二人の休息
アシュの部屋に入るのは俺がパーティに入って以来だった。
四畳ぐらいの部屋の壁には彼女がいつも使用しているナイフや変装道具の数々がずらりと掛けられていた。
女の子の部屋にしては飾り気なんてものは一切なく、装備を除けば机と衣装ケースとベッドと最低限の家具が部屋の隅に置かれているだけでとても小ざっぱりとした様子だ。
アシュは部屋に入るや、ベッドに身を投げ出し少し堅めのシーツの上にどっかりと座り込んだ。
「病み上がりのとこお呼びしてすみませんでしたね。私としてもいくつかバッキーさんにお聞きしておきたいことがあったもので」
「俺も色々と言っておきたかったからな」
俺もマットを敷いた床に座り、くつろぐように足を伸ばした。
「怪我の方は大丈夫ですか? ミサイルに撃たれるなんてとんだ災難でしたねぇ」
「あぁ悪くないよ。ドクターに感謝だな」
被弾した足と腹部はまだ痛むが生活に支障はない程度だ。
寧ろミサイルに撃たれてこれで済んだ事が奇跡だ。死んでもおかしくない衝撃が走っていたし、命があるだけでも十分だろう。
「それで? 何の話がしたいんだ?」
俺が聞くとアシュはいつもの人を食ったような笑みを浮かべる。
「地下迷宮での事ですよ」
「ああね」
大方予想してた事に思わず声が漏れた。
「アンリのこと?」
「やー、ご名答」
ぱちぱちと手を叩き、アシュは言葉を紡いだ。
「単刀直入に聞くとですね、どうしてアンリさんを殺さなかったんですか?」
少しだけ考えて、俺は答えた。
「俺がそうしたかったから。そう言っちまっていいのかちょっと難しいが、アンリと本当の意味で仲間になりたかった。あいつとは意外と接点があってな、それも含めて生きて欲しかったんだ」
「やー、また随分と甘々なお考えですこと。そんなだからいつもボロボロなんですよバッキーさんは」
呆れ顔のアシュに返す言葉もなかった。
「私だったら即殺すのになぁ。だって嫌じゃないです? 殺し合った相手とずっと一緒だなんて」
「俺はそうは思わないがな。殺し合った先に生まれる絆ってのは疑いようのないものだぜ? アシュにもそういう経験あるんじゃないか」
「まさか。殺しにくる相手は問答無用で屠るのがスパイってものですよ。まぁ、アサルターのバッキーさんには縁のないことですかね」
けらけらとバカにするように笑うアシュだったが、ふと思い出したように「あっ、そうだ」と指を立てた。
「ただ、ペニーさんは例外ですねぇ。あの人はそういう枠組みに収まらない」
昔のことを思い返すように頭をもたげ、アシュはにんまりと口の端を吊り上げた。
「新人は皆、ペニーさんと一度決闘します。パーティ創設者のドクターとザグールさんを除けば私が初めて加入したメンバーでした。今も昔もペニーさんはあんな調子です。いっぱい食べていっぱい戦う。とても単純で真っ直ぐな方です。バッキーさんもさっき自分が強いか聞かれたでしょう? あれ、私も聞かれたんですよ」
「お前はイエスって言ったんだろうな」
「その通りです。私も当時はだいぶ自信家でしたからねぇ。イエスと答えたら即決闘ですよ。ペニーさんったら殺す気でこいなんて言っちゃうからついその気でやっちゃったんですね」
「それで勝ったのか?」
「やー、とてもじゃないが敵いませんよ。あの人は強さとかそういうもの以前に生物としての次元が違いますよ」
アシュがそこまで持ち上げるのも珍しく、俺もペニーについて少し知りたくなっていた。
「ペニーってさ、何者なんだ?」
初めて対面した時から妙な感じがしていた。
この世界に来て初めて会うタイプの女性だ。
恥らいというものがなく、気さくでとても話しやすく、気が合うように思える。だがさっきのペニーからは言葉で説明し難い不気味さのようなものを感じていた。
「やー、具体的なことは口止めされてるので話せませんが一つ言えるなら彼女は人一倍欲求が強いんです。バッキーさん、人間の三大欲求て知ってますよね?」
「飯、女、爆睡だろ?」
「まぁ、そんなとこですね。ペニーさんの場合はそれに加えてもう一つ欲求が存在しているんです」
なんとなくではあったがその欲求が何なのかは予想出来た。
アシュも俺が薄々気付いてる事を察してのことか、薄い笑みを浮かべて話を続けた。
「戦闘欲、とでも言っておきましょうか。人が美味しいものを食べたい、毎日ぐっすり眠っていたいと思うようにあの人は常に戦いを求めています。戦えるなら喧嘩でも殺し合いでも、相手が人間でもモンスターでもいい。あの人にとって全て同じです。全ては自分を満足させる為の行為で、強い人ならなお良しって感じです」
「そんなこったろうとは思ってたが、改めて聞くと中々ヤバいなそれ」
「やー、全くもってその通りです」
道理で長いことロボットを壊す生活を送ってたわけだ。
誰にも迷惑掛けずに自分の欲求を満たせて、その上金稼ぎまで出来るのだから彼女にとってこの上ない条件の依頼だったのだろう。
「三日後、殺されないか今から不安になってきたよ」
「またまたご冗談を。ミサイルに撃たれて死なない方が何を怖がるのです?」
確かにミサイルに撃たれても俺は生き延びた。だがあの時、俺は死を覚悟していた。現に全身は焼け焦げ、意識は彼方へ飛び、死の感覚がやってきた。
