出会いの朝
いつぞやの前世の夢を再び見た。
それは、嘗て椿葵だった俺が家族と食卓を囲っている光景をバッキーの姿の俺がただ眺めているだけのもので、もう俺は椿葵ではないのだと実感させられる夢だった。
ただ、今回の見る光景は前と比べて明らかに違っていた。
リビング一帯はは色が丸ごと抜いたように白一色で、幻想的と言うよりは破滅的な雰囲気を帯びている。
そして、色の抜け落ちた食卓を囲う両親は徐々に塵となって消え去り、残された椿葵は椅子から立ち上がると、俺に向き直ってきた。
顔にぼんやりと靄が掛かっているようで顔の大部分が見えない。少しお互いに見つめ合っていると椿葵は小さく口を開いた。
「お前は違う」
「あ?」
突然話しかけられことに驚いたがそれ以上にその内容も意味不明で嘗ての自分相手に思わず眉間に皺を寄せてしまう。
椿葵はそんなことお構いなしに続けて話しかけてくる。
「お前は俺じゃない。こっちの世界の住人でもない。誰からも認知されないお前は崩壊への一途を辿る。それ故にお前は人を呼び寄せる。大勢を道連れにする為に、自分の欲求を満たす為に」
「俺の癖に難しいこと喋ってんじゃねぇよ」
夢の中の俺相手にキレてるってのも滑稽ではあるが、どうにも目の前の椿葵は当時の俺と呼ぶには、喋り方も雰囲気も違って見える。
「顔の無い者を探せ。死して死なぬ者を導け」
「知るかっての。誰だよお前?」
「お前だよ。お前の元人格だよ」
従来の俺では決して出来ないようなクソむかつく笑顔で椿葵はにやりと笑う。
「再び相見えるその時を楽しみに待て。俺はすぐそこでお前を見てる。何しろお前自身なのだからな」
明らかに本人ではない夢の中の椿葵はひらひらと手を振ると、両親同様に塵となって消えていく。
夢と言えどこれには納得出来ない。
「おい逃げんな待てやコラ! 俺ならもっとそれらしくしろや!」
大股で踏み出して消えかけの椿葵に手を伸ばす。
だがそれも見えない壁に阻まれてしまう。やたら柔らかく弾力に富んでいて、少し力を込めれば突破出来そうだが、もう少しで弾き返される。
「ああクソ、なんなんだよお前は! 聞こえてんだろおい!」
まだ言いたいことが山ほどあったが、唐突にフッと浮き上がるような感覚に襲われる。
それが現実に戻る瞬間だというのは勘でわかった。
俺が夢から最後まで椿葵らしき人物は壊れた人形のように手を振り続けていた。
噴水に押し上げられたかのように意識が覚醒する。
最悪の目覚めだ。動悸が酷いし、喉がいがらっぽい。うわんうわんと変な耳鳴りまでしている。
全身は包帯ぐるぐる巻きにされており、寝汗が溢れるように出てるからとても気持ちが悪かった。
なんて夢だったんだ。まるで悪夢のようだ。
夢というにはあまりに鮮明だ。だがアレを椿葵と呼ぶにはどうしても納得いかない。彼を最もよく知る俺から言わせてもらえばアレは椿葵の皮を被った悪魔妖怪、或いは魑魅魍魎の化身だろう。
中二の頃でさえ俺はあそこまで痛々しい男ではなかった。
だが所詮は夢の話、現実に目覚めた今いつまで引きずっても仕方あるまい。嫌な夢は精神汚染の影響と結論付けて脳味噌から弾き飛ばすとして、優先すべきは今の俺の状況だ。
どうやら意識が飛んだ後、アンリは俺を無事ホームまで送り届けてくれたらしい。ここは俺の部屋のベッドのようだ。見慣れた質素な部屋飾りと薄汚れた天井は先日までのものとまるで変わらない。
