商談
遅れて俺とアンリはドクターの部屋へやってきた。
ちょうど話が始まるところらしく、四角のテーブルを挟んでソファにソリドとペニーが向かい合うように座っていた。
ペニーの背後にはドクターとアシュリーが付き人のように佇んでいたが気怠そうなドクターと何を考えてるか分からない笑顔を貼り付けたアシュリーの組み合わせは付き人と呼ぶにはあまり似つかわしくない。
俺とアンリは、部屋に入った時点で足を止め、部屋の扉の前で二人の会話を見届けることにした。
「お目に掛かるのは初めてだな。いつもそこのDr.マルクが窓口だったからな。噂は重ね重ね聞いている。ペニー・デストレンジ、冒険者きっての問題児」
「間にWを付けておくれよ。ペニー・デストレンジじゃあちと不格好だ」
「あぁそれは悪いな。それではペニー・W・デストレンジ、改めて確認させてもらうが、お前らのパーティにはよく仕事の依頼を出させてもらってる。主に面倒事や保安部の手に余るのをだ。今回もそれさ」
待ってました、と言わんばかりにペニーの顔に笑みが浮かんだ。
「話しなよ、受けるかどうかは中身と報酬を聞いて決めるとするよ」
果たして俺達に選択する権利があるかは分からないが、ソリドは本題に入った。
「遠回りな話は嫌いでね、単刀直入に言おう。お前達の戦闘能力を買っての事だ。とある犯罪集団を皆殺しにして欲しい」
それはまた物騒な話だ。
そう思う一方でペニーが歓喜に打ち震えていた。
「皆殺しって響き、本当に堪らない……」
なんと分かりやすい戦闘狂だこと。すぐにでもOKを出してしまうそうな雰囲気であるが、ソリドは説明を続けた。
「先週、奴隷商のジェイク・スチュアートが殺害された。その道では有名な男だ。名前ぐらいは聞いたことあるだろう?」
ペニーは首を傾げていたが、俺は一度だけ会ったことがあった。
スキュラを奴隷として購入した時だ。一度っきりの付き合いだったが顔はよく覚えている。
別段友好的な関係ではなかったにしても殺されたという報せには少し驚いた。
「計画的犯行さ、奴の店を構えている場所からだいぶ離れた空き倉庫で遺体で見つかったよ。酷く痛めつけられていたが、どうやら金銭目当てじゃないようでな。ジェイクからは奴隷の紋章が抜き取られていた。その意味は分かるな?」
「狙いはそいつが持ってる奴隷ってことね」
「その通り。だが問題はここからなんだ。先日から、この国スワルダの町中に奴隷共が溢れかえっている。奴隷用の爆弾付の首輪を着けたままの奴隷共がだ」
三日前の闇市場に溢れてた白衣の人達が思い浮かんだ。
どこかで見覚えがあるとは思っていたがジェイクのとこの奴隷だったか。あの時は若い少年少女しか見てなかったからすっかり忘れてしまっていた。
だがそうなってくるとソリドの話には解せない点があった。それにペニーも気付いてるようでそれについて言及した。
「奴隷は目的じゃないね。何か別の目的を成す為の手段って気がする。あんたもそれは分かってるんだろう?」
ソリドは短く頷いた。
「その通り。奴隷を得ることが目的ならせっかく所有権を得た奴隷を態々街に放つ理由はない。そして、私達にはその別の目的に思い当たる節があるのだよ」
ばつが悪そうにソリドは一度周囲を見回した。
他に誰も聞いちゃいない。分かりきったことでありながらそうせざるを得ないことを話そうとしているわけだ。
ソリドは前屈みになって声を抑えて話を切り出した。
「今現在、我々保安部はとある任務に就いている。それがグリモワールの更新だ」
また、何かよく分からない単語が出てきた。
俺は横目でアンリを見やると、そっと耳打ちした。
「グリモワールって何?」
アンリは微動だにしないまま小さく口を開き、俺だけに聞こえる声でそれについて語り出す。
「この世界で採用されてる管理システムの総称だよ。世界の中心に位置する都市に本体が置かれていて、そこで世界のあらゆる情報を管理しているんだ。全世界、国別の人口、冒険者の登録者数、クエストの履歴、オフィシャルな交易、その年の作物の収穫量等、様々な情報が詰まっている。
