初心者狩り狩り
遅れてやってきたのは地に落ちて鳴り響いた金属音、男の呻き声、そして滴る水音とむせ返るような鉄の臭いだった。
「やー、いつまでそうしてるんですかバッキーさん?」
「…………WTF、アシュ?」
俺は恐る恐ると顔を上げると、そこには頬から血を流すアシュリーの姿があった。その後ろでは禿頭の大男が苦悶の声をあげて蹲っていた。よくよく見ると、男の腕は一文字に切り裂かれていて、その傍らには二つに両断された散弾銃が転がっていた。
アシュの手に持ったナイフが血で真っ赤に染まっていた。それはつまり、あの状態からアシュは男が引き金を引く前に男をナイフで切り裂き、戦闘不能にしたということだ。よく見ると頬から流れる血も返り血であり、アシュはそれを指先で掬うと恍惚とした表情を浮かべた。
「良いですよねぇ、狩る側が狩られる側になる瞬間というのは。いつ見ても堪らないものですねぇ」
その視線を禿頭の男の後ろで控えている男達に向けると男達は漸く状況を飲み込んだようで、不安と敵意の混じった視線をアシュに飛ばす。
その場で蹲っていた禿頭の男も膝を着いてアシュを睨み付けた。
「クソガキがぁ!!野郎共相手は二人だ。やっちまえ!」
あー、きっちり俺も入ってるよ。
男の指示に合わせて手下達は各々銃を抜いたが、誰よりも速く、アシュは行動を起こしていた。
腰のポーチから大量のピンポン球サイズの球を取り出し、集団に向けて投げ込んだ。
球は風船のように爆ぜ、中から異臭の漂う気体が漏れ出し、男達に纏わり付いた。よく通学路で嗅いだことのある液体の臭いだ。
「皆さん、可燃性ガスはご存知ですか?」
男達は慌てて銃をしまった。引火の危険を察知したからだろう。戦法を変え、男達は手に刃物だの鈍器だのを取り、俺とアシュを瞬く間に取り囲んだ。その数、20はいるか。二人を襲うにはやり過ぎな人数だ。
「そうそう、良く分かってるじゃないですか。それじゃ、おっ始めましょうか」
「あのアシュ、俺は?」
「バッキーさん、いっちょ暴れましょう!」
周囲を取り囲む男達の咆哮を浴びて笑うアシュとひびって逃げ腰の俺。逃げ場なんてないんだけどね。
「待って待って待って!!!」
敵は待ってくれません。それぞれの得物を振り上げ、男達は一斉に襲い掛かってきた。
俺は弾の入っていないフォース・オブ・アウトローを取って逃げ場のない広場で腰を低くして駈けずり回った。
「死ねやァ!!」
誰かが俺に向かって怒声を吐きかけた。背筋に怖気が走る。初めて感じる殺気に咄嗟に体が動いた。不恰好ながらも体を捻って振り下ろされた曲刀を寸でのところで回避する。
心臓が熱い。自分は今、生と死の間際に立っているんだと改めて実感する。
男が追撃とばかりに曲刀を振り上げた時、一陣の風と共に目の前に躍り出たアシュリーの足刀が男の首を薙ぎ、男の意識を彼方へ吹き飛ばした。
「楽しいですねえバッキーさん」
「全然だよ!」
アシュは笑って返し、また疾風のように姿を消した。敏捷Cなんてもんじゃない。嘗てWSで見た中でもこれほどの速さは見たことがない。男達の隙間を縫うように駆け回り、すれ違いざまに急所への正確な一撃を叩きこんでいく。
男達は白目を剥いて次々に倒れていき、その様はまるで鎌鼬に見舞われたようだった。
血の火花が舞い散る。時折、鉛色の閃光が鈍く光った。そして気が付けば男達の人数も数えられる程に減っていた。
「やー、久々に良い運動になりましたよ。さて、残りの方も片付けましょう」
視線を飛ばされた男達はすっかり怯えきったように体を強張らせた。
「ち、チクショウ! 何だってんだよ……何なんだよお前は!?」
「んー、初心者狩り狩りってところでしょうか? 冒険者の若い芽を摘む糞野郎を取り締まるのは同じ糞野郎の仕事ってことですよ」
すると別の男が思い出したかのように口を開いた。
「待て、聞いたことがあるぞ。冒険者ギルドからブラックリストに登録された人間達で構成されたパーティの一人に好んで他のパーティを狩る女がいるって話。まさかてめえ……」
「やー、正に悪事千里を走るを体現してますねえ。まあこの場合悪事なのかは定かではありませんが。では御高説も済んだところでとっとと倒れてください」
彼女の手の平で数本のナイフが閃き、目にも止まらぬ早業で投擲されたそれが男達の肩や腹部を貫き、戦闘不能へと陥らせた。
ものの数分でアシュは俺を悩ませていたものを打ち砕いて見せたのだ。俺は開いた口が塞がらなかった。
「ははっ……すげえや。何だよこれアシュ?」
「ん? 彼が言ってた通りですよ。いつもこんな風に他のパーティ狩ってる碌でもない女だったってことですよ」