全身に包帯がきっちりと巻いてある辺り、ドクターから治療を受けたのだろう。地下迷宮では全身の皮が剥がれるような惨事だっただけに今の自分がどうなってるか不安もあるがドクターの処置なら問題はないだろう。
動こうとすると疼痛がしたが、全く動けないほど酷いものではない。この分なら直ぐにでも動けるだろう。
試しに身を起こしてみようとベッドに手を着いてみる。
そこで妙な違和感を覚えた。やけにベッドがたわんでいるのだ。今まで自分の事にしか意識が向いていなかった所為で気付かなかったが、俺の寝てた傍で微かに寝息がしていた。
隣に一緒に寝てる人間がいる。見てみれば確かにそこには毛布に包まった誰かがいた。
アシュとは考えにくい。スキュラにしては大き過ぎる。ドクターの可能性は限りなく低い、というよりあり得ないだろう。となると必然的に答えは一人に絞られてくる。
「アンリ〜、自分の部屋を間違えたか?」
悪戯とばかりに顔に当たる部位を毛布の上からつついてみると、もぞもぞと蠢きだす。
明らかに嫌がっているようだったが、それはそれで小動物みたいで可愛らしく続けて何度もつついてみる。
「アーンリアンリ、朝だぞーい」
リズミカルにとんとんとつついていると、毛布の中から呻き声と一緒に「やめろ」という女性の眠たそうな声が聞こえてきた。
「うん?」
アンリとは違ったハスキーな声に思わず手が止まる。アンリの喉が枯れてもここまでざらついた声にはならない。
早々に疑問を晴らすべく、毛布の端に手を掛け恐る恐る捲っていく。そして、毛布の作る暗闇の中に微かに肌色が見えたその時だった。
ぬっと伸びてきた長い腕の中が俺の胸倉を掴み上げ、凄まじい腕力で抵抗する間もなく、毛布の中に引きずり込まれた。
背中に手が回り、きゅっと抱きしめられる。鼻先が掠めそうな距離で見知らぬ少女は気怠げに目を開け、短く微笑んだ。
「もう少し寝てよ?」
毛布の中は暗く、顔はよく見えなかったがその声からして、アンリではないのは確かだった。
軽く抱かれてるようで身動ぎ一つ出来ない。腕を取ってみると、まるで金属のように硬い。
同時に密着した胸に柔らかい感触が伝わってくる。それが何なのか理解した瞬間に全身に火が着いたかのように身体熱くなった。
熱気のこもった毛布の中が更に加熱される。
俺を抱き込んだまま再び寝静まった少女の腕の中からなんとか抜け出そうと身を捩ってみるもびくともしない。
裸の見知らぬ女が隣で寝ているという生まれて初めての状況。対処の方法が分からない。
腕を掴んで引き剥がそうとしてもまるで鋼鉄の蔓が絡みついてるようでとてもじゃないが抜け出せそうにない。
「んー、暴れんなよぉ……」
少女は不機嫌そうに呻き、俺を抱いたままごろんと勢いよく寝返りを打った。その拍子で毛布が吹っ飛び、二人揃ってベッドの外に転げ落ち、床の上を転がる。それだけで全身が痛んだ。
少女の方も頭を打ったようで額に手を当てていた。
拘束が解け、自由に動けるようになったところで素早く起き上がると即座に少女と距離を置く。
一方で少女の方ものそのそと起き上がって来て、半開きの目を何度も擦り上げる。
寝起きでぼさぼさの金色の長髪を搔き上げ、少女は生気のない表情で気怠そうに口を開ける。
「あーーーーーー、寝足りない」
バキボキと首の骨を鳴らし、大きく伸びをしながらとても大きな欠伸を吐き出すと、再びベッドに上がろうとする。
そこで初めて俺に気付いたのか「んー?」と訝しむようにこちらを見つめ、大きく首を傾げた。
「誰お前?」
「いやこっちの台詞なんだが」




