腕試しのときこそ本気出せ
それから三日間、俺は傷の治療に専念した。
効果もよく分からない薬を何も聞かずに飲んで、何度も包帯を外しては傷口にこれまたよく分からない薬を塗って包帯を巻く。
それを続けること三日間、俺の身体は限りなく完治に近い状態まで回復した。
そんな俺を見て、ドクターは不思議そうに呟いた。
「それにしても不思議なもんだぜ。たとえミサイルの爆風に耐えられても、周りの酸素も無くなっちまうから、てめぇは酸欠で死んじまう筈なのにな」
「知ったことかよ。俺が、生きてるから、それでいいの」
だがドクターの言う事も一理あった。そもそも、俺がどういう原理であのミサイルを耐えきったのか、自分自身が分かっていない。
「うっわ、これ本当に俺の肌かよ? 火山の噴火口にダイブしてももう少しマシだぞ?」
「むしろミサイル食らって何でこれだけで済んでんだよお前?これならまだましだろ? 嫌なら丸ごと張り替えるか?」
「いや、いいよ。これは戦った証に残しとく。ミサイル食らって生き抜いたって説得力があるだろ?」
全身火傷の痕に切傷に銃創、包帯を外してみればなかなか悲惨な有様だ。
ドクターも驚きを通り越して呆れた顔をしていた。
「言っとくけど、今のお前の顔も同じような有様だぞ? 表面上はいつも通りだが少し剥げたら酷いもんだぜ? それこそモンスターと一緒さ」
「悪くないさ。それで相手が驚いてくれたら儲けもんだ」
「これから戦う相手がそんなことで驚いてくれるんなら苦労はしない」
そう、約束の三日が経った。今日は戦う日だ。
うちのリーダーとガチンコでぶつかり合う日だ。
身体の調子は自分がよくわかってる。今すぐにでも人の顔をぶっ叩けそうだ。
「やっぱりさ、強いの? ペニーって」
「すぐにわかる」
ドクターは何も答えちゃくれない。だが彼の言う通り、それはすぐにわかる事。
左手の親指、人差し指、中指の先端に新しく三つのSUMを埋め込んでもらった。
こいつがあれば俺は何でも出来る気分になれる。
なければ盾のないキャプテン・アメリカってところか。つまりなくても充分いかしてるってこと。
さっきから心臓の鼓動が落ち着かず、さっきからそわそわと身を揺すっている。興奮してるのか。そんなに戦いたいか、今の自分がどれだけやれるか試したいか。俺ってそんな性分だったろうか。
前ならもっと不安がってたろう。今は少しワクワクしてる。
おかしいな。俺ってこんなに好戦的だったか。
いても立ってもいられず、俺はドクターの部屋から出ていき、そのままホームの外に出た。
枯れ木が一本ひょろりと生えた、荒地という言葉がよく似合う見栄えの悪い土地だが、そのお陰もあって普段は誰も寄り付かないため、好き勝手することが出来る。
ここで俺とペニーでヤり合うわけだ。
外に出るには早かったか。昼下がりの青空を眺めて少し落ち着こうとした時、後方に人の気配を感じ取り、弾かれたように振り返った。
背後に人の姿はなかった。気の所為かと思ったがすぐにそうではないと分かった。
聞こえてきたのは大きな欠伸の音、遥か頭上からだ。
「ふあぁ~、いかんいかん寝過ごしちった」
屋根の上だ。
酒の入った瓶を片手に眠たそうな目をしたペニーが、ホームの屋根に掲げてある歪な十字架に気怠げな様子で寄りかかっていた。
「ペニー、いつからそこに?」
「おぉバッキー、やっと来てくれたかい。私は楽しみで楽しみで朝っぱらからずっと待ってたんだぞ」
ふらりと立ち上がったかと思えば、そのまま屋根から身を投げ出し、かなり重い音を立てて、俺の目の前に着地した。
タンクトップにホットパンツとかなりラフな格好をしており、長い金髪は団子頭にしてキャップで留め、更には両手にテーピングを施しており、戦う準備は万端のようだった。
「朝からって、ずっとそこに?」
「楽しみでいても立ってもいられなくてね、そこで酒飲みながら待ってたのさ」