どうにも腑に落ちない。彼女の説明だけでは矛盾点が多すぎる気がする。そう明らかにおかしい。
「おかしいぞアシュ。そもそもお前はソロ冒険者として俺のクエストに参加した。それにブラックリストに入ってるならギルドからクエストを正当に受けることも出来ねえじゃないかよ?それにレベル1のスパイがこの数のせるってのもおかしいよなぁ?説明してくれよ。それが一度でもクエスト一緒にこなした奴同士の筋ってもんだろ」
アシュは暫く考え込むように目を泳がせ、そして緩く首を振って俺と向き直った。
「やー、そうですねぇ。別に構いませんがなにから話せば良いものか。まず私がバッキーさんに教えたステータスはですね、私のスキルで偽った偽物のステータスです。スパイ固有のスキルならばそんなことも出来るのです。次に、ブラックリストに登録されていようとクエストを受ける方法は幾通りかあります。今回は保安部からの依頼で特別にクエストを受けることが許可されました。初心者狩りの中でも人気の高いマンドレイク狩猟のクエストなら高確率で狩られるだろうと見込んだ上で私も初心者になりすましあなたのクエストに同行させていただきました。その際にパーティとは一時的に離脱しました。そうしないとクエストには同行出来ませんからね。さて、ご理解いただけましたかな?」
また色々と突飛な話だこと。でも納得するしかないだろう。アシュの強さがそれらを裏付けている。
「まぁいいやそれで。俺が助かったことには変わりないんだし。それで、こいつらは生け捕りでその保安部とかいう警察みたいなもんに引き渡すわけだ」
「そうですね。それが依頼ですから」
「じゃあさ、こいつらの所持品ちょっと借りるってのはアリかな?」
「まぁ……いいんじゃないんですか?借りるぐらいなら」
「よっしゃ!」
後ろめたい気持ちなんて微塵もないぜ。危うくこっちが全部持ってかれるところだったんだ。少し物色しようが文句言われる筋合いはない。
完全に伸び切った男のホルスターごと奪い取り、その中身を引き抜いた。プラスチック製のフレーム、おもちゃのように軽い銃だ。はて、WSでもあった気がするがなんだったか?
「やー、グロック17ですか。いいじゃないですか、初心者にも扱いやすい逸品ですよ」
「そうだグロックだ……って何でこっちにこの銃があるんだよ!?」
「いや普通に普及してますが何か問題でもありますか?」
いやいや元は俺の住んでいた世界のものだし、こっちの世界にあるのは不自然だろ。現に俺の持つ銃もフォース・オブ・アウトローって武器名だし。
「じゃあアシュ、この銃の名前の由来はわかるか?」
「いえ、王族の誰かが付けた名前ですから。どんな意味が込められてるなんて知りませんね」
そうかリオンが言っていたが、WSの製作者にリオンの爺ちゃんが関与しててその所為で俺のいた世界に干渉し放題とか言ってたな。だから俺が召喚されたわけで、銃がいくらか流れてても不思議なことではない。
「いや、問題なかった。他にもいくつかパクっとくわ」
男たちの持つ銃は拳銃だとグロック17に統一されていた。装備に互換性を持たせるためだろう。機関銃は嵩張るから借りるのはやめといた。他に予備の弾倉と、ナイフを何本かと携帯食料を数本程貰うことにした。いいねえ、クエストに出るより儲かってる感があるよ。少しだけ初心者狩りの気持ちになれた気がする。
拝借も程々にこの場を後にしなければ。誰かに見られれば変な誤解を生んでしまいそうだ。
「ではでは短い間でしたが楽しい時間をありがとうございました。また機会があればいいですね」
「え?あぁ、そうか……そうだよな!ここらでさよならしといたほうがいいよな!」
何かショックだった。アシュとはもっと知り合える気がしたからこそ、こうも素っ気なく別れを告げられると物恋しいもんだ。
「では先に行きますね。早くしないと保安部の方々が押し寄せてきますよ?」
仕方のないことだ。彼女が一流の冒険者であるとわかった以上、俺と吊り合う筈もない。
俺もアシュと同じしてこの場を去ろうとした時、俺だけが気付くことが出来た。
最初に倒したはずの禿頭の大男が伏せたまま、その手にライフルを構えてアシュに照準していたのだ。アシュは背を向けて気付いていない。ただ俺だけが気付いている。しかし、止めようにも距離がある。
間に合わない。安全装置が外され、今まさに引き金が引かれようとしているのだ。
だから俺がやるしかなかったんだ。
やるしかなかった。
手には拳銃、やることは一つ。狙いを定めて引き金を引く。実に単純で、刺激的な瞬間だった。




