闇市場の酒場にて
「いやー、ほんと感謝っすよ。マダライボヒトデだけじゃなくてお茶まで奢ってもらっちゃって」
「いいのいいの。せっかくまた会えたんだし、それにあの時の借りをまだ返せてなかっただろ?」
「借りなんて、あってないようなものですよ。助け合ってこその冒険者ですから!」
あれから、立ち話もなんだと三人で近くのパブに立ち寄り、茶を飲みながらのんびりと話を楽しんでいた。
闇市場近辺ということもあり、店の中は絶えず喧騒が響いては時折木やガラスの破砕音が鳴り響いていた。
俺達はカウンター席に横並びになって、出来るだけそれらを気に掛けないよう努めた。
「それにしてもこんな所で出会えるなんてな。いつも闇市場に?」
「はい、それはもうしょっちゅうですねぇ。安くて良いものが買えるなんて夢みたいなところですから」
「しょっちゅうって、一人で来て大丈夫かよ? ここら辺、見ての通り物騒だぜ?」
ちらりと脇を見ると、壁際で筋肉質な男二人が取っ組み合いになっており、お互いの顔を掴んで壁に叩きつけあうという異様な光景が見えた。
周りは止めないし寧ろそれを眺めて楽しんでるように見える。
俺達も楽しんでないという点を除けば同じものか。
「なはは、自分は大丈夫っすよ。そういうのは馴れっこですし、それに友達と一緒の時もありますから」
「いやそれはそれで不味いだろ」
前に地下迷宮であった時、ココは冒険者育成学校に通う学生だと聞いた。
俺の常識で測るなら普通の女学生が闇市場なんかに来るのは可笑しいのだが、地下迷宮に一人で行くよりはこっちの方が安全に思える。
袋一杯に詰まったヒトデを眺めて嬉しそうにしているココとは逆で俺は眉を顰めた。
「そんなの見てて楽しいか? 見てるだけで気分が悪くなりそうだぜ?」
斑状に大きなイボが生えたヒトデなんて触るどころか見るのもきついものがある。
「いえ? とっても可愛いっすよ。ほら見てくださいよ、こんなに脚をひらひらさせちゃってとってもキュートです」
袋からはみ出てきてるヒトデの脚が手を振るように揺らめいていた。表情が引き攣った。
「何に使うんだよこんなもの?」
「そんなの決まってます。例のお薬の改良っす。ほら、この前バッキーさんに使ったやつ」
「蘇生薬?」
「そうそうそれそれ!」
その様子だと俺以外の成功例はなかったのだろう。死んだ人間を生き返らせる薬なんてそう簡単に出来るわけがないが、現に俺は死の淵から回復したわけだから、ココの作る薬にはそれに近い効果はあるのだろう。
「上手くいきそう?」
「んー、自信薄ですかねぇ。何もかも手探りっすから。でもバッキーさんには効き目があったんですから、きっと成功には近付いてる筈っすよ」
声から察するに行き詰っているようだった。出来ることなら手伝ってやりたかったが俺に薬の知識はないし、調合なんてまず無理だ。
「その為のマダライボヒトデということですね?」
すると、今まで黙っていたアシュリーがココに疑問を投げかけた。
ココはにっこりと笑い、それに答える。
「そのとおりっす。自分、メディックっすから」
「やー、なかなか良い目の付け所をしているようです」
話についていけない俺をちらっと見てアシュリーは親切なことにマダライボヒトデの用途について語りだしてくれた。
「マダライボヒトデの特徴はこの気持ちの悪いイボにありますが、中には人体に有害な毒素が入ってます。触れても死にはしませんが猛烈な痒みと痺れがきます。そして、小さな歯には強力な神経毒が含まれています。噛まれると普通の人なら昏倒し仮死状態となります。これをココさんは利用するおつもりのようです」
「その通り! 可愛くて物知りだなんて素敵っすアシュリーさん」
目を輝かせて感心しているココを尻目に思考を巡らせる。
「つまり、そのヒトデの歯の成分を使って死にかけてる奴を出来るだけ死なないようにしようって算段か?」
「ご名答、よく出来ました」
子供を褒めるようにアシュリーが手を叩いた。
正解したのは良いが、現実的にそんなことが出来るのか正直怪しい気もする。
それはアシュリーも同じ思いだったが、彼女の場合、その薬自体への疑問を抱いているようだった。
「それにしても人を生き返らせる薬とは。私でも聞いたことはないものですが、いったいどのような製法を?」
「いやー……それはちょっと、企業秘密ですかねぇ……」
歯切れの悪い言葉でココはたじろいだ。
やっぱりアシュリーはまだ蘇生薬のことを信じてはいないようだ。無理もない話か。俺も助けられた事実がなければそうなってるだろうから。
「材料だけでも教えて頂ければ私達で援助も出来ると思いますよ? 悪い話ではないでしょう?」
妖しく囁く様は小悪魔の誘惑のようだ。ココも援助と聞いてむむっと唸った。
正直材料については俺も気になっていたし、止めはしなかった。
「援助か〜〜〜〜〜、いやはやどうしたものでしょうか。是非ともそうさせて頂きたいのですが、どうしてもそれは出来ないんですねぇ……」
本当に申し訳なさそうにココは頭を下げた。別にココが悪いわけではないのに深々と頭を下げるものだから逆にこっちも何だか申し訳なく感じてくる。