先日俺とアシュリーが買ってきた酒の入った瓶を愛おしそうに揺らし、その中身を一気に飲み干すと、改まってペニーは俺に向き直った。
「さてさて、ギャラリーが寂しいが始めちまおっか? お前さんが来ちまった以上、私もガマン出来なさそうだ」
そう言ってペニーは地面に放り投げられていた自分の得物を拾い上げた。
それはペニーの身の丈程もある両刃の大剣で、金属をそのまま研ぎ出して造ったような刀身は無骨さを通り越して原始的とでも言うべきか。柄にはボロキレ同然のグリップが巻かれていてボロ具合に拍車が掛かっている。
そんな大剣をペニーは片手で軽々と振り回し、地面へと突き立てた。
「それがペニーの武器?」
「ん? そうだよ。かっこいいだろう?」
「銃は使わないの?」
「あぁ、別に使わないわけじゃないけど、あまり好きじゃないんだ銃ってさ」
突き立てた剣の柄にもたれかかると、ペニーは肉食獣のように白い歯を剥いて笑った。
「銃の良いとこはさ。誰でも持っちまえばある程度の威力を出せる事だと思うんだよね。だけどさ、そこが銃の限界じゃない? その点、剣は自分の力を十分に伝えられるから、限界がない。それに何より、こっちの方が血が滾るのさ」
そういう考えもあるのかと、俺は成る程と頷いた。
「バッキー、お前さんは武器は使わないのかい?」
一応、散弾銃は携帯してきたが、たかだか仲間同士の試し合いで銃を使うのは正直気が引けていた。
「これしかないけど、使っていいのか?」
散弾銃を見せて確認を取ると、ペニーはにっと笑い、首を縦に振った。
「もちろんさ! 心配しなくても散弾銃ぐらいで私は死にはしないよ」
「マジかよ……」
驚く一方で試したくもなってきた。戦いたいという気持ちが強くなっている。自然と拳を握り、俺はペニーと距離を取った。
その距離、十メートル。薬を使った状態の俺なら一瞬で詰められる間合いだ。
「ルールはあるのか?」
「なし」
「勝敗の決め方は?」
「どちらかがぶっ倒れるまで」
「いいね。とてもシンプルだ」
戦う前の最後の会話が終わると、共に臨戦態勢に入った。
左手の親指を強く噛み、一つ目の薬を投与する。久し振りに感じる薬の高揚感に脳が揺さぶられる。力が漲り、誰にも負けないという根拠のない自信と闘志が湧き上がってくる。
それらとは対照的に頭は冷静だった。しっかりと目の前のペニーを見据える。
俺が腰を落として構えを取ると、ペニーも動き出した。
どうしようか、とでも言いたげに息を吐くと、足下に落ちている小石を無造作に取り、それを空高くに放り投げた。
投げつけてくるわけでもなく、ただ上空に放り投げられただけの小石に何の意味があるのか。
考えるより先に無意識で上空の石に視線が向けられた。
その時点でペニーの思惑通りに動いていたのだと気付き、直ぐ様視線をペニーに戻した時には、何もかも遅かった。
ペニーに焦点を合わせた次の瞬間、彼女の姿が跡形もなく消えたのだ。
出鼻からミスを犯した事に反省すると共に、今目の前にしている相手が遥か上の存在であるということを改めて実感した。
消えたペニーの姿が視界の隅に現れ、その逞しい腕を振り被り、俺の顔面目掛けて打ち放たれた。
薬が効いていたからこそ辛うじて目で追う事が出来た。だからこそわかるその威力の凄まじさ。
躱すのは恐らく無理、ガードも間に合わない。
仕方ない。ここは一つ、真正面から受けて相手の力を測ってみようではないか。
地を踏みしめ、ペニーの放ったラリアットを正面から顔面で受け止めた。
結果から言えば、想像以上だ。
俺の顔を通してペニーの膂力が充分に伝わると、鼻はへし折れ顔面は陥没、踏ん張ってた足は地を離れ、物理の法則を無視したような馬鹿げた軌道で回転しながら吹き飛び、数十メートル先の地面に突き刺さり巨大なクレーターを作り上げた。
ちょうどペニーの投げた小石が地面に落ちた。試合開始だ。