それでも俺は不思議と人の形を保ったまま生きていた。ただ頑丈だったと理由付けるには到底無理な事だ。
だから、俺はアシュの言葉に自信を持って頷けなかった。
「地下迷宮で何度も死にかけた。帰りたいと心から思ってたけど、帰れる自信はなかった。アンリと分かれて一人になった時、ゴブリンの群れに襲われたんだ。アレが一番やばかった。薬もなくて助けもない状況で俺は戦った。襲ってきたゴブリンを皆殺しにしたけど、俺も死にそうな状態だった」
「おや、それはまた災難なことで。どうやって生還を?」
「ココっていう女の子に助けられたんだ。少し変わった子だったけど凄く優しい子でな。くたばってた俺を偶然拾って治療してくれたんだ。蘇生薬とかいうよく分からない薬の研究をしてて、それを俺に使ってくれたんだ。俺が生きてるのもそのお陰さ」
もしもあそこでココに助けられていなかったら間違いなく俺は死んでいただろう。理由はどうであれ、彼女には感謝の気持ちでいっぱいだった。
ただ、アシュは納得のいかない顔で首を捻っていた。
「蘇生薬って……まさかですけど死人を生き返らせるものなんかじゃないですよね?」
「いや、意味合いとしてはそれで間違いないぞ。ただ成功例が俺が初めてだったらしいから実際の効果がどんなもんかはよくわからないがな」
いやいやと言わんばかりにアシュは困り顔で首を横に振った。
「やー、それはないでしょう」
「何がさ?」
「蘇生薬ですよ。そんなもの作ろうとするなら、それはもう人の領域から外れる程の能力が要りますよ」
「そこまでのものなのか?」
「バッキーさんも常識があれば分かるでしょうけど、死んでしまった人はまず生き返りません。それを覆すような能力があるとしたら、そのココという女の子は恐らく只者ではない何かですよ」
それはないだろときっぱり言ってやりたかったが、冷静に考えると地下迷宮に一人で生活している学生の少女と考えると確かにアシュの言葉も一理あるだろう。
「まっ、過ぎたことだよ。俺は生きてるからそれでいいのさ」
「やー、全くもってその通りです」
結局のところ、ココが何者であろうと俺の命の恩人であることに変わりはない。
細かい理屈は過ぎた日と一緒に捨てて、今生きていることに感謝した。
「色々あったなぁ。ここまで生きて来られただけでも上出来じゃねぇか?」
「やー、まだまだ。これぐらいで満足しないでくださいよ? 寧ろここからが始まりと言っていいんですから。世の中広いです。バッキーさんの予想も出来ない事なんてこれから先山程起きてきますよ」
「それはそれでまた楽しそうだ」
そう言うとアシュは満足げに頷いた。
「そうこなっくっちゃ困りますよ。何にせよ無事帰って来れて良かったです。次の出番までゆっくりしていてください」
そうして、俺とアシュは暫くそのままの状態で当たり障りのない話を続けた。
時にはアシュがこれまで経験してきた鉄火場の話が出てきて思わず瞬きも忘れて聞き入っては二人で少しの時間を過ごした。
一時間が過ぎた頃か、唐突に部屋の外でけたたましい足音が鳴り響き、アシュの部屋へと迫ってきた。
「やー、そういえばそうでした」
「何が?」
「お忘れですか? ドクターとバッキーさんがあの人の酒飲んじゃったじゃないですか」
「あーーーー……」
そんなこともあった気がする。だいぶ前ですっかり忘れていたが確かに酒は飲んだはずだ。ペニーが大切に取っていた酒を。
「アーシュリーーーー!!」
勢いよく部屋のドアが開かれた。
予想通りというか、そこにはペニーがいた。怒ってないか不安だったが、その表情はそんな不安も吹き飛ばしてくれるような、さばさばとした笑顔だった。
「こんな大切な日に私の酒が切れてやがった。悪いが買ってきてくれないか?」
「やー……私が?」
嫌そうな顔でアシュが応対すると、ペニーは申し訳なさそうに目を瞑り、顔の前で手を合わせた。
「頼むよアシュリー、私ここらだと出禁食らってて駄目なんだよ」
そんなことだろうとアシュも分かった口のようで、意地悪く笑みを浮かべるとそれに応えた。
「そんなことだろうと思いましたよ。ちょうど私も暇してましたから全然構いませんよ。ねぇバッキーさん?」
「えっ? あぁそうだな。俺もちょうど暇してたし全然構わねえよ?」
急に話を振られて戸惑ったが、これは単なる買い出しの話だ。何も危険なんてない。
「せっかくだし行こうぜ? アシュがいればなんも困ることなんてないしよ」
「ええ、私もちょうど退屈してたとこですし、それにバッキーさんは一度連れて行きたかったですしね」
「連れて行くってどこにさ?」
「闇市場、一度は行っておいて損はない場所ですよ」
そういえば闇市場にはまだ一度も行ったことがなかった。特段買いたいものなどはなかったがアシュの言う通り、行っておく分には何の損もないだろう。
「あぁ、行こうぜ。どんなところか興味が沸いてきた」
「そうでなくっちゃ」
ニッと笑い、アシュはベッドから跳び上がる。
それから、俺とアシュは簡単に支度を済ませると、ホームを出ていき闇市場へ向かった。
どんなものがあるのか興味もあったが、何より久しぶりのアシュとの外出に少し胸が躍っているようだった。