アシュリーも同じ心持ちのようで苦笑して後ろ髪をかき上げていた。
「やー、そんなに謝ることじゃないですよ。ちょっとした私の好奇心ですから」
「いえ、私も援助したいなんて言う方と会うのは初めてだったのでつい嬉しくなっちゃって」
下手に他人に教えて製法が流出するのも嫌だろうし無理強いするのも酷か。
「気にすることないさ。俺はココがやりたいようにやって欲しいと思ってるからさ」
製法、援助の話は切った方がいい。
目の前のお茶に似た飲み物を一口で飲み切ってから別の話題を切り出した。
「この薬が完成したとしたらさ、ココはどうしたいんだ? これってさ相当凄い発明だと思うぜ?」
「有名になりたいです!」
即答だった。
「有名になって世界中に私の名前を広めたいです。証明したいんです。私みたいな人間でも何かを成し遂げられるって。人の役に立てるんだって」
予想通りすぎて逆に反応に困ってしまう。だが、そんな分かりやすいところも彼女らしさなのだと納得することが出来た。
ココも一口でお茶を飲み切ると、倣うようにアシュリーも一口でコップの中身を飲み干し、席を立った。
「この後は? どうせなら送っていこうか?」
そう提案してみたがココは「いえいえ」と手を振った。
「迎えは頼んでるんです。とっても頼りになる先輩なので大丈夫だと思います」
「あぁそうか。でもこの場所にいるって分かるのか?」
「それも大丈夫っす。先輩はとっても勘が働きますので」
ココがそう言うと、まるでタイミングを見計らったように後方で入口のドアが開かれた。
現れたのは見すぼらしい格好をした、若者の集団だった。
まだ幼い子供や、俺と同じくらいの若者もいれば、がっしりとした体型の偉丈夫までいる。
男女入り混じったその集団の格好にはどこか見覚えがあった。
白い布切れに首と手を通す穴を空けただけの衣服は見るからにその者達の境遇の悪さを表しているようで、居心地が悪かった。
「アレ、じゃないよな?」
「はい、もちろん違います」
一応ココに確認を取ったがやはり違う。
加えてココは俺に耳打ちした。
「それより、トラブルの匂いがします。ここを出ましょう」
それには俺も賛成だった。その集団とは関わり合いになってはいけない予感がする。
アシュとコンタクトを取り、賛同を得ると俺達は、なだれ込むようにパブに入ってくる集団の間を縫って外へ出た。
「やー、こちらの方も似たり寄ったり。いったい何の騒ぎですかねぇ?」
外の方にも、白衣の集団で溢れかえっていた。
外の方は老若男女あらゆる層の人間がおり、目的もなく彷徨っているように見える。
「俺が知るかっての。どの道ずらかった方が良さそうだぜ」
闇市場の商人達も困惑している様子で、店を畳み始めている者もいる。
下手に関わって面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだ。皆考えることは一緒のようだ。
動こうにも通りは混雑している。少し時間を置いてみるかと提案しようとした時、不意に視界の外から声が掛けられた。
「……こんな所にいた」
聞き覚えのない声だった。
感情がこもっていない平坦な声色で、声の方を振り返ってみるとそこにいたのはやはり知らない人だった。
背丈は150センチにも満たないか、かなり小さく、フード付きのローブを身に纏っており、顔の下半分はスカーフで隠されていて容姿は殆ど分からない。
ぱっと見た感じかなり怪しい雰囲気をしている。
もしかしてと思ってココを見やると思った通り、どうやら彼女の知り合いらしく、にっこりと笑顔を浮かべて手を振っていた。
「先輩! いつもながらお早い到着っすね!」
「待ち合わせ場所が違う。それより……この人達は?」
警戒するように俺達を睨み、身構えるような姿勢を取ったが、すぐにココが間に割って入った。
「先輩にも紹介しましょう。こちらは私の新しいお友達のバッキーさんとアシュリーさんです! お二人共とても親切はお方なんですよ」
「友達? 珍しいね」
ココのお陰で変な誤解をされずに済んだが、依然警戒されているようで距離を置かれたまま、ココとその先輩は会話を続ける。
「余計なことは話してない?」
「えぇ勿論! 多分話してないです」
「……そう。ならいい。行こう、みんな待ってる」
ココの先輩というから、もっとさばさばとした人物像と思っていたが、こうも落ち着きのある人とは予想だにしていなかった。
ココは先輩の元へと歩み寄ると俺達へ笑みを飛ばし、ひらひらと手を振った。
「それではバッキーさん、アシュリーさん。私はこれで失礼させて頂きます。色々と親切に有難う御座いました。またどこかで会えるといいですね」
「きっと会えるさ。またどこかでな」
別れの挨拶を交わすとココは先輩に腕を引っ張られて人混みの中へと消えていく。そうしてる最中もずっとこちらへ手を振り続けていた。
微笑ましく思って俺も手を振った。それを見て隣でアシュリーが微笑んでいた。
「やー、一緒にいて退屈しない方ですねぇ」
「まったく同感だね」
ココの姿が完全に見えなくなって、俺とアシュも酒の容器を担ぐとホームへ帰るべく、通りに出ると、人混みをかき分け、帰路を辿った。