それがグリモワールでその子機が各国に配られている。子機の情報は定期的に更新しなくてはいけないから、グリモワールの本体から頁と呼ばれる更新用の情報を手動で組み込んでやらなくてはならない。それが保安部の役割の一つだ」
「わかりやすい例えで頼む」
「パソコンにアップデート用のソフトをインストールするってこと」
「OKわかった」
気軽に分からないことを聞けるから同じ出自の人間がいると助かる。
「それにしてもそんなハイテクチックなものにグリモワールなんて名前つけるもんかね?」
「魔力を常に注いでいないと機能しないものらしい。聞いた話だとモンスター由来の技術だとか。だからグリモワールだなんて呼んでいるらしい」
アンリの説明は自信のない声色をしていたが、グリモワールとやらがどんなものか分かっただけでも有難かった。
囁くようにアンリに礼を言うと、彼女は少し照れ臭そうに頷き、微かな笑みを浮かべた。
「グリモワールねぇ――――」
テーブルの方ではペニーが面倒臭そうな顔をしていた。
「あんな金のかかるもんまだ使ってたのかい?」
「アレの有用性についてお前と話し合うつもりはない。話を続けよう。そのグリモワールの更新用の頁を運搬時に襲撃される事件が立て続けに起きている。幸い頁は無事に届けられているが、被害は小さくない。そして、グリモワールの更新が出来ていない地域はこのスワルダが最後だ。襲撃犯も諦めてはいないだろう。そして、私達も悪党共の襲撃を待ってやるほどお人好しではない」
「それでうちらに依頼をってわけだね。なら襲撃犯の目星も付いてるってことだ」
「そういうことだ。話が早くて助かる」
二人の話は順調に進んでいる。
このままペニーは依頼を受けてこの話には一旦区切りがつくだろう。
そう考えていた俺だったが、次にソリドが襲撃犯の名を口にすると、ペニーだけでなく、他のメンバーの表情も一変した。
「良くも悪くも今最も勢いのある連中だ。襲撃犯のパーティの名は『マスカレード』、お前達もよく知っているんじゃないか?」
その名前を聞いた途端、ペニーを除いた他の者の表情が険しいものへと変貌した。
事情を知らない俺一人が何とも言えない微妙な表情で周囲を見回していたが、続くソリドの言葉で俺の表情も自然と変化した。
「あぁ期待通りのリアクションだ。確か商売敵だったかな? お前達もご存知の通り、マスカレードは不明な点が多い。組織の規模も戦力も人員の顔すらもまともに掴めていない。だが誰もが知っていることが一つある。奴らの頭を務める男のことだ。怪人フェイスレス、通称顔の無い男、もはや都市伝説の域ではあるが、質の悪いことにいまだに存在している化け物だ」
「あれ?」と思わず声が出た。目を細めてソリドが発した言葉を頭の中で反芻する。
顔の無い男、それに近い言葉をどこかで聞いたことがあった。
いつの話だったか思い出そうと必死に記憶を振り絞っていた時だった。そのときの言葉が頭の中に浮かび上がった。
『顔の無い者を探せ。死して死なぬ者を導け』
この前の夢の出来事だ。俺を自称する痛い男から同じような言葉が出ていた。
何でこんなところであのときの夢の言葉が出てくる? 偶然か? それともアレは夢じゃなかったとでも? それならあの言葉の意味とは?
状況の整理が追いついていない。知らないことが多すぎる。だから一つずつ知っていく必要があるようだ。ひとまず夢の話は一度置いといて、ペニーとソリドのやり取りに注目することにした。
なにぶん他のメンバーがマスカレードの名前を聞いたときの反応も気になるところだからだ。
先ずはソリドの話すフェイスレスという男のこと、それからマスカレードというパーティのことからだ。
情報なら身の周りに知ってる奴が大勢いる。
そんなことを考えているうちにペニーとソリドの話の続きが始まった。




