オールイン
まず俺が部屋に入ると、出迎えてくれたのは白地のエプロンと三角巾を身に付けたスキュラだった。
俺の腰ぐらいしかない背でスキュラは俺を見上げると、隈の濃い目がぱあっと輝き、人懐っこい笑みを浮かべた。
「バッキー! 目が覚めたんだね!」
そう言ってスキュラは俺目掛けて駆け寄ると思いっきり抱き着いてきた。
内臓が悲鳴を上げたが、声を押し殺しスキュラを受け止める。
「すごく心配した。でもきっと帰ってくるって信じてた」
「ったりめぇよ。お前にも俺のかっこいいとこ見せてやりたかったよ」
実際目も当てられないような有様だったがスキュラの手前、俺も少し背伸びしたかった。
「バッキーが戦うところ、私も見たかったな。でもいいの。バッキーが帰ってきただけで嬉しいから」
腰に回ってる腕に力が込められる。腹から内臓がこぼれ落ちるかと思い、スキュラの肩を押してやや強引に離した。
「それは良かった。ところで何でドクターの部屋にスキュラが?」
痛みを紛らわすように適当な質問を投げかけるとスキュラは胸を張り、誇るようにニコっと笑った。
「朝ごはんを作ってたの。ザグールさんと一緒にね」
これまたサイズ感の合わない組み合わせだと内心呟いていると、後ろで控えていたペニーが顔を出してきた。
「これはまた可愛らしいおチビちゃんじゃない。ザグと仲良くしてくれてるのかい? あいつのことよろしく頼むよ。あぁ見えて小心者だからねぇ」
ペニーを見るなりスキュラは目を丸くした。何か忘れてる気はしたが、よりによってスキュラがいることを忘れてしまっているとは。
いきなり半裸の女性なんかが目の前に現れたらスキュラだって驚くさ。
「おチビちゃんはブラックリスト、というよりもっと別のワケがありそうだねぇ。私の事はザグから聞いてるかい?」
ペニーは気さくに笑いかけ、スキュラの頭をポンポンと撫でる。
一方のスキュラはペニーをつま先から頭のてっぺんまでじっと眺めると、心臓の鼓動を抑えるように自分の胸に手を置いた。
はたから見ても緊張してるのがよくわかった。心なしか顔を赤らめてスキュラは遠慮気味に口を開いた。
「ペニーさん……ですよね? ザグールさんはアマゾネスみたいな人と言ってましたが、イメージ通りの方です」
それは褒め言葉なのかは置いといてアマゾネスというのたしかにしっくりくる喩えかもしれない。
当のペニーも愉快そうに笑う。
「あっはは、それ懐かしい! よくザグやマルクが私に言ってたもんだよ。ほんとに懐かしいなぁ。あいつらと顔合わせるのも何ヶ月振りになるかね? 今回の依頼は相当楽しく儲けさせてもらったからねぇ」
「そういえばペニーは何でずっと留守にしてたんだ?」
俺が問いかけるとペニーは何やら楽しい思い出を思い出すように口の端を吊り上げる。
「知ってるかバッキー? ロボットってのは人と違って頭潰しても動き続けるんだ」
そもそもこの世界にロボットの存在があること自体が怪しいのだが、とりあえず俺は首を横に降ると、ペニーは楽しげな調子で話を続けた。
「隣の国がね、警護用に人の形をしたロボットを作り出したんだ。並の冒険者程度なら腕力だけで捩じ伏せるぐらいは出来るだろうし、全身に鉄砲だの爆弾だの色々ごった煮にして内蔵した最新型だったらしい。それのテストに札付きそこそこ強い私が選ばれたわけだ」
次にペニーは大袈裟に肩を竦めた。楽しげな声が一転して落胆に変わる。
「歯応えがまるでなかったんだ。首を捥いでまだ動くから胸をぶち抜いたらもう動かなくなっちまった。拍子抜けもいいとこ」
