
身なりからして冒険者か、齢二十半ばぐらいの男でまだ若いのだろうが、その顔は打撲や切り傷で見るも無惨に歪められていた。
「この人がアシュの仲間?」
「いえ、全く知らない人です」
男は這い蹲り、苦しそうに息をしながら教会の中の誰かに懇願するような視線を送っていた。
すると中から一人の青年が姿を現した。
まだ若く、程よく伸ばした艶の失せた黒髪に、肌は浅黒く、黄金色の瞳からはひたすら機嫌の悪そうな眼差しが送られていた。
片手は白衣のポケットに突っ込み、もう片手には白銀の輝きを放つ回転拳銃が握られていた。
身なりからしてメインクラスはメディックだろうか。凶暴的な印象だがどこか知的な雰囲気もある。
褐色の男は回転拳銃の撃鉄を起こしながら不機嫌そうな調子で口を開いた。
「お客様お客様、気の利いた言葉はいらないぜ? 依頼は完遂した。今になって払えなくなったなんて洒落たこと言わなくていいんだよ。おい何か言えよ」
ズガン、と銃声が鳴り響き俺はたまらず身を退いた。なんの容赦もなく撃ちやがった。こんなとこで発砲なんてそうあっていいことではない筈だ。さっき発砲してきた俺が言えたことでもなかったが。
「あッぎゃあああぁぁ!!!」
弾丸が男の太腿に撃ち込まれ、男は凄惨な悲鳴を上げ、地面に転がる。
「あーあー冒険者様ともあろう人間が情けねえ。仕方ねえな、三日だけ待ってやるよ。その間に金が用意出来ねえなら次は眉間に穴が空くぜ?」
褐色の男は客の男から身分証らしき物を取り上げると、男のケツを蹴り上げ、強制的に立ち退かる。拳銃を白衣の裏に仕舞うと大きな溜め息を一つ落とし、そして、苛立った風に地団太を踏んだ。
「クッソがぁ!!!」
そして一度しまった拳銃を再び抜いて辺り一帯に弾をばら撒いた。思ったより血の気は多そうだし、話が通じるかと言えば微妙な線だが、どうなるだろうか。
褐色の男がようやくこっちに気付くと一瞬神妙な顔つきになって、アシュを見るや薄らと笑ってこっちに歩み寄ってきた。
「これはこれは、我がパーティの誇るスパイのアシュリーじゃないか。たかが初心者狩り狩りなんかの依頼でいったいどれだけの間パーティを抜けるつもりなのかと心配したぞ。お前がその程度の依頼もまともにこなせない三流なんじゃないかと不意に思ってなぁ」
「やー、なかなか手頃な初心者さんが見つからなくて思わぬ苦戦を強いられました」
嫌味で凶暴なメディックとはまた珍しいものだなぁ。メディックと言えばそれこそ人助けがしたいような人が選ぶ役職なものだからだ。彼のような人間ならクラッシャーに多い。己の破壊衝動を存分に発散できるからだ。
男は俺に気付くと首を傾げ、顎をさすって相貌をきょろりと開き、俺を注視した。
「それで、そこの男は?いや言わなくていい。当ててみよう。そうだな……レベルは1の駆け出しといったところか。役職はアサルターでサブは……アサルターだな。そうなると後は簡単だ。アシュの潜り込んだクエストの同行者だな。なんで此処に来たのかというと、アシュにちょっとした恩を売ったってとこか。それでうちのパーティに入りたいと思って押しに弱いアシュに頼んで此処まで案内してもらい、今に至るってとこか?」
あとインテリな奴にもメディックは多いな、あとウェポンズマンにも多いらしい。そう考えると目の前の彼もメディックなのも頷ける。
「すごいっすね。どうしてわかったんですか?」
「なに、少し観察しただけさ。銃の種類、装備の綺麗さ、立ち振る舞い、持っているマンドレイクの臭い、アシュの性格を踏まえて仮設を幾つか立ててみて一番可能性の高いものを選んでみただけさ」
一分前とはまるで別人のようだ。野蛮人のような男の中身は鳴りを潜めて知的な面が全面に出てきている。俺は感激して目を輝かせた。今会った名前も知らないこの男に尊敬の感情すら抱いているのだ。
「さて、そうなるとお前をうちのパーティに受け入れるかどうかだが、アシュはどう思う?」
アシュは隣でなんとも言えない微妙な顔付きで頷いた。やっぱり彼女からしてもまだ完全に納得してるようではないらしい。
まあそれも仕方ないことではある。俺はステータスもまるで育っていない初心者だしパーティに入れるメリットは無に等しい。
「やー、悪くはないと思いますよ。中々ガッツはあるようですし」
アシュは素っ気なく言うと褐色の男は目を細めて値踏みするように俺を見てくる。
「それでだな。偶然、最近になってうちのアサルターが殉職したところだったんだ。そろそろ補充しなきゃいけなかったんだが、丁度志願者が出てきてくれたところだ。場合によっては考えなくもない」
脈ありだ。希望が浮き出てきた。隣でアシュが少し驚いていた。こうもすんなりいくとは彼女も思っていなかったようだ。
「とりあえずステータスの確認をさせてもらっていいか?俺の見たとこだと多分初期ステータス程度じゃないか?」
見事に当たっていて腰が引けてしまった。渋々ステータスの画面を開き、褐色の男に見せると、彼の目線が下に降りていくに連れ、爛々と輝いていくようで、そして、スキルの欄を見たとき、白い歯を剥いてパンッと手を叩くと俺の手を取った。
「いいね。中々の素材じゃないか。育てば光るんじゃないか? 暫くは面倒見てやってもいいぜ?」
なんか逆に不安になってきた。物事が上手く運びすぎるときは疑えってパパが言ってた。
男は俺の肩を取ると、気さく笑みを浮かべて教会に入るよう促してくる。
「まぁ立ち話もなんだし中に入ってゆっくり話そうじゃないか」
それを行かせまいとばかりに俺達の前にアシュリーが立ち塞がった。
「最後に一つ確認ですが、後悔しないでくださいよ?」
「俺から頼んだ事さ。後悔なんてしないよ」
「バッキーさん、弱っちいから心配なんですよ」
「心配いらないさ。誰だって最初は弱いもんなのさ」
少し心配そうにアシュは褐色の男に目配せし、俺にそっと耳打ちする。
「あの人はあなたのスキルに目を付けてるようです。実験動物にされないよう気をつけてください」
「大丈夫、そんなもんだと思ってるからさ」
すると、口を挟むように褐色の男が俺達の間に割って入り、会話を遮った。
「強さなんて依頼をこなす内に自然と付いてくるものさ。無論、それはお前がそれまで死ななければの話だがな」
男は手を差し伸べてくる。まるで悪魔が囁くように男の言葉が頭の中で反響していた。
俺の答えは最初から出ていた。だから迷うことはなかった。
「今日からお世話になりますよ」
俺は男の手を取った。男は心底喜ぶように笑みを深めて俺に名を告げた。
「マルクだ。Dr.マルク、その名で通ってる。このパーティのメディック兼サブリーダーを任されてる」
「バッキーです。よろしくドクター」
「あと敬語はいらねぇよ。やり辛くてたまったもんじゃねぇ」
改めて俺は教会の入口に立った。アシュも流れに身を任せるようにマルクの後に続いた。
マルクにはきっとなにか思惑があるのだろう。利用されて何れ捨てられるかもしれない。でも俺の選択に悔いはない。きっと先の話、俺はこのパーティに入ったことを心から喜べるだろう。
根拠のない自信を持って、俺は意気揚々と教会の壊れた扉を押し開け、一歩を踏み出した。