そこまでしたらロボットだろうがモンスターだろうが絶命するだろ、と内心苦笑する。
「そしたら向こうのお偉いさんもムキになっちゃってね。警護ロボを新しく作って私と戦わせたのさ。壊せば壊す程向こうも新しく作り変えて私に差し向けてくるしキリがないのさ。六本腕やら浮遊型だとか、最終的には『ですとろいもーど』だとかわけわからんものまで作ってきてすっかり当初の目的を忘れちゃってたの。それで三日前ぐらいにやっと向こうも根負けしてくれてね、膨れ上がった報酬とロボットの首を手土産に私を丁重に送り出してくれたよ」
どう想像すればいいのか分からない説明を受け、俺とスキュラは揃って眉を顰めて首を傾げた。
「そんなことよりメシ行こメシ!」とペニーに引っ張られ、俺とスキュラは部屋の奥へと連れられていった。
ドクターの部屋の奥にある実験室、いつもは変な研究の機材や薬品が置いてあるが、今日は違った。
部屋の中央を大きな丸テーブルが陣取っており、その上には朝食とは思えない豪華な料理の数々が山のように盛られていた。
「おぉ、やっとお目覚めか」
声の持ち主はドクターだった。どこか疲れているような調子で声に張りがなく、料理の山から出てきた顔もとても眠そうにしていた。
「おはようドクター、調子悪そうだな」
「おう、お前らのお陰で眠れてねぇんだよ」
と言って、手に持ったカップに入った気味の悪い色した液体を口に流し込むと機嫌の悪そうに話を続ける。
「一昨日はてめぇの手術だ。深夜から明くる日の夕刻まで掛けてな。その後はアンリが使い込んだ分の金の計算をさっきまでやってたとこだ。なかなか痛い出費だったもんでさっきから頭痛が酷いんだよ」
今にも眠りこけてしまいそうなドクターだったが俺の隣に立ちそびえるペニーと目が合うと目頭を押さえ、大きく溜息をついた。
「帰ってきちまったか……」
「帰ってきちゃった」
対照的にペニーは笑うと、どっかりと椅子に座り込みドクターと向き直った。
「相変わらず湿気た面してんなマルク。その様子だと私がいない間も問題なかったようだなぁ」
「あぁ少なからずお前が帰ってくる以上の問題は起きてない」
俺とスキュラも椅子に座る。スキュラは二人のやりとりよりも自分の作った料理の味の方が気になって仕方ないようだった。
ペニーは肩を竦め、俺の方に顔を向けた。
「いつもこんな感じなんだよな。特に私には嫌味しか言ってこないんだ」
「本気で嫌だからな」
けらけらと笑うペニーに本気で嫌そうにしているドクターは今にも椅子から転げ落ちてしまいそうだった。
そんなに彼女を嫌う要素は今のところないように思えるが、二人の間に何かあるのか率直に聞くには少々勇気が足りなかった。
そんな気まずい雰囲気を破るように部屋のドアが開かれる。振り返るとそこには良く見知った三人の姿があった。
「やー、これはまたお久しぶりじゃないですかリーダー」
パジャマ姿のアシュリーが陽気な声を挙げて俺の隣に座る。俺と目が合うと彼女はにっこりと茶化すような笑みを浮かべた。
「二人共帰ってきて早々いがみ合わないの」
続くザグールがペニーとドクターの間に座り仲裁に入る。エプロン姿が実に似合わないと思った。
「帰ってたんだリーダー。それにバッキー、目が覚めたようで何よりだ」
最後にアンリが眠たそうにしてやってきた。顔中痣だらけで鼻には治療用のテープを張り巡らせていて、お互いの有り様を見比べ静かに笑みを交わした。
全員が席に着く。リーダーであるペニーが帰って来てこれでやっと全員集合だ。
少し胸が躍った。本格的にパーティの一員としての生活がここから始まるような気がしたからだ。




